かたいなか

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4/5/2023, 3:49:45 AM

新年度の仕事が始まって、3日経った。
昨年度新卒で入ってきて早々、当時のオツボネな係長に新人いびりされた新人ちゃん。今朝は珍しく自分から、私に初めての仕事のやり方を聞きに来た。
昨日の晩の、先輩からのグルチャのリークで、新人ちゃんが当時の――今はもう別部署に左遷させられた係長に、トラウマ持ってるって情報は見た。
よーしゃしゃしゃ。怖かったでしょう。
この、センパイの、怖くない私が、優しくサポートしてあげるからね。大船に乗って云々。
……職場の上司ってなんでこんなに下っ端使い潰すことしか考えないんだろう(虚ろ目)
と、思っていたら。

「すまない。ひとつだけ、助けてくれないか」
大量のバインダーを抱えた先輩が、書類保管庫兼務な金庫から自分の席に戻ってきて、ちょっと疲れたような、あきれたような顔を向けてきた。
「新年度早々やられた。2週間で仕上げろだそうだ」
ゴマスリ係長直々のお達しさ。先輩がそれとなく、係長の席でふんぞり返ってスマホいじってるオッサンを視線で示した。
「さすがゴマスリ」
「『若いからこういうの詳しいだろう』、だとさ」

ゴマスリ。後増利係長。新人いびりがバレて別部署に飛ばされた、尾壺根係長のかわりに来た中年オヤジ。
その名のとおり、上にゴマすることしか頭に無くて、面倒な仕事は全部部下に丸投げしてくるって評判。
ウチの部署に来て最初のターゲットは先輩らしい。
ホントに職場の上司ってなんで下っ端使い潰すことしか考えないんだろうう(チベットスナギツネ感)

「私の力量を、よくご理解なさっての激励だろうさ」
なんといっても、係長殿はごますり業務が非常にお忙しくていらっしゃるから。私達がお支えしないと。
小さな声で、それはそれは、しれぇ〜っと心にも無いことを言う先輩。
「ゴマスリにコレ任せたら絶対データ飛んで大惨事だから、ってのもアリ?」
バインダーをひとつ手繰って、中を見て仕事内容をちょっと把握して、ポツリ感想を呟くと、
「……データ飛ぶだけで済めば良いがな」
ちょっと声デカいぞ。先輩が人差し指を唇に立てて、しっ、とあきれ顔を少しだけ崩した。

「ゴマスリもデータとパソコン勉強してほしい」
「スキル習得より大事な仕事が山ほどなんだろう」
「勉強、して、ほしい」
「毒抜きはいつもの低糖質バイキングで良いか?」
「それでいい……」

4/4/2023, 3:55:23 AM

今日も今日とて元物書き乙女、解釈論争に疲れて筆を折った現概念アクセサリー職人は、イメージカプ非公開の概念小物製作に余念がない。
丁度1週間前呟きアプリに投稿した作品、黒白の巻物風チャームは、予想に反して久々の、ハートアイコン2桁間近。上々であった。
万バズどころか50バズすら縁遠く、一度も反応の無い投稿もチラホラな乙女には、十分な称賛である。
解釈不一致、公式云々の集中爆撃から逃れて、悠々乙女は表現と創作を謳歌する。
それは物書き乙女がようやく辿り着いた、ただ1つの疎開先であり、安住の隠れ家であった。

「青要素足りないかな」
今日の概念小物は普段使い用。プチプライスショップで購入した歯車風パーツを土台に、ソロバンビーズと花形平ビーズで高さを盛り、その上に大きめの青ビーズ、それから王冠のデザインヒートン。
チェスの駒風チャームである。
「いや、青は、金に挟まってるくらいで良いや」
ヒートンに丸カンとカニカンを通してできあがり。
世界にただ1つだけ、とは言えないものの、物書き乙女の満足いく仕上がりであった。
「できた。金青金、リバ概念……!」

