かたいなか

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3/26/2023, 1:46:47 AM

「日常的に多いシチュよな。『好きじゃないのに』」
ぱり、ぱり、ぱり。好物たる堅揚げポテチを賞味しながら、某所在住物書きは己の行動を振り返る。
「なんか惰性でログインだけしてるソシャゲ。明日の話題に必須だからチェックするSNSトレンド」
なんならクソ苦手で全然好きじゃないのに継続してる人付き合い、なんてのも有らぁな。
物書きは付け足し、またポテチを口に放る。
「うん。……別に……好きじゃあ、なかったんよ」
思うところがあるのだろう。ピタリ動作を止めると、
「でも環境が環境で、人権で、完凸必須だから……」
過去のガチャ爆死を告白し、弁明し、崩れ落ちた。

――――――

3週間前から定期的に、週に1〜2度の頻度で、何故か私のアパートに二足歩行の子狐が餅を売りに来る。
理由は子狐から聞いた。私が始めて餅を買ってくれた人間であり、唯一の得意先だから、だという。
シュール過ぎるものの仕方がない。警察でも保健所でも、通報したところで信じてもらえる気がしないし、画像・動画加工技術が発達した昨今では、撮ったところでフェイク認定されて終わる。
仕方が、ない。
納得いかないものに対する諦めと思考放棄は世の常で、なにより子狐の餅は、不思議なことに、食べると何故か心身の毒気が抜けていく心地がする。
それでかれこれ複数回、呪術や魔法が「非現実的」とされ久しい現代に、この不思議な関係を続けている。
今夜も、その非現実が来て、インターホンを鳴らし、「おとくいさん、こんばんは」と頭を下げる。

「キラキラ、いっぱい、いっぱい!」
今日購入した餅は、子狐が私の小言を聞いて一生懸命作ったという、低糖質の、いわゆる惣菜餅。1個200円で5個のお買い上げ。つまり1000円。
子狐はペラペラの紙幣より、キラキラした貨幣を好むようなので、100円5枚と500円1枚を渡した。
案の定、子狐はぴょんぴょん跳んで喜んだ。
「おとくいさん、トーシツノスクナイモチ、好き?」

「特段好き、というワケでもない」
「好きじゃないのに、普通の甘いおもちより、いっぱい買ってくれるよ。なんで?」
「運動量の少ないデスクワークだ。だから、1日の糖質量など150程度で十分足りる。それにこの量と栄養バランスで200円はコスパが良い」
「ですくわーく?こすぱ?好きなの?」
子狐は知らない言葉を聞くと、その場で小さなノートとクレヨンを取り出し、床に広げてぐりぐりメモを……取っているのか絵を描いているだけなのか、よく分からない。何せ書いてあるものが読めない。
まるでそれこそ、小さな子どものお絵描きだ。

「……子狐。人間にはな」
ぽん、ぽん。二足歩行の子狐の、おそらく肩と思われる場所に、手を置く。
「好きだけど食べ過ぎると体に悪い物と、好きじゃないけどお金のためにやっている仕事があるんだ」
目を見て言い諭すと、子狐は頭をかくんと傾けて、
「なんで?」
返答に困る一言を、ストレートに投下してきた。

3/25/2023, 1:29:20 AM

『…――次に××です。曇のち晴れ、ですが、
マークには無いんですけど、正午過ぎから夕方にかけて、ところにより雨となる時間帯がありそうです。折りたたみ傘をカバンに……』

その日の都内某区周辺は、上空の寒気の具合と、意地の悪い低気圧が結託して、
昨日に比べて気温はやや下がり、朝の天気もぐずついていて、聞こえる挨拶には「寒いね」がチラホラ混じっていた。
予報によれば、どこか特定の場所でひと雨、という。
どうせ私の/アタイの/俺の/ぼくの地域ではない。
思いたがるのは正常性バイアスの仕業と言えそうで、
しかし、小説や漫画にドラマ等々、物語の世界では得てして、「そこ」に降るのがお約束である。

見よ。この短文世界でも、お約束に降られた元物書き乙女がひとり。

「わぁ。来た……」
かつての薔薇物語作家にして、現在概念アクセサリー職人の彼女は、雨降らぬ間に買い出しをと、外に出て近所の店を転々と渡り、食料と日用品といくばくかの嗜好品――すなわち菓子と菓子と炭酸飲料と菓子でエコバッグをいっぱいにして、
さて帰宅、最後の某安値スーパーから出た矢先、
待ってましたと言わんばかりの「ところにより雨」に強く降られた。
雨雲レーダーの動向を見るに、当分この雨は居座るらしく、おまけにわずかに風もあって、元薔薇物語作家は、服の汚れとエコバッグの濡れを覚悟した。
これは濡れる。確実に濡れる。仕方がない。
激戦の中獲得した激安卵と、本日賞味期限半額肉を、このまま気温2桁の外気にさらし続けてなるものか。

