「やっぱこのアプリ、いわゆるエモ系のお題頻出説は可能性高いな……」
間違いだったとしてもって、「間違い」はどこまで行っても、すなわち「間違い」であろう。
前回の題目到着→迅速投稿はどこへやら。今日も某所在住物書きはいつも通り、首筋をガリガリかき頭を抱えて、うつむいたり、天井を見上げたり。
「ランダムなお題に即興で物語書いて執筆スキル上げよう、と思ってアプリ入れたが、このまま続けていくと、比較的、いわゆるエモネタ文章の執筆トレーニングになりそうなのかな」
不得意ジャンルへの偏りを、不得意科目克服のチャンスとすべきか、ここが潮時とアプリを消しても良い口実か。物書きはため息を吐き、ポテチをかじる。
――――――
都内某所。春到来の歓喜も完全に過ぎ去り、最大9連休となる今月末から来月初週に向けて、
報道機関は特集を組み、商業施設は感染症の拡大を不安視しつつも来客と来福を待ちわび、
かつて二次創作の物書き乙女であった社会人2名は、とある焼肉屋の個室で語り合っていた。
「ふと、ね。アレ見て分かんなくなったの」
きっかけはその日突然呟きアプリに浮いてきたトレンド語句。「解釈違い」。
「同カプ解釈違いの呟き、メッチャ多かったじゃん。本当は皆自分のヘキ以外読みたくなくて、他の人が書いたSSも漫画も、特に夢小説なんて、全部ヘイト対象だったのかなって」
私がT夢書いて上げて、解釈爆撃食らったのも、私が全部間違ってたからなのかな、みたいな。
付け足す乙女は元夢物語案内人。昔々、心無い批評家による批判と指摘の集中砲火に遭い作家を辞めた。
「わかるー」
返す社会人はかつての薔薇作家。キャラ付け左右の位置同軸違軸、諸々の論争に疲れ果てて、今はイメージカプ非公表の概念アクセサリー作家として、戦火遠い穏やかな界隈で静かに過ごしている。
「でも、たとえね、たとえ間違いだったとしても、私ちょっと物書きやって良かったと思う」
薔薇作家は微笑み、肉と肉と肉を金網に上げた。
「良いことあった?」
「うん。物書きして、筆折らなきゃ、概念アクセに手は出さなかったなって。……15日と16日にハンドメイドマルシェに店出したの話したっけ?」
「話した。そこそこ儲かったって」
「顧客情報だからアレだけど、『日頃世話になってるひとに、礼がしたくて』ってお客さん来たの。『頑張り屋で真面目で優しいやつだから』って」
「ふーん」
「筆折って概念アクセに来たから、あのお客さんのお手伝いできたんだろうなって。そう思って」
「その客の話、ちょっと詳しく聞いても良い?」
「雫……しずくなぁ?」
丁度「雨」のお題を見越して書いたストックがある。
某所在住物書きはメモアプリを開き、書きかけの短文を見て、ぽつり呟いた。
「やっぱりこのアプリ、空関係のお題で書き貯めときゃ、どこかのお題でいつか引っかかる説」
問題は俺がそうそう大量生産できる頭も文才も無いってハナシな。ため息ひとつ吐く物書きは、しかし折角の機会だと、雨の物語の書きかけをコピーして……
――――――
最近最近。都内某所の某アパートに、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が住んでおりました。
どこで何の世界線がバグったか、捻くれ者の部屋には、週1〜2回、不思議な不思議な子狐が、不思議なお餅を売りに来ます。
ひとくち食べると少しだけ、ふたくち食べるともうちょっと、心に溜まった毒がお餅にひっつき抜けていくような、不思議な不思議なお餅です。
低糖質から甘味まで、主食もおやつも何でもござれ。バリエ豊富にコスパ最高で1個200円。現代人の、腹にも懐にもありがたいお餅なのです。
その日もコンコン子狐が、防犯強化の叫ばれる昨今、唯一扉の鍵を開けてくれる捻くれ者のアパートに、たったひとりのお得意様の部屋に、お餅を入れた葛のカゴと小さいハスの葉の傘を持って、ざーざー降りの雨の中、やって来ました。
「あーあー。何も、この雨の夜に来なくとも」
玄関の前でぶるぶるぶる。体を振って水を飛ばしても、まだびしょびしょのコンコン子狐。
小さいハスの葉の傘では、カゴの中のお餅は守れても、カゴを持つ体までは覆えません。雨に濡れた子狐は、まるで洗濯直後のぬいぐるみです。
ぽたり、ぽたり、雨の雫が滴り落ちては、嫌なところに当たるのでしょう、また体をぶるぶる振ります。
