かたいなか

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4/3/2023, 4:22:26 AM

一難去ってまた一難。今年度もこの、ブラックに限りなく近いグレー企業の、金額に見合ってるんだか全然足りないんだか分からない春夏秋冬が始まった。
「名前通りのオツボネ様」、ウチの部署の新人ちゃんをいじめ倒して、仕事のヤバいミスを私に押し付けた尾壺根係長は、3月31日をもって別部署へ。
事実上の左遷。数年一緒の先輩が言ってた。

で。オツボネのかわりに来た新係長が後増利だ。
オツボネもオツボネだったけど、こいつも評判がすごく悪い。ムズい仕事は下に全部丸投げで、名前どおり上司に「ゴマスリ」ばかり、って話しか聞かない。
スゴイよ。ヤバい上司のヤバい理由名字で分かるよ。便利だねウチの職場。

「次の係長ゴマスリだってさ……」
昼休憩。休憩室でお弁当突っつきながらの話題は、当然ゴマスリのことだった。
「私、そろそろガチで転職考えようかな……」

対する先輩は相変わらず平坦で、淡々。
「それも手だ。止めはしない」
スープジャーの中の、雑炊みたいでちょっとおいしそうなオートミールをすくいながら、
「給料でもメンタルでも、趣味でも。大切なものが維持できないなら、破綻する前に、離れたほうが良い」
まぁ、人材が消耗品と同等の企業が多い中で、良い職に出会うのは難しいだろうけれど。応援はする。
そう付け足す表情には、ちょっと諦めのサムシングが隠れていそうだった。

「大切なものねぇー……」
「少し、考えてみるといい。何を優先したい?」
「お金でしょ、メンタルでしょ、休日と人間関係」
「万民の願いだな。この職場で損なわれてるのは?」
「メンタルと休日と、『仕事に見合った』お金」

「人間関係は良いのか」
「先輩居るからいい」
「何故私なんだ。そもそも私ひとりで人間関係など」
「せんぱい、いるから、いい」
「……んん……?」

私みたいな捻くれ者の、一体どこが許容範囲なんだ。
大きく頭を傾ける先輩は、その頭の中でめちゃくちゃ色々考え中のようで、オートミールのスプーンが止まったままになってる。
「それ言ったら先輩居れば大抵大丈夫かも」
なんてポツリ言って、お弁当から顔を上げると、私の言葉がハト&豆鉄砲だったらしい先輩が、パックリ口を開けて「は?」の顔だった。

4/1/2023, 11:49:30 PM

職場の先輩の部屋には生活感が少ない。
テレビはあるけど少し小型。ニュース限定らしい。
電子レンジや炊飯器は無くて、冷蔵庫は小さいやつだけ。食器なんて自分用と来客用の完全必要最低限。
ソファー無し。クッションも無し。
法律だの医学だの科学だの、学術書と実用書ばっかりで娯楽が何も無い本棚は、本当に読む本だけ置いて、残りはトランクルームに突っ込んでるとか。

まるで、インテリドラマ用につくられた架空のセットか、家具揃ってない新社会人の部屋。
去年の4月1日午前中に「昔ひとりで夜逃げしたことがある」なんて言ってた。「前の住所から、デカいトランクひとつで区を越えてきた」と。
まぁ、「4月1日」だ。でもやろうと思えば今でもできそうなくらいの、生活感の少なさではあると思う。

今日も4月1日。来週から始まる新年度に向けて、先輩の部屋でささやかな新年度会なんかしてる。
……節約で先輩のごはんをたかりに来たのではない。

「鍋おいしい。先輩コレ鍋の素何入れた?」
そんな先輩の、生活感の少ない部屋に、ひとつだけ少し大きめの底面給水プランターがある。
「肉と野菜だけさ。他は何も入れていない」
葉っぱが出てるところは見たことがある。でも、ツボミや花が出てくる頃には、涼しい寝室とか風通しの良いベランダとかに避難させられてて、何のプランターなのか、かれこれ数年分からないままになってる。
「肉煮るだけでこんなに味出るの?!」
「お前は出汁を何だと思っているんだ」
あまり見かけない葉っぱの形だけど、何だろう。
先輩の部屋に来て、その葉っぱを見かけるたび、そしてそのプランターがどこかへ隠されるたび、ずっと引っかかってはいる。
「これでラーメン食べたい」
「当店、しらたきと乾燥パスタしかございません」

