かたいなか

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「詳しくはないが、仏教だと、『天国と地獄』っつーより『極楽浄土と地獄』、なんだっけ?」
昨日も昨日だったが今日も今日。固い頭を限界まで酷使して前回の題目を書ききった某所在住物書きであったが、なんと非情なことであろう。
今回の題目も題目で、物書きにとって難題難問。頭を抱え天井を見上げ、ため息をつく案件であった。

「で、詳しくないからこそ分からんのがさ。仏教の輪廻転生思想と極楽&地獄の世界観なのよ。善人は極楽行って即解脱なの?悪人はどうよ?一旦地獄行った後で輪廻に戻るのか?どうなんだろなその辺?」
まぁぶっちゃけ、天国だろうと地獄だろうと、極楽輪廻云々も、信仰してねぇから別に良いけどさ。
物書きは首を傾け、某「カルシウム+サルピス」の乳酸菌飲料によく似た味の般若湯をあおった。

――――――

大抵バッサリ否定されるけど、私は田舎出身っていう先輩の、雪降る故郷をこの世の天国だと思ってる。
夏に酷暑日や超熱帯夜が無いのは勿論、忌まわれし虫Gを東京に来るまで見たことなかったって話は当然、歩く道端にフキノトウやらワラビやらニラやらが取り放題の物量で生えてるのも決定打だけど、
やっぱ一番は、先輩が話してくれる花と静かさだ。

先輩が言うには、先輩の故郷は空き地の片隅でフクジュソウが春顔を出すらしい。
先輩が言うには、お寺の中庭で絶滅危惧種のキバナノアマナが大きな花畑を作るらしい。
あちこちにマルベリーと、山椒の木が生えていて、公園の桜は見飽きるくらい身近で、
昼遊歩道に行けば、山野草咲く道をほぼ独り占め。
夜はバイクの音もパトカーの音も無く、真っ暗な静けさの中で、鳥が鳴き始める朝まで眠るらしい。

先輩は大抵、その故郷を「何も無い街」って言った。
「遠い、花と山野草ばかりの街」って言ってた。
でも24時間喧騒けたたましい、なんなら最近物騒な事件がたて続けに発生してパトカーと救急車が鳥のさえずり代わりになってる東京しか知らない私には、
先輩の故郷は、やっぱり、天国だった。

て話をしたら、先輩は故郷の「地獄」を語りだした。
「夏は確かに酷暑無しだが、冬は、一応、酷いぞ」

「雪降って吹雪くって話?」
「吹雪くどころかホワイトアウトが日常茶飯事だ。その中職場に30分でも1時間でも、自分の車を運転して通うことになる」
「でも皆ちゃんとスタッドレスなんでしょ?」
「そのスタッドレスの車でアイスバーンを走って毎年数百台が滑るし、その何割かが田んぼに突っ込む」
「たんぼ、」
「誇張表現一切無しで、天然のスケートリンクさ。
……綺麗だぞ。路面に、ライトが、反射して。
その交通量多い氷の交差点を、左折なり右折なり」

「むり」
「よって冬は地獄だ。お前が何度天国と言っても」

私も一度帰省中にな。それはそれはスッと、綺麗に180度スリップをだな。
しみじみ遠くを見詰めながら、目を細める先輩。
補足の思い出として酷く恐ろしい単独事故未遂を話してる気がするけど気のせいじゃないと思う。
「天然の、スケートリンク……」
そんな状況見たことないから、脳内妄想の解像度はバチクソ粗いけど、
やっぱり、先輩の故郷は、それでも、まだ、天国だと言い……言……うーん(葛藤)

5/27/2023, 11:00:30 PM