「これ、絶対、昔の動画思い出すヤツいるって……」
特別な存在。本来ならば美しく、尊く、大事な人や物等々に向けての語句であるところの5文字だろうが、
インターネット老人会世代の某所在住物書きには、ネットミームの一種以外の何物でもなかった。
CMである。キャンディーである。実物を賞味したことは多分ない。
「で、何書けってよ。昨日のお題の続きか……?」
そういえば、某サバイバルホラーの空耳が流行ったのも同時期だった気がする。なんと懐しい。
物書きは古き時代を想起し、執筆そっちのけで……
――――――
先日、年度末に新規の採用があったウチの職場。
ウチの部署に、ひとりもご新規が来なかったわけだけど、本日その理由に関して、続報が入ってきた。
オツボネ様だ。新人いびりで有名で、私がお願いした仕事のチェックを何もしてくれなかったあの上司。
尾壺根係長の悪事が、とうとうトップにバレたのだ。
先日の、仕事のチェックミスと私への責任転嫁の事件が、何故か職場のガチのトップの耳にガッツリ入ってて、総務課人事係への「鶴の一声」。
係長尾壺根がちゃんと反省して、心を入れ替え新人いびりが無くなるまで、人員補充は最低限以外行わないことが決定された、らしい。
昨日のオツボネの変な行動の――いびるのをパッタリやめて、お菓子配って、メッチャ大げさにゴマすってた奇行の意味が分かった。
バレたんだ。ガチの「上司」に、説教食らったんだ。
でもなんで何十年もずっと隠れてたパワハラが今更になって明るみに出たんだろう。
「口外禁止だぞ。……見兼ねた宇曽野の密告だ」
「宇曽野?隣の部署の、宇曽野主任?」
昼休憩。休憩室での、昨日まで風邪で休んでた先輩とのランチトークは、
当然昨日のオツボネの話と、そのオツボネがどうもトップから説教食らったらしいって話題だった。
が、何故か隣部署の宇曽野主任に飛び火した。
「今でこそ、婿に入って宇曽野だが、あいつの実家は緒天戸、祖父の名前が正義だ」
「オテント マサヨシ、それ、」
「分かるだろう。ここのトップさ」
「お天道様が見てる、ガチで見てる……」
「そして正義が勝つわけだ。宇曽野がずっと主任止まりで、数年おきに部署だの支店だの点々としているのは、つまりそういう理由さ。……誰にも話すなよ」
「わぁ……」
「特別な存在も、気付いていないだけで、意外と身近で普通に生活しているかも、という一例だな」
お前の近くにも、実はまだ居るかもしれないぞ?
そう付け足し、弁当の中の小さなお餅をつまんで、先輩が少しだけ、ほんの少しだけ、私に笑った。
職場の先輩が風邪で休んだ。
微熱だったし、コロナもインフも両方陰性だし、今は美味い弁当食って漢方飲んで休んでいると、グループチャットのメッセで聞いた。
何か必要な物が有ったら仕事の帰りに買って届けると、ちょっと気を遣ったら、
物は自宅療養用の備蓄で全部足りてるから、会って話をしたくなった時だけ来れば良い、とのことだった。
先輩が風邪で休んだ。
だから、今日の仕事は独りだし、
新人いびり大好き上司のオツボネ様、尾壺根係長が、何故かパッタリいびるのをやめて、部下や新人にお菓子配ってゴマすり始めたのを見るのも独り。
「ヤバいよ。オツボネ何があったの」って、こっそりグルチャするのも、独り。
昼休憩は久しぶりに、先輩じゃなく別の人、別部署でこの限りなくブラックに近いグレーにしがみついてる数少ない同期と、一緒に外でランチを食べた。
「同期、私とあんたと、もうひとり残ってたじゃん」
ランチトークの口火を切ったのは同期だった。
「そのもうひとり、とうとう来月で辞めるって。もう自腹切れる場所無いから無理ってさ」
今朝DMで速報貰ったの。同期はそう続けて、スマホの画面を見せてくれた。
「ウチはオツボネのせいで新人ちゃんがズッタズタ」
サンドイッチを食べながら、私も近況報告。
「すごいよ。指導じゃなくてほぼ処刑だもん」
あれじゃ来年以降無理だろうね。言おうとしたらパンから具材が出そうになって、慌ててはみ出たレタスとチキンを先に噛んだ。
新人ちゃんや、同期が辞めてって、世渡り上手でいびり好きなオツボネ様が生き残る。
