かたいなか

Open App

「物語のネタが浮かばないときは、その日のトレンドワードとか、時事ネタとか絡めてるわな」
これまた随分と、ピンポイントな。某所在住物書きはスマホの画面を見てため息を吐き、この難題をどう組み立てるか頭をフル稼働させていた。

「たとえば25年以上前の映画。『そんなの許さないわ!』のネットミーム。……懐かしいが無理。
あるいは今日の気温。東京は最高21度予報らしい。……ザ・半袖って気温でもねぇ。単独では無理。
もしくは今日はクレープの日でシリアルの日で肉の日らしい。……飯テロ万歳だが全部は無理」
あれ、今日、マジでネタがムズい。物書きは天井を見上げ、ガリガリ頭をかき、ぽつり。
「半袖で何を書けと」

――――――

今の時期に「半袖」といえば、衣替えとか春の猛暑日とか。夏の入口を感じる次第です。バチクソフィクションのこんなおはなしはどうでしょう。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が暮らしており、その家では今初夏への準備の真っ最中。
夏用タオルケットを引っ張り出して、一旦乾燥機付き洗濯機へ。一家の末っ子子狐のお気に入り毛布も、これを機会にお洗濯です。
じゃぶじゃぶウィンウィン、洗濯機が動いている間に、母狐は今朝届いたばかりの小さな段ボールを開けて、中身を取り出し微笑みました。

「じんべーだ!」
母狐が持つそれを見て、末っ子子狐が叫びました。
「新しいじんべーだ!」
それは今月の最初の頃、メタい話をするなら5月7日。人がひしめき物の怪にとって住みづらくなった東京から、静かで僅かに神秘と秘匿の残る福島へ引っ越していった、大化け猫からの荷物でした。
木綿で丁寧に織られた半袖の甚平は、落ち着いたシックでダークな色合いで、子狐の目にはどこか大人っぽく、カッコよく見えました。

「着てごらんなさい」
段ボールの中から小さな甚平を探し出して、母狐が言いました。
「写真を撮って、お返しと一緒に送りましょう」
新しい甚平を受け取ったときの、子狐の目のキラキラした輝きといったら。
「着る!写真とる!」
コンコン子狐、甚平の香りを鼻いっぱいに吸い込んで、びゅんびゅん自分の部屋へ跳んでいきました。
あの調子だと、当分甚平を愛でて抱きしめてクシクシ自分の香りを擦りつけて、
写真のことなど忘れたまま、フサフサしっぽで甚平を大事に大事に囲い込み、幸せにお昼寝などしてしまうことでしょう。

お腹が空いた頃に、起きてくるかしら。
母狐は部屋の時計の、もうすぐ正午になるのをチラリ確認して、愛おしくため息を吐いてから、
夏の準備の作業を止めて、お昼ごはんを作っているであろうおばあちゃん狐の手伝いをしに、台所へ向かうのでした。
おしまい、おしまい。

5/29/2023, 2:30:17 AM