「とっくに大半の地域は、散ってきてるか葉桜よな」
最近「温暖化が続くと桜が咲かない地域が出てくる」との報道を観た気がする、某所在住物書きである。
「夕日、星、雨、春爛漫、エイプリルフール。このアプリ、空と季節に関するお題の遭遇率結構高いな」
あとはなんかエモそうな単語とか、かな。
物書きは己の過去投稿記事を辿り、そもそも花に草等の題目が「桜散る」しか見つけられぬことに気付き、
「このアプリ、動物ネタ不参加説……?」
桜でも季節でもない、無関係の方向に仮説を立てた。
――――――
職場の先輩は熱に弱い。
本人は、「雪国の田舎生まれだから」って説明してる。冬は最「高」気温が氷点下で、夏も35℃を超える日が少ない場所で育ったからって。
「あつい。しんでしまう」
今日も日中の緊急外回りから帰ってくるや否や、上着を脱いでワイシャツ1枚。職場でひとり浮かないように、理性で、半袖じゃなく長袖にしたみたい。
暑いと溶けるチョコ。熱通したら形変わっちゃう卵。ちょっと気温が上がるとすぐ散る桜。
スマホの天気予報では、明日の東京は26℃。
多分明日も先輩の桜は散るんだろう。
明日と明後日でだいぶ散って、週末には葉桜かな。
いつもピシッと、なんなら少し無機質感すらある先輩が、20℃未満の気温に負けて机に突っ伏す姿は、
体が冬の寒いのから春の温かいのに慣れる前の、今しか見られない風物詩だ。
「おまえは、なんで、へいきなんだ」
「先輩が弱いの。東京だよ。先輩も、十何年も居るんだから、そろそろ春の20℃くらい慣れなよ。いちいち毎年散ってたら体もたないよ」
「なにをどうしたら、わたしが、はなになる……」
そうだ。花。――途端先輩が顔を上げて、保冷のミニポーチをバッグから取り出した。
「朝のドタバタで渡しそびれた。口に合うと良いが」
中には、100均で見るような小さな本の形の箱。開けてみると、何か小さな四角いものが、キャンディーみたいに紙に包まれて、たくさん、入ってた。
「先週の金曜、お前にだいぶ面倒をかけただろう」
包み紙の中から出てきたのは小さなキューブチョコ。
「あの時の詫びと、礼だ」
紙にはうすーく、スミレの写真がプリントされてた。
「見たことない柄」
「だろうな。私もどこで買ったか多分忘れた」
「嘘ついてそう。何か隠してそう」
「私自身が照れくさいだけだ。お前のメンタルに害のある隠し事ではない」
「それは信じる」
正直なんだか嘘つきなんだか分からない先輩をジト見しつつ、チョコを口に放り込む。
香り付けがしてあるらしく、舌の上のチョコが少し溶けた瞬間、散る桜の淡さが鼻に抜けた。
「スミレじゃないんだ」
「包み紙の柄が多くてな。一種類しないと、香りがごっちゃごちゃになる。……気に入らなかったか?」
「全然。好き。ありがと」
「まさかガチで、この置き石使う日が来るとはな」
4月12日、「言葉にできない」の題目で投稿した過去作品を確認しながら、某所在住物書きは珍しく、ニヤリ満足な笑顔を浮かべた。
「3〜4個、シリーズもののテンプレ作って、それで日々のお題を回すにあたってさ。いつか使えるようにって、『その話に関係無いネタ』を、置き石だの伏線だのを何個か仕込んでおいてんのよ」
使い所無いと思ってたが、まさかドンピシャが突っ込んでくるとはね。物書きは笑い、ひとつ息を吐き、
「……で、問題はその、せっかく置いた置き石をちゃんと上手に扱えるかよな」
結局最終的に、頭をかいて、うんうん唸り悩む。
――――――
最近最近の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社と、「ここ」ではない「どこか」のおはなしです。
敷地内の一軒家で、化け狐の末裔が家族で暮らすその稲荷神社は、草が花が山菜が、いつかの過去を留めて芽吹く、昔ながらの森の中。
時折妙な連中が芽吹いたり、頭を出したり、■■■したりしていますが、そういうのは大抵、都内で漢方医として労働し納税する父狐に見つかって、『世界線管理局 ◯◯担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドとブチ込まれるのです。
多分気にしちゃいけません。きっと別の世界のおはなしです。「ここ」ではないどこかのおはなしです。
ですが今日は少しだけ、神社にやってくる「妙な連中」に、目を向けてみることにしましょう。
ある時ガマズミの花が咲いた頃、完璧な星の模様の赤キノコが顔を出しました。
そのキノコの香りを嗅ぐと、昔食べた思い出深い料理の、香りと余韻を完璧に思い出すのでした。
父狐はそれを「アジナシカオリダケ」と呼び、周囲の土ごと掘り起こして、『世界線管理局 植物・菌類担当行き』の黒穴にブチ込みました。
またある時キバナノアマナが実をつける頃、どの黒よりも黒い前羽と、光を反射して透き通る青い後羽を持つチョウチョがやって来ました。
