かたいなか

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「言葉にできない」。某CMソングが聞こえてきそうなお題ですが、こういうおはなしはどうでしょう。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
稲荷神社は森の中。草が花が山菜が、いつか昔の過去を留めて、芽吹き、咲き、顔を出します。
時折シマエナガコスの白鳥が、「待ってくれ!俺だって来たくて来たんじゃねえ!」と、完璧な日本語に平均的な北東北アクセントで鳴いたりしますが、
そういう妙な連中は大抵、都内で漢方医として労働し納税する父狐に見つかって、羽ごと体をふん縛られ、『世界線管理局 密入出・難民保護担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドと放り込まれていました。
多分気にしちゃいけません。きっと別の世界のおはなしです。「ここ」ではないどこかのおはなしです。

「お星さま、なくなっちゃう!」
さて。「こちら」の世界に話を戻すと、稲荷神社に住む子狐が、敷地内の明るい原っぱで、キバナノアマナの小さな小さな花畑のまわりを、キャンキャン泣きながらぐるぐる走りまわっておりました。
「お星さま、お星さま!いかないで!」
キバナノアマナは絶滅危惧種。小ちゃな小ちゃなユリの形の、まるで星のような花を春咲かせ、夏来る前に地中に帰る。「春の妖精」のひとつです。
前々からぽつりぽつり、花を終えて実をつけ始めた、キバナノアマナの花畑。今ではほんの少ししか、花が残っていません。その少し残った花も、そろそろ色あせ、実をつけそうなのです。

子狐はそこそこ賢いので、花が今消えても、「次」があることは知っています。また次の春にこの場所で、黄色のお星様を咲かせるのは分かっています。
だけど子狐は狐なので、どうしても「今」が悲しいのです。大好きなお星様の形の、お気に入りの花畑が、今消えていくのが寂しいのです。

次の春の待ち遠しさと、今消える花の寂しさが、ごっちゃになって暴れ回る、その気持ちの名前を知らないので、子狐は自分の心を、うまく言葉にできません。
ただただ泣いて、吠えて、願って、叫ぶばかり。
「やだ!やだっ!お星さま、いなくならないで!」
キャンキャンキャン、キャンキャンキャン。
母狐が泣き声に気付いてやって来て、それじゃあ押し花作りましょうねと、花のひとつを摘み取って、泣きじゃくる我が子を優しく愛おしく抱きしめるまで、
子狐はずっと、ずっと、キバナノアマナの花畑のまわりを、ぐるぐるぐるぐる走り回り続けました。

4/12/2023, 4:25:53 AM