「しらたきで低糖質麺風」
「乗った」

で、せっかくだし、プランターの正体を聞いてみた。
「ねぇ。あのプランター、何植えてるの?」
返答はまぁ、4月1日なので真偽は分からず、
「フウロソウ」
「ふ?」
そもそも正直に答える気ゼロらしく、
「ローズゼラニウム、ゲンノショウコ、ニリンソウ」
つらつら花の名前を広げて散らかして、少し、イタズラっぽく笑ってみせた。

3/31/2023, 9:18:34 PM

「ちょっと、気付いたことがあんの」
アプリから通知される、3月最後の題目である。
「お題見て、数時間粘ってなんとか一筆書いて、寝て。寝た後の方が良いネタ浮かんできたりすんの」
空腹ゆえに早めの朝食をとるか、いっそ二度寝による時刻スキップを使用した方が幸せになれるのか。二択の真ん中で、某所在住物書きが、葛藤に揺れている。

「意外と睡眠って大事説……?」
では、最初に粘る数時間の価値はどの程度だろう。
物書きは首を傾け、睡魔に耐えきれず毛布に戻る。

――――――

年度末。3月末日。明日から4月。スケジュールの中では、今日はたしかに大きな区切り線の筈だけど、
別に、これといった大きいイベントは無いし、仕事はいつも通りだし、
強いて言うなら私の部署のオツボネ様、尾壺根係長が来週から別部署に異動するにあたって、
朝挨拶のチョコ貰って、仕事前に係長の嘘くさい涙と心にも無い綺麗事な小演説があって、部署内の半数以上が「正直どうでもいい」の虚ろ目だっただけ。
至って、いつも通りの午前中。
年度最後の昼休憩も、変わらずいつも通り。先輩と一緒に弁当広げて突っついて、オツボネのチョコを食べるだけだった。

「まぁ、まぁ。それなりにおいしい」
「素材が素材で、パティシエがパティシエだからな」
「良いモノ使ってるの?値段いくら?」
「その量で1箱6000円」
「金運だ?!」

3月31日の9月生まれな乙女座は、何気ないことが福を呼び、ペールパープルの花で金運アップ。
朝の占いの突然の伏線回収に驚愕しつつ、金額を知ってしまったので、人生で初めてオツボネ係長に感謝しながら、スマホで箱を撮る。先輩がくれたもう一箱は手を付けず自宅にお持ち帰りすることにした。

「ヤバい。ヤバい」
写真撮って、最後の1粒を拝んで、舌にのせる。
「私、オツボネで幸せになってる」
味の好み云々じゃない。多分、金額と情報を食べてるんだと思う。
「それは、良かった……のか?」
弁当を片付ける先輩はそんな私を見て、まぁ、相変わらずで通常通りだった。
言葉の最後が濁ってるのは、オツボネが名前通りのオツボネ様で、私にもウチの新人ちゃんにも悪いことばっかりしてきたからだろう。
でも許す。一部許す。最大4分の1程度なら許す。
サンキュー1箱6000円。

「オツボネ毎月チョコ差し入れしてくれたら、私もっと幸せになれるし、もっと許せる気がする」
「役職無しの事実上左遷だ。金が続かないだろうさ」
「でも私幸せになれる気がする」
今年度最高額のデザートを、そこそこ楽しんで先輩とダベって、年度最後の昼休憩はそれで終わった。

3/31/2023, 12:11:02 AM

今年度最後の仕事の日。朝の占いランキングで私の9月が微妙な順位だったので、別の局の星座占いも一緒に観た。いわゆる抱き合わせ商法だ。
ふたつの占いを総合すれば、今日は何気ないことが福を呼ぶかもしれなくて、ラッキーアイテムはペールパープルの花の画像。金運を上げてくれるという。
でもあざとい行動は逆効果だとか。
ペールパープルの花って。そもそも花自体、桜くらいしか撮りませんけど。何人居るのよ9月生まれで、その色の花の画像手元にあるの。と、悶々していたら。