「なんか、バカみたいだよね」
ポツリ呟く私に、同期もうんうん頷いて、
「ホントにね」
長い、大きなため息を吐いて、
「何のために仕事してるんだったっけって」
ねー。と、私に視線を放ってきた。
「オツボネ、やってるの足引っぱりとイジメだよ」
「こっちの課長もヤバい。何って言うんだっけ、ノールック決裁だかノーチェックサインしかしない」
「そういうヤツがさ。私達の倍も給料高いんだよ」
「ヤバいよね。バカみたいだよね」
「ねー……」
私達、絶対あいつらよりリッチになってやろうね。
最後に残った同期ふたりぼっちで、笑って、食べて、職場に戻って。それで、その日の昼休憩は終わった。
3月22日は、さくらねこの日だそうですね。それにちなんだワケでもありませんが、ネコ目イヌ科キツネ属のおはなしです。
最近最近、都内某所のアパートに、人間嫌いと寂しがり屋をこじらせた捻くれ者が、一人ぼっちで
「おとくいさんおとくいさん、おかげん、いかが」
住んでいた筈なのですが、
ひょんなことから、この一人ぼっちの部屋に、最近週に1〜2回、不思議な二足歩行の子狐が、不思議な不思議なお餅を売りにやって来るのでした。
細かいことは、気にしません。子狐なんて童話の中じゃ、大抵しゃべって歩くのです。
「これ、ととさんから。かっこんとー」
さて。一人ぼっちの部屋あらため、捻くれ者と子狐、二人ぼっちの部屋です。捻くれ者、何が祟ったか悪かったか、仕事が終わって帰ってきてから、熱を出して、寝込んでいます。
子狐特製「風邪ひきさんスペシャル」、不思議なお餅を食べてから、だいぶ具合は良くなりました。
「これかかさんから。お弁当。朝いっしょに食べる」
子狐こんこん。お餅を買ってくれるお得意様、捻くれ者の症状を、ノートにクレヨンでぐりぐり書いて、
都内某病院で漢方医として労働し納税している、父狐に見せて、お家の常備薬から葛根湯を、捻くれ者に持ってきたのでした。
細かいことは、気にしません。このおはなしでは狐も葛根湯を飲むし、人に化けて働くのです。
「風邪がうつる。ありがたいが、早く戻れ」
捻くれ者こんこんこん、顔を熱でほてらせて、ちょっと咳が出ています。インフとコロナのダブルチェックなキットでは、双方陰性だったので、まぁまぁ、ひと安心ではあるのですが、
「かかさん、『狐は人間の風邪ひかない』って」
「あのな。もしこれが、新型」
「ととさんが、『今陰性なら、多分大丈夫』って」
捻くれ者には、大事な大事な仕事があります。出勤こそ無理でも、在宅で仕事の用意だけは、しておきたいのです。そこに子狐がやってきて、問答無用で寝かしつけてくるのでどうしよう。
「ねんね、ねんね」
こんこん。子狐、父狐の言いつけで、風邪ひきの捻くれ者をベッドに押し込み、一緒にお布団に入ります。
「一応聞くが、エキノコックスは、」
「ととさん、エノキキノコ聞かれたら、『野ネズミ食べないし、自宅も衛生面は人間同様だし、毎日お風呂も入ってるから、心配ありません』って言えって」
「は……、はぁ………」
漢方飲んで、体をぽかぽか温めて、8時間キッチリぐっすり休んだ捻くれ者。結局ただの風邪だったらしく、翌日すっかり元気になって、2日後の昼からスッキリ出勤していきましたとさ。
二人ぼっちの、不思議な不思議なおはなしでした。
細かいことは、気にしません。このおはなしの中の風邪は、不思議な子狐のお餅を食べて、漢方飲んでぐっすり寝れば、かならずケロっと治るのです。
職場に新しい子が6人くらい、正規枠で入ってきた。
支店2人くらいに本店4人。ウチの部署への新規採用はゼロ。入ったところで、新人いびりが大好きなオツボネ様、尾壺根係長に遊ばれて潰されて1年経たずに辞めるんだから、逆に良かったかもしれない。
「新人ちゃんたち。何人残るかな」
昼休憩。休憩室での先輩とのランチトークは、当然新採用の約6人の話から始まった。
私達の職場は、ブラックに限りなく近いグレーだ。たくさん採用して、たくさん辞めて、その分たくさん補充する。だから年度末のご新規さんも、あんまり珍しくはないけど、話のネタには丁度良かった。