「ドライヤーは?大きい音は、怖いか?」
大きいバスタオルでポンポンポン。捻くれ者は、子狐を優しく叩き拭いてやりました。
「ドライヤー、怖くないもん。かかさんが、ととさんを叱ってる時の方が、もっと怖いもん」
「かかさん?」
「かかさん、ととさんがお肉焦がすと、怒るの。ドライヤーより静かなのに、ドライヤーより怖いんだよ」
「つまりドライヤーも怖いんだな。分かった」
「怖くないやい。怖くないもん」
きゃん、きゃん。怖がり疑惑に子狐が抗議します。
捻くれ者はポンポン構わず、ある程度体が乾くまで、バスタオルで拭き続けてやりました。
「雨が止むまで居ろ。また濡れたくないだろう」
「平気だもん。濡れたってドライヤー怖くないもん」
「分かってる。分かってるよドライヤーは使わない」
「怖くないやいっ!ホントに、怖くないもん!」
「はいはい」
「ワックスペーパー使って、低糖質の小さい菓子を、糖質約1〜2gずつに小分けして包めば糖質管理が楽、っつー知見を得たんだがな」
今日も今日とてエモみマシマシな題目を前に、書いて消して書いてを繰り返す、某所在住物書きである。
「包んでる途中で、そもそも包む手間と紙代がチリツモな気がして、なんなら菓子代を全廃止すれば紙代も何もいらないってハナシで、でもやっぱチョコは食いてぇから糖質管理大事、って堂々巡りしてるわ」
人はパンのみで云々。都合良く部分的に引っ張ってきただけの言葉で、物書きは己の食欲を肯定した。
――――――
今日も相変わらず仕事がクソだ。
ゴマスリばっかりの後増利係長は課長にスリスリ。
その係長に、一緒に仕事してる先輩が悪い意味で気に入られちゃったみたいで、仕事を片付けても片付けても、わんこそば形式に新しい仕事押し付けられてる。
朝イチに来た客なんてもっと酷い。
入ってきて、わざわざ全然関係無い話ばっかりダラダラ続けて、こっちが会話を切り上げようとすると、キレて怒鳴って突然号泣して。大騒動だった。
周囲の客は動画撮ったり子供を避難させたり。お客様対応中の誰かさんはチベットスナギツネなジト目。
最終的に、隣部署の宇曽野主任の伝家の宝刀「ウソ野ジョーク」と「悪いお客様はしまっちゃおうねバズーカ」が炸裂。逃げるようにその客は帰ってった。
神様仏様警察様。いるならこの世からカスハラ全部無くしてください(切実)
他には何もいらないから、迷惑系Customerを世界から一掃してください(嘆願)
「一応、年齢と性別と、身なりと会話内容の傾向から、アレの理由はいくつか推測できる」
昼休憩にそれを雑談ネタにする人、多かったみたい。
私も先輩に愚痴ったら、真面目な意見が返ってきた。
勿論チベットスナギツネな諦めの薄笑いで。
「脳のブレーキ、疎外感、怒りやすさ、薬の副作用、ストレス、王様欲求等。全部話すと昼が無くなるな」
仕方ない、仕方ない。先輩はため息をついて、スープジャーの中の肉団子をつっつく。
「『そんな行動をしてしまう人間が、一定数、事実としている』。それだけのことだ。深く考えると、医学と脳科学と心理学と社会学あたりにハマるぞ」
連中に心を寄せる必要は無い。何もいらない。放っておけ。先輩はそう結んで、また肉団子をつっついた。
「そういう人がいるのと、誰かに迷惑かけて良いのとじゃ、ハナシ違うと思う」
「ごもっとも。だが多分、彼等独りではどうにもできないんだろうさ。仕方ない。それだけだ」
「『それだけ』で全部済んでたらツー様は要らないし鶴カプも無いと思う」
「よく分からないがコーヒー飲むか」
「のむ。アイス。ミルク1個とシロップ4個」
「糖質過多だ。2個にしておけ」
「人間、ガッツリ糖質キメなきゃ、やってらんない時があるんだよ。先輩」
国内某所、住所不詳。とあるぼっちな一室で、事実と空想が半々なワンシーン。
架空の先輩後輩と、不思議な餅売る子狐と、元物書き乙女の日常を主に持ちネタとする物書きの、以下はいわゆる二度目の執筆裏話。
「『もしも未来を見れるならどうする』って?!」
太陽傾く16時。次の題目がスマホの通知画面に届くまで、残り3時間を切っていた。
「んなモン決まってるだろ、昨日の19時の段階で、ひとまず何か書いて投稿してるわな!」
昨日の題目は「もしも未来を見れるなら」。その前が「無色の世界」だったので、いわば、エモさ極振りと思しき題目2連発である。
