見つめられると。一筋縄ではいかないお題ですね。
困った時の、何でもアリな童話のおはなしです。
最近最近、都内某所の、あるアパートの一室。人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、明日の仕事の準備をしておりました。
パチパチノートのキーを叩いて、時折コーヒーを口に含み、ため息を吐いては文を削ったり図を消したり。
やりがいも達成感も迷子の仕事をこなし、貯める目標も夢も消えたお金を貯めるために、今夜も淡々と、
過ごしていたのに何がどこでバグったやら。
「おとくいさんおとくいさん、何やってるの」
今日は、捻くれ者の部屋に、小さい不思議なお客様。
言葉を話し、二足歩行で歩き、キツネノチョウチンの明かりを担ぎ葛のカゴを提げた子狐が、不思議なお餅を売りにやって来ていたのでした。
細かいことは気にしません。だいたい童話で狐は喋るし、生物学も歴史考証もそっちのけで、妙ちくりんなことが起こるのです。童話はとても便利です。
「まだ、帰っていなかったのか」
さて。子狐からお餅を買って、代金1000円もちゃんと渡して、ぼっちに戻ったと思っていた捻くれ者。
「ただの仕事だ。面白いものは何も無い」
後ろから声をかけられ、ちょっとびっくりです。
「お仕事?おとくいさんのお仕事?」
コンコン子狐、いつもお餅を買ってくれる、たったひとりのお得意様が、気になって仕方ありません。
ぴょんぴょん跳ねてノートのディスプレイを見たり、くるくる歩いて膝に乗れないか考えたり。
しまいには、子狐の挙動を少し不安そうに見る捻くれ者を、じっと、キラキラおめめで見つめ始めました。
「何故そんなに私を見る」
「おとくいさん、何してるのかなって」
「だから、仕事だ。見つめられても追加情報は無い」
「おとくいさんのお仕事、見る」
「本当に、面白いものは無いんだが。……ちょっと集中したいから、向こうで餅でも食っててくれないか」
「おもち食べる!」
コンコンコン!お得意様への好奇心より、狐としての食欲に負けてしまった子狐。
捻くれ者の言いつけどおり、テーブルでお行儀よく、低糖質なピザ風お餅をもっちゃもっちゃ食べます。
(これで集中できる)
ノートのキーを叩き、自分の仕事に戻った捻くれ者。
「……ん?」
ふと、テーブルの方へふり返ると、
「あっ、こら」
案の定子狐が、捻くれ者の買ったお餅を食べながら、その捻くれ者を、じぃーっと見つめておりました。
元物書き乙女、現概念アクセサリー職人たる彼女は、新たな概念雑貨の製作に集中していた。
長方形の小さなフィナンシェ型に、無色透明な光硬化レジン液を薄く流す。
LEDライトに突っ込み硬化をよくよく確認してから、上半分に黒のジェルネイルを、下半分に白のそれを。それぞれ二度塗りして、ネイルシールで飾り付けた。
長方形の短辺に、それより少し長めの金具、ゴールドの直パイプを、瞬間接着剤でくっつけた後、
パイプの穴を同色のメタルビーズと小さなラインストーンで隠して、上部に丸カンとカニカンを付ければ、巻き物風黒白概念チャームの出来上がり。
「できた」
満足のいくデザインに、よく仕上がったのだろう。
乙女は数度、深く頷き、写真を撮って己の呟きアカウントに投稿した。
『黒✕白巻き物チャームできた!別に誰と誰って決めてないけど誰誰に見える?(丸投げ)』
投稿内容は半分事実で、半分嘘を仕込んでいた。
誰をイメージした小物であるかを、物書き乙女はたしかに決めていた。
かつて薔薇物語作家であった頃の推しCP。「鶴」の略称で呼ばれる主従カプである。
乙女は彼等を思いながら、心を込め、まさしくその2名に相応しいように、色を決めシールを選んだ。
コスパや採算は無論度外視である。
CP非公表は二次創作界隈の解釈論争に疲れたため。
