かたいなか

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「『無色(むしき)』の世界、てのがあるらしい。」
先生白は無色に入りますか云々、色彩学で無色とは色の偏り云々、なお「色を無くした世界」の文章表現は一般的にアレがどうとかこうとか。
今回も相変わらず困惑して途方に暮れて面倒になって寝て、苦悩2日目の某所在住物書きである。
「定義が存在してるから、『無色(むしょく)』ってどんな世界だと思う〜?よりは、比較的書きやすい」
朝っぱらから、娯楽文学の欠けた面白みの無い本棚を見たり、「無色」のサジェスト検索から仏教講座が始まったり。なお無色界とは欲望や肉体・物質的束縛から抜け出した、心の活動のみが存在する世界らしい。

「……問題は『比較的』書きやすいだけ、って話な」
盆に寺の墓参りへ行くことすら億劫な欲望マシマシ衆生に、仏教的無色を説くのは困難を極めそうである。

――――――

むしき。むしょく。どちらにせよ、なかなかに手強いお題ですね。こんな童話的おはなしはどうでしょう。

最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
一家の末っ子、偉大な御狐目指して修行中の子狐は、お星様が大好きな食いしん坊。敷地に咲く花を星に見立てて、あれはお星様の木、それはお星様の花と、
愛でて、囲って、一緒にお昼寝していたのですが。
何がどこでどうなったか、無論そんなの今回のお題が「無色」だったからにほかならぬのですが、
ある日、子狐はひとつの白水仙が、敷地内の花畑で苦しい、苦しいとささやいているのを聞きました。

「おはなさんが、しゃべってる」
コンコン子狐、自分のことは棚に上げて、白水仙に近づきこんにちは。キラキラおめめで見つめました。
『私のこえが、聞こえるのですね』
白水仙からまた、ささやきが聞こえます。
『私はこの、完全に物質的な、花の根に囚われてしまった魂です。元々はここではない、物質から脱却した、精神のみの世界に居たのです。だから、苦しい』
神道の敷地で仏教的な身の上話。神仏融合とは言わぬのでしょうが、何にせよ子狐ちんぷんかんぷん。
要するにこの花はどこか具合が悪いのだと、そこだけ早合点したのです。

「おはなさん、くるしいの?」
『はい。精神のみの私には、物質の枷は重くて痛い』
「おもちあるよ。おもち食べれば、元気になるよ」
『お餅?いや、私は既に、色(しき)が無いので』
「待ってておはなさん。おもち、持ってきてあげる」
『ですから私は、……あっ、……待……』

結局誤解は解けることなく、父狐が仕事から帰ってきて、白水仙を球根ごと引っこ抜き鉢に植え替えて、『世界線管理局 密入出・難民保護担当行き』と書かれた黒穴にとんと送り出すまで、
子狐はずっと、白水仙がお餅を食べないのを不思議がり、考え疲れて、隣でお昼寝していたのでした。
『子狐、あの、一緒に仏様のお勉強しませんか……』

細かいことは気にしません。このおはなしの著者には、このあたりが「無色の世界」テーマの物語の限界なのです。しゃーない、しゃーない。

4/18/2023, 10:54:38 PM