「ゼロだろうさ」
淡々々。先輩はスープジャーの、味噌汁の中のじゃがいもを突っついて、答えた。
非正規を経ず、正規枠で初手からデカいノルマを割り当てられ、売るあても無くて泣く泣く自腹で、結局短期で折れるだろうと。
まぁ分かる(社会ってキビシイ)
「じゃあ4月からの、ちゃんとした新しい子は?」
「新卒の非正規スタートが多数だろうから、夢が醒めるまで、じっくりじわじわ1人ずつ、じゃないか」
「夢?」
「新しい世界。初めてのバイト以外の仕事。優しくしてくれる上司に先輩。悪いところが見えないから全部輝いて映る。夢から醒めれば、現実が容赦なく」
「あー。はい」
夢から醒めれば、現実が容赦なく顔を出して、オハヨウサン。悪いものが全部、ハッキリ見えてくる。
学校みたいにゴールがあるわけでもなく、正解が決められてるわけでもなく、上司の指示は二転三転するし「ちょっとずつ仕事覚えれば良いよ」は建前で、最初から完璧が求められる。そんな社会。
欠陥品はさようなら。職場は人材を毎回毎回新しく生えてくる髪の毛くらいにしか思ってない。
そのまま抜けてハゲれば良いよ(現実ってキビシイ)
「夢が醒める前までは、適温のぬるま湯なんだがな」
ああ。理不尽理不尽。世は斯くの如し、生きづらい。
自嘲気味に笑ってじゃがいもを食べる先輩に、
「意外と醒める前に誰と会うかで、保温可能説」
珍しく返せる言葉を閃いたので、
「ブラックじゃん。夢が醒めて現実コンニチハじゃん。優しいひとが支えてくれれば優勝じゃん。そのひとに、夢が醒める前に、出会えるかどうかで云々説」
先輩を、じーっと見ながら言ってみると、
「その支えてくれた相手が、裏でヒソヒソ陰口で支援爆撃、までがテンプレートだ」
目と唇を更に自嘲で染めて、先輩が、またじゃがいもを突っついた。
「先輩裏垢でディスってるの?」
「何故私の話になる。私に呟きのアカウントは無い」
「ディスってるの?」
「ない。確かに私も捻くれちゃいるが、性根腐った人でなしではないつもりだぞ」
「なら大丈夫」
「は……?」
お題に困った時の、虚構頼みなおはなしです。架空で童話で1%のリアルを含んだおはなしです。
最近最近、都内某所に、稲荷神社の敷地内の一軒家で、不思議な子狐が家族と一緒に住んでおりました。
徳を積み、善き化け狐、偉大な御狐になるための修行として、子狐は夜な夜な、葛で編んだカゴに不思議なお餅を入れ、それを売り歩くのでした。
「できた、できた!」
子狐には、まだまだ1人ぽっちですが、お餅を買ってくれるお得意様がいました。
「トーシツノスクナイモチ、できた!」
お得意様は、キラキラ大きな500円玉と、チャリチャリ小さな100円玉で、計600円、お餅を3個買ってくれますが、
ある日、「低糖質餅(トーシツノスクナイモチ)は無いのか」と、まさしく現代的なニーズを、ぽつり、要望したことがあったのでした。
子狐はいっぱいいっぱい、都内某病院に漢方医として属し労働して納税する父狐と、この現代的ニーズについて、お勉強しました。
お米はトーシツで、あんこもトーシツで、だいたい甘いものはトーシツなのだと、よくよく、学びました。
つまりお米を減らして中に詰め物をして、しょっぱい味付けにすればよろしい。
餅売りの子狐は、ちょっと薄めに伸ばした餅で、
ひとつはケチャップまみれのとろーりチーズ、
もうひとつはマヨとバターのスクランブルエッグ、
それから細切れコンニャクとツナの水煮の混ぜもの、
そしてすき焼き風なひき肉とタケノコの混ぜものを、
それぞれ、試作として包んだのでした。
しょっぱいからトーシツじゃないもん。
えっへん。子狐は誇らしく、胸を張りました。
「よし。さっそくおとくいさんに、見せにいこう!」
ピザお餅、マヨ玉お餅、ツナお餅に、すき焼きお餅。丁寧に笹の葉でくるんで、葛のカゴに入れます。
子狐は胸の高鳴りを抑えられず、お得意様のアパートに向けて、ぴょんぴょんぴょんぴょん出発しました。
きっとあの善きお得意様は、子狐の労をねぎらい、頭に触れ、腹を撫でてくれるに違いありません……