チョウチョは誰かの左目を隠したがり、目を隠されたモノは人も獣でも、心の中の何か恥ずかしい――カッコイイ設定を、カッコよく演じたくなるのでした。
父狐はそれを「クロレキシジミ」と呼び、カッコ良さげな虫かごに入れて、『世界線管理局 節足動物・昆虫担当行き』の黒穴に放り込みました。
そしてある時ヤマニンジンが食べ頃な頃、白百合のような花を右耳の裏か首筋あたりに付けた白い狼が、神社敷地内の一軒家のインターホンを鳴らしました。
狼は、ここではない別のおはなしの世界の、恐ろしい裂け目に落ちて、ここに来てしまったと言いました。
父狐は彼を「ただの迷子」と呼び、『世界線管理局 密入出・難民保護担当行き』の黒穴へ案内しました。
最近最近の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社は、今日も「ここ」ではない「どこか」の世界と、繋がり、関わり、送り返しています。
「自分でも、うまく説明できねぇ現象なんだけどさ」
これもひとつの「届かぬ想い」なのやも。某所在住物書きは茶を飲みポテチをかじって、ひと息をつく。
「お題来るじゃん。クソ悩んで短文投稿するじゃん。投稿した後で閃く方が、最初に上げたやつよりイイ話を書ける気がする、みたいな。なんかそういう」
隣の芝が青い理論なんかな。それとも実際に、前より良い話が書けてんのかな。首を傾ける物書きは、
「逆に、最初に良いモンがポンと出てきてくれりゃ、バチクソ楽なのにさ」
ほら、ビールも最初の方が絶対美味いじゃん、と普段飲まぬ酒の話を引き合いに出し……
――――――
「届いた」
都内某所、某アパート。過労により職場で体調を崩し、金曜の午後から休みを取っていた捻くれ者が、
己のその日の仕事を引き継ぎ、一切の対応をこなしてくれた後輩に、礼をしようと奮闘していた。
「本当に1日で作れるんだな。……すごい」
速達で届いた小包の中には、春の花の写真が印刷された10cm四方の紙が、絵柄8種各15枚入り、合計120枚。送料込みで2500円。
相場を知らぬ捻くれ者は、値引き交渉をせず、言い値を支払った。
後輩の、欲しいものはカネと菓子だが、それ遣るよりは花の画が良い。
金曜の礼に何を贈るべきか、ひょんなことからアドバイスを得た捻くれ者。花の画像など後輩の何の役にも立たぬと、首を傾ける。
欲しいものが菓子であれば、その欲しいものを贈った方が、喜びは大きい筈である。
良い案は無いかと外に出て、出くわしたのが、ハンドメイド作家による小規模マルシェ。
概念アクセサリーなるジャンルで出店する女性が、差し入れ用概念ワックスペーパーなる紙を売っていた。
飴やチョコ等を包む際、使用できるという。
自分の好きな写真でチョコを包めるのか。
尋ねると作家は即答で、できます、と言った。
なんたる幸運。捻くれ者は、早速スマホとマネークリップを取り出した。
明日発送できます。お菓子よく作られるんですか。
いや。日頃世話になってる後輩に、礼がしたくて。
金を支払い少しの雑談を挟んで、その日はそれで帰宅した捻くれ者。翌日作家の言う通り、小包が届いた。
キクザキイチゲにフクジュソウ、スイセンにスミレ、等々。計8種。蜜蝋引きのワックスペーパーが。
「あいつには、『たまたま良い柄の紙が有ったから』とでも、言っておくか」
同封された、キューブチョコを包む手書きの説明書を見ながら、10cm四方の上にチョコを置き、折り包んで、両端を捻る。
「あっ。破れた。意外と難しいな」
己が紙とチョコを相手に格闘していることなど、その最中の照れと苦労を含めた諸々の感情など、
後輩には一切届かぬ想像であろうと、この時の捻くれ者は、信じて疑わなかった。
「そうか。こうやって破くから、『多めに発注した方が良いですよ』なのか……」
「3〜4個、シリーズもののテンプレ持っておくと、短文の物語投稿にはラクかも、とか思い始めてるわ」
アプリを入れて、はや1ヶ月と2週間。19時に通知を見て固い頭をフル稼働して悶々悩み途方に暮れるまでが、徐々に習慣化してきた某所在住物書きである。
「たとえば1日目のお題は狐の餅売りの童話風、2日目のお題は企業のよくある理不尽話、3日目は無難に日常ネタ、4日目は1日目投稿分に繋がる話とか」
型にはめて、各シリーズの短文の続編にすれば、毎日ゼロから新規組み立てする必要無いし。便利よな。
補足する物書きは、しかしながらため息をつき、
「問題は展開が完全お題任せで、行き先不明な点よ」
「神様へ」って、どのテンプレにどう繋げる?と……
――――――
都内某所、某アパート。人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者がぼっちで住む部屋に、
