「『空』か。空のお題、意外と多い……?」
カリカリカリ。今日も某所在住物書きは、相変わらず通知画面に届いた題目に四苦八苦。堅揚げポテチを食いながら固い頭をフル稼働させている。
「沈む『夕日』、『星空』の下で、『ところにより雨』、『星』が溢れる。コレは空関係の話を書き溜めとけば、いつか使えるお題が回って来る説?」
夜明け、朝日、日差し、夕暮れ、満月に三日月。
作品投稿のズルをしてやろうと、「空」に関する単語を列挙する物書き。途中でメモの指が止まり、
「……俺、そんな大量にポンポン話書けるっけ?」
そもそもの己の執筆スキルを、再度、確認し直す。
「まぁ、ひとまず今回は昨日のお題の続きで行くか」
――――――
リアリティーガン無視なおはなしです。フィクションマシマシでファンタジーなおはなしです。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、化け狐の末裔の家族が仲良く住んでいて、
そのうちの父狐がなんと漢方医。某病院で、労働して納税して昨今の感染症と花粉症に立ち向かう、40代既婚男性(戸籍上)でありました。
夜勤中、母狐から、子狐が「お気に入りの花畑が消えちゃう」と泣きじゃくっていた、との通報が。
愛しい我が子の心を癒やすため、父狐は子狐の大好きな、星の形のクッキーを、ひと箱買って帰りました。
「お花畑が消えちゃうって、泣いてたんだって?」
家に帰った父狐。子狐にクッキーの箱を渡します。
「来年また芽を出すよ。これを食べて元気をお出し」
子狐の泣いた花畑は、キバナノアマナのことでした。
黄色く小さな、ユリか星のような花を咲かせるそれを、子狐は「お星さまの花」と呼んでいました。
星が大好きなコンコン子狐、星の形の花が消えていくのを、キャンキャン泣いて悲しんだのです。
「泣いてないもん!」
大好きなクッキーをひとくち、ふたくち。子狐は嬉しそうに頬張ります。
「それに、かかさん、教えてくれたもん。お星さまは、消えないの。遠い、遠いお空にのぼったの」
クッキーを1個ぺろり食べ終えて、子狐は青い青い空を見上げて、指さしました。
「かかさん、お星さまは遠いお空にのぼって、遠い涼しい場所に行くって、言ったの」
だから、お星さまは消えないんだよ。
子狐えっへん、得意そうに父狐に言いました。
「そうか。それじゃあ来年は、遠いお空の土産話が聞けるかもしれないなぁ」
母狐の言葉は、半分ウソで、半分本当でした。
キバナノアマナは春を告げる花。東京で花が終わっても、遠い遠い空の下、遠く離れた涼しい雪国では、今まさに咲いて花畑になっていることでしょう。
それを、母狐は「遠い空にのぼって遠い涼しい場所に行く」と、表現したのです。
「お空の旅は、どんな旅だと思う?」
父狐が愛おしく子狐を抱きかかえると、
「雲のおふとんでお昼寝できる旅!」
「お星さまの花」に届くと思ったのでしょう、子狐が遠い空へ向けて、小ちゃな手をうんと伸ばしました。
「言葉にできない」。某CMソングが聞こえてきそうなお題ですが、こういうおはなしはどうでしょう。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
稲荷神社は森の中。草が花が山菜が、いつか昔の過去を留めて、芽吹き、咲き、顔を出します。
時折シマエナガコスの白鳥が、「待ってくれ!俺だって来たくて来たんじゃねえ!」と、完璧な日本語に平均的な北東北アクセントで鳴いたりしますが、
そういう妙な連中は大抵、都内で漢方医として労働し納税する父狐に見つかって、羽ごと体をふん縛られ、『世界線管理局 密入出・難民保護担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドと放り込まれていました。
多分気にしちゃいけません。きっと別の世界のおはなしです。「ここ」ではないどこかのおはなしです。
「お星さま、なくなっちゃう!」
さて。「こちら」の世界に話を戻すと、稲荷神社に住む子狐が、敷地内の明るい原っぱで、キバナノアマナの小さな小さな花畑のまわりを、キャンキャン泣きながらぐるぐる走りまわっておりました。
「お星さま、お星さま!いかないで!」
キバナノアマナは絶滅危惧種。小ちゃな小ちゃなユリの形の、まるで星のような花を春咲かせ、夏来る前に地中に帰る。「春の妖精」のひとつです。