「おはようございまー……」
おはようございます。職場の自分の席につくとき、先に席に座ってる先輩のスマホ画面がチラリと見えて、
まさしくペールパープルと思しき花の、どこかの山か森で撮った写真がガッツリ映っていた。
金運だ。私の金運アップアイテムだ。
何気なく見てしまった先輩のスマホ画面が、占い通り福を呼んでくれそうだった。

「おはよう」
先輩はいつも通り、淡々と、平静としていて、
「今月で異動の尾壺根係長から、挨拶のチョコが届いている。一応貰っておけ」
私の机の一点、不自然に置かれているなんか高級そうなチョコの数粒を、視線で示した。
あー。はい。通称「名前通りのオツボネ様」。
今までお世話になりました(棒読み)

それより金運だ。ペールパープルの花の画像だ。
先輩からどうにかして貰えないものか。

「ねぇ、」
最近花増えてきたね。桜ちょっと散ってきたね。
何気なく花の話に誘導して、先輩から花の画像を頂こうと、カチカチ策略を組み始めた矢先。
『あざとい行動は逆効果』
占いの、悪い方を思い出した。
これは「あざとい」ではなかろうか。何気ない話題誘導というより、魂胆ちょっと見え過ぎで、あざとい方に極振りしまくってないだろうか。
「えっと、……あの、」
疑った途端、私は何も言えなくなった。
これ、選択肢間違えれば金運逃げてくパターンでは。

「?」
そんな金運的葛藤を私が抱えていることなど、先輩が知る筈もなく。ただ不思議そうに顔を傾けている。
「ああ、私の分か?」
長考の結果、私が先輩の机に上がっているチョコも欲しがっている、と思われたらしい。
「やるよ。ここのは美味いぞ」
スマホをしまい、チョコをつまんで、私に寄越した。

違う。違うの。そうじゃないの……。

「悩み事か?」
「ちがう」
「なにか、身体の不調?」
「ちがう」
「チョコ?」
「たべる……」

3/30/2023, 1:11:45 AM

日本国内のどこか。住所不詳の一室で、半分フィクションながら実際に起こっているワンシーン。
架空の先輩後輩と、不思議な餅売る子狐と、元物書き乙女の日常を主に持ちネタとする物書きの、以下はいわゆる執筆裏話である。


「ハッピーエンド」。題目の初案を書き上げて数時間、某所在住物書きはとうとう頭を掻きむしった。
「うぉぁぁぁ納得いかねぇ!!」
ガリガリガリ。天井を見上げ絶叫するのは、己の短文のストーリー進行に重大な不満があるため。
物書きは、光輝く綺麗事な美しき物語の執筆が、ただただバチクソ不得意であった。
だって世は物語じゃねぇからハッピーエンドなんざ無いもん(※個人の意見です)

「俺は人間の闇だの嘆きだのからハナシ書いてんの!『ホラ人の世はこんなにクズ』を書きてぇの!」
独り身で親友ゼロで職場に心から愚痴を言い合える同期も同僚も居ないぼっちの物書きには、人間の光と愛と優しさで編まれた物語に、ちょっとまぶしく憧れているくせにそれを書く才能がマイナスだったのだ。
まさしく「ケーキ大好きなのに卵と小麦と牛乳アレルギー」の心境である。

「だって、見ろよ俺の過去作!職場の不条理に、」
職場の不条理に、呟きアプリの裏垢、二次創作界隈の解釈戦争、人間のクソなネタばっかりだぜ。
主張しようとして己の過去作をスライドし続ける物書きは、途中で数秒固まり、
「……言うて、闇っつーより、ただの日常ネタ……」
自分が書いてアプリ内に上げている短文が、人の闇や温かさ云々より、
友人同士で肉食って
先輩後輩で昼休憩に弁当突いて愚痴言って
時折妙な子狐がコンコンもふもふ要素を添えて
元薔薇物語作家が日常をたくましく生きるだけの、
食い物&生活ネタばかりであることに気付いた。

「あれ。俺。さして世の不条理、書いてねぇ」

日本国内のどこか。住所不詳の一室。
今日も某所在住物書きは、頭を抱え、途方に暮れる。

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