己の自由に想像した主従嗜好にいちいち外野から「解釈違い」「公式乖離」と口出しされては疲弊もする。
誰でもなければ指摘も来ない。
相手に勝手に想像させれば解釈相違も起こらない。
好きと好き、嗜好と嗜好の殴り合いに疲れた彼女の、これはいわば唯一の打開策であった。
『絶対雛✕蛇!』
『スラスラにも見える』
リプ欄は1時間程度で、乙女の意図せぬ各々の御解釈が、製作者の心から遠く離れた組み合わせが並ぶ。
「どうぞどうぞ。ご勝手に」
私はなーんにも、指摘しませんので。ため息に独り言を溶かすばかりであったが、
『鶴の黒白主従説』
画像投稿から数時間経った頃、フォロワーのひとりからひとつ、解釈の完全に一致したリプライが、短く投稿されて乙女を飛び上がらせた。
3月の最後。年度末最終の1週間が始まった。
これが終わったところで、学校みたいに春休みが心の疲れを癒やしてくれるでもないし、正直な話、また次の新しい年度が始まるだけでしかない。
たったそれだけの1週間が、また始まった。
職場の昼休憩の休憩室では、相変わらずお昼のニュースが、ただただダラダラ、流れ続けてる。
今日の話題は、春休みに行きたい都内のレジャー施設と、イベント情報。
都心の近場で森林浴とキャンプができる。そんなキャッチの小綺麗などこかで、かわいいレポーターが、森林をバックにクレープにかじりついていた。
いいなぁ。
私も経費でスイーツとお肉食べて森林浴したい。
「先輩って、東京来る前、ああいうことしてたの?」
田舎出身という先輩に、ちょっとだけ八つ当たりしてみると、少し顔を傾けて、意味と意図を推測して、
「似たようなことであれば。釣りはやらなかったが」
魚釣りのプールに移動を始めたレポーターを観て、
「公園には山菜が豊富だったし。遊歩道はほぼ山か森で、散歩場所には困らなかった」
春は自分で山菜採って肉巻きだの天ぷらだのに、な。
なんて、それがあたかも、普通の出来事のように。
いいなぁ。
きっと1個500円とかの山菜タダで食べてたんだ。
「なんで東京なんかに出てきちゃったの」
「諸事情。なにより向こうには仕事と金が無い」
「人間、仕事とお金のために生きてるワケじゃないよ。きっと精神衛生の方が大事だよ」
「ごもっともだが、私からすれば、何でも手に入る東京が、田舎の自然を欲しがるのと一緒に見える」
「隣の芝が青いのかな。ないものねだり、みたいな」
「たしかに」
適度に田舎で、QOL高くて、仕事もいっぱい選べる場所、どこかに無いかなぁ。
ふたりして似たことを考えたらしく、私と先輩で、ほぼ同時にため息が出る。
昼休み終了まで残り20分。私達はまた、お弁当を突っついて、時折おしゃべりする行為に戻った。
「日常的に多いシチュよな。『好きじゃないのに』」
ぱり、ぱり、ぱり。好物たる堅揚げポテチを賞味しながら、某所在住物書きは己の行動を振り返る。
「なんか惰性でログインだけしてるソシャゲ。明日の話題に必須だからチェックするSNSトレンド」
なんならクソ苦手で全然好きじゃないのに継続してる人付き合い、なんてのも有らぁな。
物書きは付け足し、またポテチを口に放る。
「うん。……別に……好きじゃあ、なかったんよ」
思うところがあるのだろう。ピタリ動作を止めると、
「でも環境が環境で、人権で、完凸必須だから……」
過去のガチャ爆死を告白し、弁明し、崩れ落ちた。
――――――
3週間前から定期的に、週に1〜2度の頻度で、何故か私のアパートに二足歩行の子狐が餅を売りに来る。
理由は子狐から聞いた。私が始めて餅を買ってくれた人間であり、唯一の得意先だから、だという。
シュール過ぎるものの仕方がない。警察でも保健所でも、通報したところで信じてもらえる気がしないし、画像・動画加工技術が発達した昨今では、撮ったところでフェイク認定されて終わる。
