『…――次に××です。曇のち晴れ、ですが、
マークには無いんですけど、正午過ぎから夕方にかけて、ところにより雨となる時間帯がありそうです。折りたたみ傘をカバンに……』
その日の都内某区周辺は、上空の寒気の具合と、意地の悪い低気圧が結託して、
昨日に比べて気温はやや下がり、朝の天気もぐずついていて、聞こえる挨拶には「寒いね」がチラホラ混じっていた。
予報によれば、どこか特定の場所でひと雨、という。
どうせ私の/アタイの/俺の/ぼくの地域ではない。
思いたがるのは正常性バイアスの仕業と言えそうで、
しかし、小説や漫画にドラマ等々、物語の世界では得てして、「そこ」に降るのがお約束である。
見よ。この短文世界でも、お約束に降られた元物書き乙女がひとり。
「わぁ。来た……」
かつての薔薇物語作家にして、現在概念アクセサリー職人の彼女は、雨降らぬ間に買い出しをと、外に出て近所の店を転々と渡り、食料と日用品といくばくかの嗜好品――すなわち菓子と菓子と炭酸飲料と菓子でエコバッグをいっぱいにして、
さて帰宅、最後の某安値スーパーから出た矢先、
待ってましたと言わんばかりの「ところにより雨」に強く降られた。
雨雲レーダーの動向を見るに、当分この雨は居座るらしく、おまけにわずかに風もあって、元薔薇物語作家は、服の汚れとエコバッグの濡れを覚悟した。
これは濡れる。確実に濡れる。仕方がない。
激戦の中獲得した激安卵と、本日賞味期限半額肉を、このまま気温2桁の外気にさらし続けてなるものか。
仕方が、ない。この状況を見越しての、汚れてもへっちゃらコーデである。
「お肉のため、卵のため、ケーキのため……!」
服は汚れれば洗濯をすれば良いが、生鮮食品が温度や雑菌等で汚れてはどうにもならぬ。
乙女は覚悟を決め、卵のパックの位置を入念に直し、それが割れぬ程度の懸命さで、傘を広げ水たまりを踏み散らし、降雨の帰路を走った。
3/25/2023, 1:29:20 AM