前回「無色(むしき)」で仏教に逃げたし、今回は未来予知ってことでノストラさんだの何か「未来は全部決定しているのです……」みたいなスピリチュアリストでも登場させるかな。
それとも適当に子狐コンコンで何かブッ飛んだ童話モドキの方がまだマシかな。
と、いくつか話を書き始めたは良いものの、まったくもって投稿に足る最低ラインが整わない。
一度寝て、起きて、それからの方が良い物語を書ける場合がそこそこ多い。
この可能性に、賭けてしまったのがマズかった。
「寝坊しかけたせいでハナシ書く時間無かっただろ、昼もアレよコレよで消えただろ、気がついたらもうこの時間よ。昨日の夜の時点でこの未来が見れるなら、余裕こいて寝ねぇで、何か書いてたわな!」
カタカタカタ、カチカチカチ。
スマホに外付けしたキーボードに、指を滑らせ、叩き、言葉の出て来ぬもどかしさでトントンつつく。
「あー。ちきしょう。俺にももう少し、こういうエモエモ系のお題でもパパっと書けるくらいの文才が有りゃあなぁ!」
日本国内のどこか、住所不詳の一室。
今日も某所在住物書きは、頭を抱え、途方に暮れる。
「『無色(むしき)』の世界、てのがあるらしい。」
先生白は無色に入りますか云々、色彩学で無色とは色の偏り云々、なお「色を無くした世界」の文章表現は一般的にアレがどうとかこうとか。
今回も相変わらず困惑して途方に暮れて面倒になって寝て、苦悩2日目の某所在住物書きである。
「定義が存在してるから、『無色(むしょく)』ってどんな世界だと思う〜?よりは、比較的書きやすい」
朝っぱらから、娯楽文学の欠けた面白みの無い本棚を見たり、「無色」のサジェスト検索から仏教講座が始まったり。なお無色界とは欲望や肉体・物質的束縛から抜け出した、心の活動のみが存在する世界らしい。
「……問題は『比較的』書きやすいだけ、って話な」
盆に寺の墓参りへ行くことすら億劫な欲望マシマシ衆生に、仏教的無色を説くのは困難を極めそうである。
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むしき。むしょく。どちらにせよ、なかなかに手強いお題ですね。こんな童話的おはなしはどうでしょう。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
一家の末っ子、偉大な御狐目指して修行中の子狐は、お星様が大好きな食いしん坊。敷地に咲く花を星に見立てて、あれはお星様の木、それはお星様の花と、
愛でて、囲って、一緒にお昼寝していたのですが。
何がどこでどうなったか、無論そんなの今回のお題が「無色」だったからにほかならぬのですが、
ある日、子狐はひとつの白水仙が、敷地内の花畑で苦しい、苦しいとささやいているのを聞きました。
「おはなさんが、しゃべってる」
コンコン子狐、自分のことは棚に上げて、白水仙に近づきこんにちは。キラキラおめめで見つめました。
『私のこえが、聞こえるのですね』
白水仙からまた、ささやきが聞こえます。
『私はこの、完全に物質的な、花の根に囚われてしまった魂です。元々はここではない、物質から脱却した、精神のみの世界に居たのです。だから、苦しい』
神道の敷地で仏教的な身の上話。神仏融合とは言わぬのでしょうが、何にせよ子狐ちんぷんかんぷん。
要するにこの花はどこか具合が悪いのだと、そこだけ早合点したのです。
「おはなさん、くるしいの?」
『はい。精神のみの私には、物質の枷は重くて痛い』
「おもちあるよ。おもち食べれば、元気になるよ」
『お餅?いや、私は既に、色(しき)が無いので』
「待ってておはなさん。おもち、持ってきてあげる」
『ですから私は、……あっ、……待……』
結局誤解は解けることなく、父狐が仕事から帰ってきて、白水仙を球根ごと引っこ抜き鉢に植え替えて、『世界線管理局 密入出・難民保護担当行き』と書かれた黒穴にとんと送り出すまで、
子狐はずっと、白水仙がお餅を食べないのを不思議がり、考え疲れて、隣でお昼寝していたのでした。
『子狐、あの、一緒に仏様のお勉強しませんか……』
細かいことは気にしません。このおはなしの著者には、このあたりが「無色の世界」テーマの物語の限界なのです。しゃーない、しゃーない。