仕方が、ない。
納得いかないものに対する諦めと思考放棄は世の常で、なにより子狐の餅は、不思議なことに、食べると何故か心身の毒気が抜けていく心地がする。
それでかれこれ複数回、呪術や魔法が「非現実的」とされ久しい現代に、この不思議な関係を続けている。
今夜も、その非現実が来て、インターホンを鳴らし、「おとくいさん、こんばんは」と頭を下げる。
「キラキラ、いっぱい、いっぱい!」
今日購入した餅は、子狐が私の小言を聞いて一生懸命作ったという、低糖質の、いわゆる惣菜餅。1個200円で5個のお買い上げ。つまり1000円。
子狐はペラペラの紙幣より、キラキラした貨幣を好むようなので、100円5枚と500円1枚を渡した。
案の定、子狐はぴょんぴょん跳んで喜んだ。
「おとくいさん、トーシツノスクナイモチ、好き?」
「特段好き、というワケでもない」
「好きじゃないのに、普通の甘いおもちより、いっぱい買ってくれるよ。なんで?」
「運動量の少ないデスクワークだ。だから、1日の糖質量など150程度で十分足りる。それにこの量と栄養バランスで200円はコスパが良い」
「ですくわーく?こすぱ?好きなの?」
子狐は知らない言葉を聞くと、その場で小さなノートとクレヨンを取り出し、床に広げてぐりぐりメモを……取っているのか絵を描いているだけなのか、よく分からない。何せ書いてあるものが読めない。
まるでそれこそ、小さな子どものお絵描きだ。
「……子狐。人間にはな」
ぽん、ぽん。二足歩行の子狐の、おそらく肩と思われる場所に、手を置く。
「好きだけど食べ過ぎると体に悪い物と、好きじゃないけどお金のためにやっている仕事があるんだ」
目を見て言い諭すと、子狐は頭をかくんと傾けて、
「なんで?」
返答に困る一言を、ストレートに投下してきた。
『…――次に××です。曇のち晴れ、ですが、
マークには無いんですけど、正午過ぎから夕方にかけて、ところにより雨となる時間帯がありそうです。折りたたみ傘をカバンに……』
その日の都内某区周辺は、上空の寒気の具合と、意地の悪い低気圧が結託して、
昨日に比べて気温はやや下がり、朝の天気もぐずついていて、聞こえる挨拶には「寒いね」がチラホラ混じっていた。
予報によれば、どこか特定の場所でひと雨、という。
どうせ私の/アタイの/俺の/ぼくの地域ではない。
思いたがるのは正常性バイアスの仕業と言えそうで、
しかし、小説や漫画にドラマ等々、物語の世界では得てして、「そこ」に降るのがお約束である。
見よ。この短文世界でも、お約束に降られた元物書き乙女がひとり。
「わぁ。来た……」
かつての薔薇物語作家にして、現在概念アクセサリー職人の彼女は、雨降らぬ間に買い出しをと、外に出て近所の店を転々と渡り、食料と日用品といくばくかの嗜好品――すなわち菓子と菓子と炭酸飲料と菓子でエコバッグをいっぱいにして、
さて帰宅、最後の某安値スーパーから出た矢先、
待ってましたと言わんばかりの「ところにより雨」に強く降られた。
雨雲レーダーの動向を見るに、当分この雨は居座るらしく、おまけにわずかに風もあって、元薔薇物語作家は、服の汚れとエコバッグの濡れを覚悟した。
これは濡れる。確実に濡れる。仕方がない。
激戦の中獲得した激安卵と、本日賞味期限半額肉を、このまま気温2桁の外気にさらし続けてなるものか。
仕方が、ない。この状況を見越しての、汚れてもへっちゃらコーデである。
「お肉のため、卵のため、ケーキのため……!」
服は汚れれば洗濯をすれば良いが、生鮮食品が温度や雑菌等で汚れてはどうにもならぬ。
乙女は覚悟を決め、卵のパックの位置を入念に直し、それが割れぬ程度の懸命さで、傘を広げ水たまりを踏み散らし、降雨の帰路を走った。