これで材料費実質200円程度だもんね。ごめんね金さん青さん安上がりで。
うふふのふ。完成したチャームをスマホで撮り、今回は呟きアプリには投稿せず、かつての二次創作仲間のグループチャットへ。
『金青金作ったったwwwww絶対普段使いできる』
メッセージはすぐ既読アイコンが付き、少しして返信された文章には、
『絶対気付かない(確信)
絶対金青金ってバレない(超確信)』
爆笑の絵文字が複数個、一緒に添えられていた。
『なお軸固定勢からは批判が相次いでおり』
『「解釈違いです」→「なら見なければ良いと思います」→「そもそも公式発表は金黒です。青ではありません」→「いいえ金の夫は赤です」までテンプレ』
『それなwww』

馬鹿笑いして、ひと息ついて、ため息に変わって。
ふと、寂しげに視線を下げる元物書き乙女。
「皆、同じ作品の同じひとが好きなだけなのにね」
なんで好き同士で殴り合うんだろうね。
キークリップのチャームを巻物風のそれからチェス風に交換して、再度、小さなため息をついた。

4/3/2023, 4:22:26 AM

一難去ってまた一難。今年度もこの、ブラックに限りなく近いグレー企業の、金額に見合ってるんだか全然足りないんだか分からない春夏秋冬が始まった。
「名前通りのオツボネ様」、ウチの部署の新人ちゃんをいじめ倒して、仕事のヤバいミスを私に押し付けた尾壺根係長は、3月31日をもって別部署へ。
事実上の左遷。数年一緒の先輩が言ってた。

で。オツボネのかわりに来た新係長が後増利だ。
オツボネもオツボネだったけど、こいつも評判がすごく悪い。ムズい仕事は下に全部丸投げで、名前どおり上司に「ゴマスリ」ばかり、って話しか聞かない。
スゴイよ。ヤバい上司のヤバい理由名字で分かるよ。便利だねウチの職場。

「次の係長ゴマスリだってさ……」
昼休憩。休憩室でお弁当突っつきながらの話題は、当然ゴマスリのことだった。
「私、そろそろガチで転職考えようかな……」

対する先輩は相変わらず平坦で、淡々。
「それも手だ。止めはしない」
スープジャーの中の、雑炊みたいでちょっとおいしそうなオートミールをすくいながら、
「給料でもメンタルでも、趣味でも。大切なものが維持できないなら、破綻する前に、離れたほうが良い」
まぁ、人材が消耗品と同等の企業が多い中で、良い職に出会うのは難しいだろうけれど。応援はする。
そう付け足す表情には、ちょっと諦めのサムシングが隠れていそうだった。

「大切なものねぇー……」
「少し、考えてみるといい。何を優先したい?」
「お金でしょ、メンタルでしょ、休日と人間関係」
「万民の願いだな。この職場で損なわれてるのは?」
「メンタルと休日と、『仕事に見合った』お金」

「人間関係は良いのか」
「先輩居るからいい」
「何故私なんだ。そもそも私ひとりで人間関係など」
「せんぱい、いるから、いい」
「……んん……?」

私みたいな捻くれ者の、一体どこが許容範囲なんだ。
大きく頭を傾ける先輩は、その頭の中でめちゃくちゃ色々考え中のようで、オートミールのスプーンが止まったままになってる。
「それ言ったら先輩居れば大抵大丈夫かも」
なんてポツリ言って、お弁当から顔を上げると、私の言葉がハト&豆鉄砲だったらしい先輩が、パックリ口を開けて「は?」の顔だった。

4/1/2023, 11:49:30 PM

職場の先輩の部屋には生活感が少ない。
テレビはあるけど少し小型。ニュース限定らしい。
電子レンジや炊飯器は無くて、冷蔵庫は小さいやつだけ。食器なんて自分用と来客用の完全必要最低限。
ソファー無し。クッションも無し。
法律だの医学だの科学だの、学術書と実用書ばっかりで娯楽が何も無い本棚は、本当に読む本だけ置いて、残りはトランクルームに突っ込んでるとか。

まるで、インテリドラマ用につくられた架空のセットか、家具揃ってない新社会人の部屋。
去年の4月1日午前中に「昔ひとりで夜逃げしたことがある」なんて言ってた。「前の住所から、デカいトランクひとつで区を越えてきた」と。
まぁ、「4月1日」だ。でもやろうと思えば今でもできそうなくらいの、生活感の少なさではあると思う。

