かたいなか

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3/21/2023, 3:30:56 AM

職場に新しい子が6人くらい、正規枠で入ってきた。
支店2人くらいに本店4人。ウチの部署への新規採用はゼロ。入ったところで、新人いびりが大好きなオツボネ様、尾壺根係長に遊ばれて潰されて1年経たずに辞めるんだから、逆に良かったかもしれない。

「新人ちゃんたち。何人残るかな」
昼休憩。休憩室での先輩とのランチトークは、当然新採用の約6人の話から始まった。
私達の職場は、ブラックに限りなく近いグレーだ。たくさん採用して、たくさん辞めて、その分たくさん補充する。だから年度末のご新規さんも、あんまり珍しくはないけど、話のネタには丁度良かった。

「ゼロだろうさ」
淡々々。先輩はスープジャーの、味噌汁の中のじゃがいもを突っついて、答えた。
非正規を経ず、正規枠で初手からデカいノルマを割り当てられ、売るあても無くて泣く泣く自腹で、結局短期で折れるだろうと。
まぁ分かる(社会ってキビシイ)

「じゃあ4月からの、ちゃんとした新しい子は?」
「新卒の非正規スタートが多数だろうから、夢が醒めるまで、じっくりじわじわ1人ずつ、じゃないか」
「夢?」
「新しい世界。初めてのバイト以外の仕事。優しくしてくれる上司に先輩。悪いところが見えないから全部輝いて映る。夢から醒めれば、現実が容赦なく」
「あー。はい」

夢から醒めれば、現実が容赦なく顔を出して、オハヨウサン。悪いものが全部、ハッキリ見えてくる。
学校みたいにゴールがあるわけでもなく、正解が決められてるわけでもなく、上司の指示は二転三転するし「ちょっとずつ仕事覚えれば良いよ」は建前で、最初から完璧が求められる。そんな社会。
欠陥品はさようなら。職場は人材を毎回毎回新しく生えてくる髪の毛くらいにしか思ってない。
そのまま抜けてハゲれば良いよ(現実ってキビシイ)

「夢が醒める前までは、適温のぬるま湯なんだがな」
ああ。理不尽理不尽。世は斯くの如し、生きづらい。
自嘲気味に笑ってじゃがいもを食べる先輩に、
「意外と醒める前に誰と会うかで、保温可能説」
珍しく返せる言葉を閃いたので、
「ブラックじゃん。夢が醒めて現実コンニチハじゃん。優しいひとが支えてくれれば優勝じゃん。そのひとに、夢が醒める前に、出会えるかどうかで云々説」
先輩を、じーっと見ながら言ってみると、
「その支えてくれた相手が、裏でヒソヒソ陰口で支援爆撃、までがテンプレートだ」
目と唇を更に自嘲で染めて、先輩が、またじゃがいもを突っついた。

「先輩裏垢でディスってるの?」
「何故私の話になる。私に呟きのアカウントは無い」
「ディスってるの?」
「ない。確かに私も捻くれちゃいるが、性根腐った人でなしではないつもりだぞ」

「なら大丈夫」
「は……?」

3/19/2023, 11:36:04 AM

お題に困った時の、虚構頼みなおはなしです。架空で童話で1%のリアルを含んだおはなしです。
最近最近、都内某所に、稲荷神社の敷地内の一軒家で、不思議な子狐が家族と一緒に住んでおりました。
徳を積み、善き化け狐、偉大な御狐になるための修行として、子狐は夜な夜な、葛で編んだカゴに不思議なお餅を入れ、それを売り歩くのでした。

「できた、できた!」
子狐には、まだまだ1人ぽっちですが、お餅を買ってくれるお得意様がいました。
「トーシツノスクナイモチ、できた!」
お得意様は、キラキラ大きな500円玉と、チャリチャリ小さな100円玉で、計600円、お餅を3個買ってくれますが、
ある日、「低糖質餅(トーシツノスクナイモチ)は無いのか」と、まさしく現代的なニーズを、ぽつり、要望したことがあったのでした。
子狐はいっぱいいっぱい、都内某病院に漢方医として属し労働して納税する父狐と、この現代的ニーズについて、お勉強しました。
お米はトーシツで、あんこもトーシツで、だいたい甘いものはトーシツなのだと、よくよく、学びました。

つまりお米を減らして中に詰め物をして、しょっぱい味付けにすればよろしい。
餅売りの子狐は、ちょっと薄めに伸ばした餅で、
ひとつはケチャップまみれのとろーりチーズ、
もうひとつはマヨとバターのスクランブルエッグ、
それから細切れコンニャクとツナの水煮の混ぜもの、
そしてすき焼き風なひき肉とタケノコの混ぜものを、
それぞれ、試作として包んだのでした。