前々からぽつりぽつり、花を終えて実をつけ始めた、キバナノアマナの花畑。今ではほんの少ししか、花が残っていません。その少し残った花も、そろそろ色あせ、実をつけそうなのです。
子狐はそこそこ賢いので、花が今消えても、「次」があることは知っています。また次の春にこの場所で、黄色のお星様を咲かせるのは分かっています。
だけど子狐は狐なので、どうしても「今」が悲しいのです。大好きなお星様の形の、お気に入りの花畑が、今消えていくのが寂しいのです。
次の春の待ち遠しさと、今消える花の寂しさが、ごっちゃになって暴れ回る、その気持ちの名前を知らないので、子狐は自分の心を、うまく言葉にできません。
ただただ泣いて、吠えて、願って、叫ぶばかり。
「やだ!やだっ!お星さま、いなくならないで!」
キャンキャンキャン、キャンキャンキャン。
母狐が泣き声に気付いてやって来て、それじゃあ押し花作りましょうねと、花のひとつを摘み取って、泣きじゃくる我が子を優しく愛おしく抱きしめるまで、
子狐はずっと、ずっと、キバナノアマナの花畑のまわりを、ぐるぐるぐるぐる走り回り続けました。
4月3日に新年度の仕事が始まって、最初の日曜日。
雪降る田舎出身の、都会に揉まれて擦れた捻くれ者のアパートに、夜、クール便の荷物が届きました。
送り主は、遠く離れた田舎の実家。ようやく訪れた春を、その恵みを、おすそ分けしたかったのでしょう。
「フキと、フキノトウと、ギョウジャニンニクと?」
東京と故郷の春とでは、季節が1ヶ月以上ズレます。こちらではもう葉桜でも、向こうは今頃春爛漫。
「ユキザサか。食い方よく知らないんだが」
公園にキクザキイチゲが広がり、林道にカタクリが顔を出し、道端でスイセンが咲いて、それらを陽光が照らし温めているのでしょう。
「スミレの砂糖漬け……?」
随分とまた、今年は気取ったものを。
捻くれ者は、荷物の底のタッパーに、見慣れぬ薄紫がじゃんじゃか詰められているのを見つけました。
「『作り過ぎた』って。あのなぁ……」
同封されたカードには、父が趣味の菓子作りを再開したことと、母がそれを真似て砂糖漬けを大量生産中であることが、ほっこりつらつら。
母曰く、緑茶にスミレもなかなかオシャレ、とか。
「ひとりじゃ食いきれない。職場に持っていこう」
チャック付きの透明袋に、乾燥剤と一緒にスミレをザカザカ詰め終えると、捻くれ者は袋を冷蔵庫に、
入れる直前で思い出し、通勤バッグに入れました。
スミレの、砂糖漬けです。常温保存も可能です。
上司に振られた大量の仕事をさばくために、今週は定時で上司の邪魔の入らぬ自宅へ帰って、少し寝た後ずっと仕事仕事仕事でした。
疲れが溜まって、頭がよく働いていないのでしょう。
「今の仕事が終わったら、1日くらい休むか」
寝て、日付が変わって、起きて。
いつも通り、捻くれ者は出勤していきました。
それを待っていたのが例の上司。捻くれ者に大量の仕事を振った、今月からの新係長です。
「お前最近、定時で帰ってばかりだな」
自分の部署の仲間に、砂糖漬けを配ろうとした矢先。
捻くれ者の席に、新係長の後増利がやって来ました。
「そんなに暇ならコレもできるだろう?」
淡々々。言いたいことだけ言い、渡す物だけ渡して、後増利は帰っていきました。
こいつに故郷の春をくれてやるのは心底シャクだ。
捻くれ者は一転、砂糖漬けはソロで対処しようと固く誓いかけましたが、
ふと、向かい側の席に視線をやると、後輩が後増利の背中に小さく歯をむいて、中指を立てておりました。
「手伝う。私今ちょっとフリーだから」
後輩が言いました。
「あのゴマスリクソ上司。イイ気になっちゃって」
これくらい、たまには自分で云々。今に見てろ云々。
ヒソヒソ言いながら、ノートの電源を入れる後輩。
捻くれ者は、こいつにならあの街の、春爛漫の欠片を少し、分けてやっても良いと思いました。
「どういうシチュエーションよコレ……?」
昨日の「これからも、ずっと」に続いて、今日の題目は「誰よりも、ずっと」。なお先月の題目には「ずっと隣で」があった。
「ずっと」被り3回目。頭の固さが壁となり、そろそろネタ枯渇の気配。なにより「誰よりも」が響いた。
「『誰よりも、ずっと』◯◯をするのが上手。『誰よりも、ずっと』◯◯をやり続けている。他は?」
趣味の話とか、恋愛系とか、友情モノに競技対戦シチュとかと親和性高いのか?