仕方が、ない。この状況を見越しての、汚れてもへっちゃらコーデである。
「お肉のため、卵のため、ケーキのため……!」
服は汚れれば洗濯をすれば良いが、生鮮食品が温度や雑菌等で汚れてはどうにもならぬ。
乙女は覚悟を決め、卵のパックの位置を入念に直し、それが割れぬ程度の懸命さで、傘を広げ水たまりを踏み散らし、降雨の帰路を走った。

3/23/2023, 12:34:13 PM

「これ、絶対、昔の動画思い出すヤツいるって……」
特別な存在。本来ならば美しく、尊く、大事な人や物等々に向けての語句であるところの5文字だろうが、
インターネット老人会世代の某所在住物書きには、ネットミームの一種以外の何物でもなかった。
CMである。キャンディーである。実物を賞味したことは多分ない。
「で、何書けってよ。昨日のお題の続きか……?」
そういえば、某サバイバルホラーの空耳が流行ったのも同時期だった気がする。なんと懐しい。
物書きは古き時代を想起し、執筆そっちのけで……

――――――

先日、年度末に新規の採用があったウチの職場。
ウチの部署に、ひとりもご新規が来なかったわけだけど、本日その理由に関して、続報が入ってきた。
オツボネ様だ。新人いびりで有名で、私がお願いした仕事のチェックを何もしてくれなかったあの上司。
尾壺根係長の悪事が、とうとうトップにバレたのだ。
先日の、仕事のチェックミスと私への責任転嫁の事件が、何故か職場のガチのトップの耳にガッツリ入ってて、総務課人事係への「鶴の一声」。
係長尾壺根がちゃんと反省して、心を入れ替え新人いびりが無くなるまで、人員補充は最低限以外行わないことが決定された、らしい。

昨日のオツボネの変な行動の――いびるのをパッタリやめて、お菓子配って、メッチャ大げさにゴマすってた奇行の意味が分かった。
バレたんだ。ガチの「上司」に、説教食らったんだ。
でもなんで何十年もずっと隠れてたパワハラが今更になって明るみに出たんだろう。

「口外禁止だぞ。……見兼ねた宇曽野の密告だ」
「宇曽野?隣の部署の、宇曽野主任?」
昼休憩。休憩室での、昨日まで風邪で休んでた先輩とのランチトークは、
当然昨日のオツボネの話と、そのオツボネがどうもトップから説教食らったらしいって話題だった。
が、何故か隣部署の宇曽野主任に飛び火した。

「今でこそ、婿に入って宇曽野だが、あいつの実家は緒天戸、祖父の名前が正義だ」
「オテント マサヨシ、それ、」
「分かるだろう。ここのトップさ」
「お天道様が見てる、ガチで見てる……」
「そして正義が勝つわけだ。宇曽野がずっと主任止まりで、数年おきに部署だの支店だの点々としているのは、つまりそういう理由さ。……誰にも話すなよ」
「わぁ……」

「特別な存在も、気付いていないだけで、意外と身近で普通に生活しているかも、という一例だな」
お前の近くにも、実はまだ居るかもしれないぞ?
そう付け足し、弁当の中の小さなお餅をつまんで、先輩が少しだけ、ほんの少しだけ、私に笑った。

3/22/2023, 11:17:01 AM

職場の先輩が風邪で休んだ。
微熱だったし、コロナもインフも両方陰性だし、今は美味い弁当食って漢方飲んで休んでいると、グループチャットのメッセで聞いた。
何か必要な物が有ったら仕事の帰りに買って届けると、ちょっと気を遣ったら、
物は自宅療養用の備蓄で全部足りてるから、会って話をしたくなった時だけ来れば良い、とのことだった。

先輩が風邪で休んだ。
だから、今日の仕事は独りだし、
新人いびり大好き上司のオツボネ様、尾壺根係長が、何故かパッタリいびるのをやめて、部下や新人にお菓子配ってゴマすり始めたのを見るのも独り。
「ヤバいよ。オツボネ何があったの」って、こっそりグルチャするのも、独り。
昼休憩は久しぶりに、先輩じゃなく別の人、別部署でこの限りなくブラックに近いグレーにしがみついてる数少ない同期と、一緒に外でランチを食べた。