何故か不思議な不思議な、リアリティーガン無視の童話的子狐が、餅を売りに来ている。
「ウカサマ、ウカノミタマのオオカミサマ、しもべの声をお聞きください」
くるくるくる、家具少ないリビングで円を描いて歩き続け、コンコン呪文モドキを唱えている。
「ウカサマ、ウカサマのしもべのおとくいさんに、道をおしめしください」
部屋の主たる捻くれ者はポカン顔。
人語を解する子狐が毎週部屋に来るだけでも異様なのに、今度はその子狐が、神様へお伺いごっこである。
興味半分で「狐なら占いもできたりするのか」と、捻くれ者が子狐に聞いてみたのがすべての始まり。
「体調不良で世話になった後輩がいる。礼をしたいが何を贈れば良いか、とか」と。子狐は捻くれ者の好奇心に、直接行動で応じてしまった。
「おしめしください、おしめしください……」
くるくるくる、くるくるくる。何十周回ったとも知れぬ子狐。途端ピタリ足を止め、すっくと直立し捻くれ者をまっすぐ見詰め、
「『故郷の花の画をくれてやるのが良いでしょう』」
子供のあどけなさ無き、別人の抑揚で話し始めた。
「『お前の後輩が欲しているのはカネと肉と甘味ですが、カネは渡せば不思議がられ、肉も甘味も日頃お前と食っているので、特別ではない。お前の故郷に咲く良き春の花の写真を、5種8枚、みつくろうのです。キクザキイチゲとフクジュソウと、オオイヌノフグリとスイセンと、スミレかカタクリか桜が宜しい』」
「なぜ、」
「『メタい話をすると、3月1日と13日に、後輩に花の話をして、31日に画像を見られたからです』」
「3月1日と13日と31日?」
「『この先を聞きたくば、私に極上の餅を差し出すのです。さすればお前を愛で、言葉を授けても良い』」
大変な神様へ、直通電話を掛けてしまったらしい。
まんまと餅購入の誘導にハメられた気のする捻くれ者は、しかし狐のたたりも少々怖く、
「ねだん、は?」
通勤バッグからマネークリップを取り出し、持ち合わせを確認した。
「いっせんまんえんです」
「……嘘言ってるな?」
「きつねうそつかない。いっせんまんえんです」
「本当は?」
「500円玉1個と、100円玉3個」
「はぁ……」
「来た『快晴』!空テーマ!」
空関係のお題、意外と多い説。昨日閃いたその矢先に「快晴」の2文字である。自説への手応えに、某所在住物書きは拳を握って両手を挙げた。
「これは、意外と信頼性、あるかもしんねぇな!」
曇り空、通り雨、夕焼けに夜風。昨日に引き続き、調子に乗った物書きは空関係の単語をメモに残すが……
「……ただまぁ、問題は実際に書けるかどうかよな」
――――――
職場の先輩が、職場で倒れかけた。
原因はハッキリしてた。上司にゴマスリばっかで自分はロクに仕事しない、後増利係長のせいだ。
ゴマスリ係長は先週、自分に回ってきた面倒な仕事を、14日期限で先輩に丸投げしてきた。
それは本当なら3〜4週間かかる量の仕事だった。
私も分かるところだけでも手伝って、
先輩なんかは上司の邪魔が入らないよう定時で帰って自宅でリモートワークして、
ゴマスリはその定時帰宅を気に入らないらしくて、
追加でひとつ仕事増やされたけど、先輩は、期限前日の今日の午前中でそれを係長決裁に回して、
それで、期限以内に仕事を終わらせた先輩に、ゴマスリが立て続けにひとつ仕事を割り振った。
席に戻ってきた先輩はすごく疲れた顔をしてて、ため息をついて椅子を、
掴む前に、肩が体が右斜めにグラついて、落ちるように床に膝をついて。
「なんでもない」って顔面蒼白で言う先輩を、無理矢理私が休憩室まで連れてって、ソファーに寝かせた。
上司連中は先輩のこと何も知らないくせに、勝手に「体調管理がなってない」とか「どうせ定時帰宅して、夜通しゲームでもしてたんだろ」とか。
メッチャ張っ倒してやりたかったけど、寝てる先輩に袖すごく強く掴まれたから、ガッッツリ嫌味な皮肉とド正論を投げるだけ投げて、それで我慢してやった。
「すまない。……面倒をかけた」
いつもと違って弱々しい声の先輩が、ソファーに横になって、黄砂さえ無けりゃ快晴だったかもしれない窓の外を見ながら言った。
「黄砂が落ち着いたら、快晴予報の日にでも、……今日の、埋め合わせを」
クソ上司から仕事振られたのも、職場で倒れかけたのも、その対処を私にさせて、私の仕事時間を削ったのも。全部自分で背負い込もうとする先輩が、
寂しくて、痛ましくて、少し苛立たしかった。
なんでウチの職場は下っ端を使い潰すことしか考えないんだろう。
なんで、ウチの職場は真面目なひとをこんなに食いモノにするんだろう。
なんでそれを「おかしい」って言えないんだろう。
「来週また黄砂来るらしいから当分ムリでーす」
ゴマスリほか、ともかくクズな上司にふつふつイライラが湧いてくるのを、抑えつつ先輩に言葉を返す。
対する先輩は、それは困ったな、って苦笑で、小さいため息をひとつ吐いた。