ガリガリガリ。物書きは頭をかいて、
「……たまにはお題パスも視野」
ため息を吐き、毎度恒例、物書きが途方に暮れる。
――――――
「ずっと」シリーズ第3弾。このアカウントも、ようやく投稿記事40個目のおはなしです。
最近最近の都内某所。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
都市再開発、科学の進歩、動画投稿アプリの台頭等で、魔法も呪術も過去の存在となった昨今。
秘匿性と神秘のわずかに残る、地方や過疎地域に逃れていく物の怪の多い中、一家はこの地に残り、
都内に住む何よりも、誰よりも、ずっと長い間、人々の生活の明暗清濁を見守り続けてきました。
なお、そんな稲荷神社の化け狐一家。最近しみじみ、時代の流れを感じることがあるようです。
それは家族の末っ子。偉大な御狐、善き化け狐になる修行中の子狐が、修行で売り歩く不思議なお餅を作っている最中のことでした。
「良い香りがしているねぇ」
晩ごはん後の台所。父狐が、母狐と一緒に食べるためのおつまみを取りに来たところ、子狐が一生懸命、夜売るお餅を作っておりました。
「今日は、ピザお餅と肉まんお餅かな?」
「サバ味噌煮おもちと角煮おもちも作る!」
コンコン子狐、大好きな大好きなお得意様の提案で、低糖質なお餅のラインナップを拡大中なのです。
「えーよーばらんす良いと、おとくいさん、喜ぶの」
父狐が同じように餅売り修行をしていた◯◯年前は、食べ物が少なく、皆貧しかったので、お腹にたまるお餅や甘いお餅が好まれました。
今は健康ブーム。糖質少なめが客にウケるようです。
食べ物のトレンドは水鏡。容易に形を変え、波立ち、時代を映します。
「お前が親になる頃には、どんな餅がトレンドになってるだろうねぇ」
まだまだ遠い、孫狐が餅売る姿を想像しながら、子狐を抱きあげ、頭を撫でてやる父狐。
どの人間より長く人間を見てきた父狐でも、未来の食べ物を予想するのは、ちょっと難しいようでした。
「付け焼き刃の素人話だから、」
土曜日の午後の、帰宅前。先輩と寄ったマッケ。
「鵜呑みにせず、話半分で聞いてほしいが、過剰なストレスが長く続くと、心にも脳にも悪いそうだ」
私がマッケシェイクのバニラをちゅーちゅーしてる隣で、プレミアムコーヒーをブラックで飲んでる職場の先輩が、難しい、長い話を始めた。
「勿論、全部のストレスが悪いワケではない。けれど、酷いストレスが長く続くと、脳の神経細胞が一部、いわゆる過労死を起こすらしい」
コルチゾールだ。名前は知っているだろう。
私の「毎年の仕事とノルマがクソ」って愚痴に、リアルタイムで上司から大量の仕事を押し付けられてる、地獄真っ只中なハズの先輩が、真面目に答えてる。
嫌なら転職した方が良いと。
「強過ぎ、長過ぎなストレスで、コルチゾールがじゃんじゃん脳に来ると、そこで色々あって神経細胞が活発になる。ただ活発に、なり過ぎるから、最終的にそいつらは死んでしまうそうだ。つまり過労死だな。
お前にとって今の仕事が苦痛なら、この頭の過労死がずっと、これからもずっと、繰り返されるワケだ。
高血圧高血糖、心臓発作や脳卒中のリスクも上がる。文字通り仕事で『体を壊す』前に、離れろ」
あの職場と心中してやる恩も義理も無いだろう。
先輩はそう結んで、コーヒーをひとくち飲んだ。
「先輩は、」
「ん?」
「先輩だって、今の仕事ストレスなんじゃないの?」
「何故私の心配をする?」
「先輩、絶対私より大変だし。絶対過労死中だし」
「お前に頼む手伝いは、最小限になるよう努力しているつもりだが、……何か無理強いしただろうか」
「あのさ、そうじゃ、そうじゃなくてさぁ」
「んん………?」
なんで先輩の、この手の話は、先輩本人のエクストリームハードな状況が勘定に入ってないんだろう。
私がため息ついて目をそらして、バニラシェイクをちゅーちゅーすると、
視界の端っこで先輩が、やはり何か無理強いとか悪いこと言ったりとかしただろうか、って、ちょっと困ったような顔でコーヒー飲んでた。