「同期、私とあんたと、もうひとり残ってたじゃん」
ランチトークの口火を切ったのは同期だった。
「そのもうひとり、とうとう来月で辞めるって。もう自腹切れる場所無いから無理ってさ」
今朝DMで速報貰ったの。同期はそう続けて、スマホの画面を見せてくれた。
「ウチはオツボネのせいで新人ちゃんがズッタズタ」
サンドイッチを食べながら、私も近況報告。
「すごいよ。指導じゃなくてほぼ処刑だもん」
あれじゃ来年以降無理だろうね。言おうとしたらパンから具材が出そうになって、慌ててはみ出たレタスとチキンを先に噛んだ。

新人ちゃんや、同期が辞めてって、世渡り上手でいびり好きなオツボネ様が生き残る。
「なんか、バカみたいだよね」
ポツリ呟く私に、同期もうんうん頷いて、
「ホントにね」
長い、大きなため息を吐いて、
「何のために仕事してるんだったっけって」
ねー。と、私に視線を放ってきた。

「オツボネ、やってるの足引っぱりとイジメだよ」
「こっちの課長もヤバい。何って言うんだっけ、ノールック決裁だかノーチェックサインしかしない」
「そういうヤツがさ。私達の倍も給料高いんだよ」
「ヤバいよね。バカみたいだよね」
「ねー……」

私達、絶対あいつらよりリッチになってやろうね。
最後に残った同期ふたりぼっちで、笑って、食べて、職場に戻って。それで、その日の昼休憩は終わった。

3/22/2023, 4:14:37 AM

3月22日は、さくらねこの日だそうですね。それにちなんだワケでもありませんが、ネコ目イヌ科キツネ属のおはなしです。
最近最近、都内某所のアパートに、人間嫌いと寂しがり屋をこじらせた捻くれ者が、一人ぼっちで
「おとくいさんおとくいさん、おかげん、いかが」
住んでいた筈なのですが、
ひょんなことから、この一人ぼっちの部屋に、最近週に1〜2回、不思議な二足歩行の子狐が、不思議な不思議なお餅を売りにやって来るのでした。

細かいことは、気にしません。子狐なんて童話の中じゃ、大抵しゃべって歩くのです。

「これ、ととさんから。かっこんとー」
さて。一人ぼっちの部屋あらため、捻くれ者と子狐、二人ぼっちの部屋です。捻くれ者、何が祟ったか悪かったか、仕事が終わって帰ってきてから、熱を出して、寝込んでいます。
子狐特製「風邪ひきさんスペシャル」、不思議なお餅を食べてから、だいぶ具合は良くなりました。
「これかかさんから。お弁当。朝いっしょに食べる」
子狐こんこん。お餅を買ってくれるお得意様、捻くれ者の症状を、ノートにクレヨンでぐりぐり書いて、
都内某病院で漢方医として労働し納税している、父狐に見せて、お家の常備薬から葛根湯を、捻くれ者に持ってきたのでした。

細かいことは、気にしません。このおはなしでは狐も葛根湯を飲むし、人に化けて働くのです。

「風邪がうつる。ありがたいが、早く戻れ」
捻くれ者こんこんこん、顔を熱でほてらせて、ちょっと咳が出ています。インフとコロナのダブルチェックなキットでは、双方陰性だったので、まぁまぁ、ひと安心ではあるのですが、
「かかさん、『狐は人間の風邪ひかない』って」
「あのな。もしこれが、新型」
「ととさんが、『今陰性なら、多分大丈夫』って」
捻くれ者には、大事な大事な仕事があります。出勤こそ無理でも、在宅で仕事の用意だけは、しておきたいのです。そこに子狐がやってきて、問答無用で寝かしつけてくるのでどうしよう。

「ねんね、ねんね」
こんこん。子狐、父狐の言いつけで、風邪ひきの捻くれ者をベッドに押し込み、一緒にお布団に入ります。
「一応聞くが、エキノコックスは、」
「ととさん、エノキキノコ聞かれたら、『野ネズミ食べないし、自宅も衛生面は人間同様だし、毎日お風呂も入ってるから、心配ありません』って言えって」
「は……、はぁ………」
漢方飲んで、体をぽかぽか温めて、8時間キッチリぐっすり休んだ捻くれ者。結局ただの風邪だったらしく、翌日すっかり元気になって、2日後の昼からスッキリ出勤していきましたとさ。

二人ぼっちの、不思議な不思議なおはなしでした。
細かいことは、気にしません。このおはなしの中の風邪は、不思議な子狐のお餅を食べて、漢方飲んでぐっすり寝れば、かならずケロっと治るのです。

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