しょっぱいからトーシツじゃないもん。
えっへん。子狐は誇らしく、胸を張りました。

「よし。さっそくおとくいさんに、見せにいこう!」
ピザお餅、マヨ玉お餅、ツナお餅に、すき焼きお餅。丁寧に笹の葉でくるんで、葛のカゴに入れます。
子狐は胸の高鳴りを抑えられず、お得意様のアパートに向けて、ぴょんぴょんぴょんぴょん出発しました。
きっとあの善きお得意様は、子狐の労をねぎらい、頭に触れ、腹を撫でてくれるに違いありません……

3/18/2023, 11:28:35 AM

「おぉ。不条理……」
やべぇ。昨日のネタから簡単スライドできるじゃん。
毎度毎度、通知画面の短い文章に頭をかかえ途方に暮れる某所在住物書きが、今日は珍しく、心安らかに、小さく頷いて短文のスタートを組み立てている。

「そうそう、こういうのが良いんだよ。自分の嘆きだの、苦しいのだのを、本気で文章に叩き込めるから」
■■のノルマ営業で心壊されたのも書ける。△△の「実はイメージほど温かくない」も書けるぜ。
1、2、3。ネタを指折り列挙して、
「……で、世の闇書きたいのにギャグになる……」
5を数えた頃、かくんと、頭を垂れた。
「よのなか、ふじょうり、いっぱい……」

――――――


「世の中!不条理ッ!!」
夜。日付が変わり、時計の短針も1周回り終えた頃。
「なにアレ!『アナタの担当でしょ?なんでアナタが責任持って、最後までやらないの?』だって!」
尾壺根係長による「前日」のトラブルで、後輩の精神衛生が酷く悪化してしまったので、
次の業務に支障が出ないよう、急きょ私のアパートに呼び、毒だの涙だのを抜こうと、考えたのだが。
「パワハラパワハラ!オツボネ反対ー!」
たまたま残っていた餅の複数を、チーズと一緒に炙るなり、みたらし醤油に絡めるなりして食わせ、
心の落ち着いたあたりで、ノンアルコールと告知せずノンアルコールビールを出したところ、
「全国の!クソ上司被害に遭ってる皆さん!心の中で一緒にご唱和ください!『うるせぇクソ上司!』」
非常に、ひじょうに、元気になった。

どこかで「脳は一度酒と酔いの味を覚えるとノンアルでも雰囲気で実際に酔える」と聞いた。
本当かどうかは分からない。後輩は酔うらしい。

「少しでも、気が晴れたのなら、なにより……」
最初に用意した餅が早々に底をつきそうなため、キッチンで新しいのを準備しつつ応対している。
後輩が不条理を嘆くのは、もっともな話だった。
職場で「お名前まんまのオツボネ様」と名高い、係長の尾壺根に、何度も何度も確認をとり、最終的にゴーサインを出されて課長へ提出した業務が、
肝心の尾壺根の、チェックを頼んでもほぼ我関せずな悪癖が祟り、課長決裁でミスが見つかった。
そこからの、オツボネ様による「あなたの担当でしょ」であり、「始末書書きなさい」だ。
そりゃ理不尽だ不条理だと叫びたくもなる。

「まだっ!まだ、晴れてなぁーい!」
餅より先に、酒がエンプティーらしい。後輩が上機嫌な頬と足取りで、冷蔵庫を漁り始め、
「うぇぅ。ノンアルしかない。いいやコッチ貰おう」
片っ端から強炭酸だの、朝飲む用のコーヒーだの、それに入れる牛乳だのをサルベージして、ぴょこぴょこ更なる上機嫌で退散していった。
小さな不条理と形容すべきか、後輩のメンタルケアに対する重要な必要コストと定義すべきか。
じゅーじゅーお焦げをつくり始めた餅に対処しながらの頭では、ちょっと判別が難しかった。

3/17/2023, 3:09:48 PM

都内某所、夜の某アパート。茶香炉焚いた一室で、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、ぼっちで職場の後輩のアフターフォローをしていた。
アプリを通して、グループチャットと通話を両方しながら、こちらは明日の仕事準備、後輩は泣いてたまにしゃっくり。
何度も何度も確認したと、後輩は嘆く。
係長にチェックも貰ったし、最後コレで良いって言ったもんと、後輩は訴える。
しかし後輩が任された仕事は、課長決裁で重大ミスが発覚。以前も確か同じことがと、捻くれ者が気付いたタイミングでは既に遅く。
保守に回った係長は全責任を後輩に回し、後輩ひとりに始末書の提出を命じた。
上が良ければそれでヨシ。下は使い潰せば宜しい。
これが捻くれ者とその後輩の勤務先の、昔々からの悪しき慣習と体質であった。