今日も4月1日。来週から始まる新年度に向けて、先輩の部屋でささやかな新年度会なんかしてる。
……節約で先輩のごはんをたかりに来たのではない。

「鍋おいしい。先輩コレ鍋の素何入れた?」
そんな先輩の、生活感の少ない部屋に、ひとつだけ少し大きめの底面給水プランターがある。
「肉と野菜だけさ。他は何も入れていない」
葉っぱが出てるところは見たことがある。でも、ツボミや花が出てくる頃には、涼しい寝室とか風通しの良いベランダとかに避難させられてて、何のプランターなのか、かれこれ数年分からないままになってる。
「肉煮るだけでこんなに味出るの?!」
「お前は出汁を何だと思っているんだ」
あまり見かけない葉っぱの形だけど、何だろう。
先輩の部屋に来て、その葉っぱを見かけるたび、そしてそのプランターがどこかへ隠されるたび、ずっと引っかかってはいる。
「これでラーメン食べたい」
「当店、しらたきと乾燥パスタしかございません」

「しらたきで低糖質麺風」
「乗った」

で、せっかくだし、プランターの正体を聞いてみた。
「ねぇ。あのプランター、何植えてるの?」
返答はまぁ、4月1日なので真偽は分からず、
「フウロソウ」
「ふ?」
そもそも正直に答える気ゼロらしく、
「ローズゼラニウム、ゲンノショウコ、ニリンソウ」
つらつら花の名前を広げて散らかして、少し、イタズラっぽく笑ってみせた。

3/31/2023, 9:18:34 PM

「ちょっと、気付いたことがあんの」
アプリから通知される、3月最後の題目である。
「お題見て、数時間粘ってなんとか一筆書いて、寝て。寝た後の方が良いネタ浮かんできたりすんの」
空腹ゆえに早めの朝食をとるか、いっそ二度寝による時刻スキップを使用した方が幸せになれるのか。二択の真ん中で、某所在住物書きが、葛藤に揺れている。

「意外と睡眠って大事説……?」
では、最初に粘る数時間の価値はどの程度だろう。
物書きは首を傾け、睡魔に耐えきれず毛布に戻る。

――――――

年度末。3月末日。明日から4月。スケジュールの中では、今日はたしかに大きな区切り線の筈だけど、
別に、これといった大きいイベントは無いし、仕事はいつも通りだし、
強いて言うなら私の部署のオツボネ様、尾壺根係長が来週から別部署に異動するにあたって、
朝挨拶のチョコ貰って、仕事前に係長の嘘くさい涙と心にも無い綺麗事な小演説があって、部署内の半数以上が「正直どうでもいい」の虚ろ目だっただけ。
至って、いつも通りの午前中。
年度最後の昼休憩も、変わらずいつも通り。先輩と一緒に弁当広げて突っついて、オツボネのチョコを食べるだけだった。

「まぁ、まぁ。それなりにおいしい」
「素材が素材で、パティシエがパティシエだからな」
「良いモノ使ってるの?値段いくら?」
「その量で1箱6000円」
「金運だ?!」

3月31日の9月生まれな乙女座は、何気ないことが福を呼び、ペールパープルの花で金運アップ。
朝の占いの突然の伏線回収に驚愕しつつ、金額を知ってしまったので、人生で初めてオツボネ係長に感謝しながら、スマホで箱を撮る。先輩がくれたもう一箱は手を付けず自宅にお持ち帰りすることにした。

「ヤバい。ヤバい」
写真撮って、最後の1粒を拝んで、舌にのせる。
「私、オツボネで幸せになってる」
味の好み云々じゃない。多分、金額と情報を食べてるんだと思う。
「それは、良かった……のか?」
弁当を片付ける先輩はそんな私を見て、まぁ、相変わらずで通常通りだった。
言葉の最後が濁ってるのは、オツボネが名前通りのオツボネ様で、私にもウチの新人ちゃんにも悪いことばっかりしてきたからだろう。
でも許す。一部許す。最大4分の1程度なら許す。
サンキュー1箱6000円。

「オツボネ毎月チョコ差し入れしてくれたら、私もっと幸せになれるし、もっと許せる気がする」
「役職無しの事実上左遷だ。金が続かないだろうさ」
「でも私幸せになれる気がする」
今年度最高額のデザートを、そこそこ楽しんで先輩とダベって、年度最後の昼休憩はそれで終わった。

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