世の中は、敵かまだ敵じゃないかの2種ばかり。
そもそも自己中をデフォルトに持つ人間を信用した方がマズい。
それが持論の捻くれ者ではあるが、後輩に自論をぶつける気には、なれなかった。

「明日。どうするつもりだ」
トントントン。確認用に印刷した紙束の、端をデスクで揃えながら、捻くれ者が尋ねると、
『わかんない』
ぐすぐす鼻をすすりながら、後輩が答える。
『行かなきゃだけど、行きたくないけど、そもそも行ける気がしない』
わかんない。どうしよう。
後輩は2言3言付け足すと、どうやら土砂降りだの集中豪雨だのが来てしまったらしく、通話から少し離れてしまった。

大丈夫だよ。
無責任な楽観視など、言える筈もなく。
泣かないで。心を強く持って。
励ましなど、完全に役立たずなのは明白で。
かける言葉をあちこち探し続けた捻くれ者は、最終的に満腹中枢とエンドルフィンで物理的にコンディションを底上げさせようとして、
「今、私のアパートに来れるか」
ケトルの電源を入れ、茶香炉の葉を入れ替えた。
「丁度、魔法の餅を仕入れてある。たまに不思議な子狐が売りに来る不思議な餅でな。食べると、何故か元気になる。どうだ」

『狐って。なにそれ。絵本じゃなし』
突然の妙な申し出に、後輩は少し笑った風であった。
『そっち行く。泣いて、おなか空いたし。甘いの食べたくなってきたし』
お酒も用意しといてよね。
精いっぱいの強がりの後、いくつか言葉を交わして、それから、通話は途切れた。

「泣きっ面で大丈夫か?迎えは」
『大丈夫ですもう泣きませーん。
じゃ。近くに来たらメッセ送るから』

3/16/2023, 12:15:08 PM

「怖がり……こわがり、ねぇ」
昨日に比べれば、何倍も書きやすそうな題目だ。定時にスマホの通知画面を確認する、某所在住物書きは、それでも頭が固いため、すぐにはネタが出てこない。
「コミュスキル無いから、人間全般怖い説はある」
特にフレンド系よ。フレンド系。
首筋をかきながら、椅子に体重を預け、天井を見る。
「クチじゃ何とでも言えんのよ。メッセも何とでも書けんのよ。表でキレイな対応してても、どうせ裏垢であーだこーだ愚痴ってるぜ」
おーこわい。両手で体をさする仕草をする物書きは、しかし、はたと思い出し、

「ガチャの爆死と限凸の引き際も怖い」
ぽつり。小さく真剣に呟いた。

――――――

ようやく終わった本日の業務。
今日も理不尽不条理から、好かぬ上司の難題まで、時に内心舌打ちながら仕事をこなした後輩と、
それらは所詮毎度毎度と、精神的負荷への抵抗をほぼ諦めている先輩が、
遅くまでの残業により、空腹間近まで腹を空かせて、ディナーの店を其処ココあそこと探し歩いていた。
「カツ丼行こうよ、カツ丼」
あそこ酒美味しそう。後輩が前方に指をさし、
「そこのそば屋の方が空いている」
今からの酒は体に悪いぞ。先輩がもう少し先を見る。
「すぐ食べるならドモドモ、ムス、マッケ、クンタ」
「サイドを抜けば、塩分2、3gで済みそうだな」

「えんぶん、」
「摂り過ぎは高血圧や慢性腎臓病のもとだ」
「おいしいものは、糖と塩分でできてんだよ」
「まぁ、同意……、一部同意する」

あーだこーだの討論を終え、出た結論は串焼き屋。
早く席ついて酒飲みたいと、後輩が店に走り寄り、引き戸の取っ手に、その銀に輝く金属に、
「あっ」
手をかける前に口が開き、
「コレ絶対パチるやつぅー……」
どこかのCMで聴いた調子で、小さく、歌った。
金属である。金属対指先である。おまけに春用の薄手のコートは、フードにフサフサのファー付きである。
パチる。絶対パチる。絶対盛大に音をたててパチる。

それは怖い。

「せんぱい……」
おねがい、かわりに、ドアあけて。
目と両眉で必死に訴える後輩は、いつになく弱々しく、懸命であった。

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