かたいなか

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3/15/2023, 11:50:47 AM

星が溢れる。今日も今日とて、なにやら難しそうなお題ですね。

困った時の、童話頼みなおはなしです。「都内にそんな神社無いよ」は気にしない構えのおはなしです。
最近最近、都内某所の稲荷神社に、不思議なお餅を売り歩く、不思議な子狐が住んでおりました。
稲荷神社は森の中。あっちこっちに木が生えて、あっちこっちに花が咲き、あっちこっちで山菜や、キノコがポコポコ出てきます。
そんな稲荷神社の中に、春一番、フクジュソウの大きな花畑が、パッとできあがる場所があります。
これは、そのフクジュソウの早起き組、フライングチームが、花を咲かせた時期のおはなしです。

「咲いた、咲いた!今年もさいた!」
稲荷神社の社殿のそば、正面向かって斜め右よりの、お日様がポカポカ当たる広場で、
今年も春の妖精が、春の儚い告知花が、20も30もある黄色い花びらを、傘かパラボラアンテナのように、力いっぱい数輪だけ、綺麗に広げておりました。
「おっきなお星さま、あぁ、キレイだなぁ!」
これから顔を出すであろう、いろんな色や形のフクジュソウを、子狐は思い出し、跳ねまわります。

今年も春が、始まるのです。
今年もあの花畑が、去年より少し大きくなって、この場所に現れるのです。
茎を長く出すフクジュソウ、短い花びらのフクジュソウ、長い花びらのフクジュソウ、たまに見つかる白やオレンジのフクジュソウ。
まるで夜のお空のお星さまが、朝昼の間ここに来て、ぎゅうぎゅう、溢れてしまっているような。
あの花畑が、始まるのです。

今年も多くの人間が、パシャパシャいうカメラと一緒に、あるいは同じ音で鳴く板を片手に、この稲荷神社へ来るのでしょう。
今年も多くの人間が、お賽銭して、ガラガラを鳴らして、祈りを願いを嘆きを決意を、稲荷神社に託すのでしょう。
「でも、一番星は、渡さないんだ。一番星は、だれにも、渡さないんだ」
今年最初のお星さまを、フサフサ尻尾で囲い込み、子狐はにんまり幸福に、そこでお昼寝を始めました。

3/14/2023, 11:13:09 AM

「安らかな瞳と来たよ……」
昨日の「ずっと隣で」は、まだ簡単な方だったのだ。
某所在住の物書きは、頭を抱え天井を見て、大きなため息とともに視線を落とす。そして再度天井を見る。
ギキッ。反った背中、預けられた体重により椅子が小さくたてた音は、
コレくらいで毎度毎度途方に暮れるなよ物書きだろ、と愚痴をこぼしているようであった。

「安らかな瞳って、そもそもどんな瞳だ……」
机の上のカードミラーを手繰り、それっぽい表情を試行したのが最大の悪手。
「……ぶふぅっ!」
鏡の向こうのアホづらに、物書きは敗北し、崩れた。

――――――

その日の後輩は朝から虚無って……もとい、すごく安らかな瞳をしていた。
理由は明白だ。業務開始早々、他部署に「ご要望にお応えするのが少々困難なお客様」が、時間差で2名もお越しになったのだ。
他部署のため、私達の部署に直接の影響は無かったものの、朝から怒号とヒステリーが刺さり、他の客がドン引きして逃げ去り、
そのたび、被災地の主任、宇曽野が少々強引な手段で客に理解を求め、「ご満足」頂きお帰り頂いていた。

宇曽野譲久の真骨頂、「ウソ野ジョーク」と「悪いお客様はしまっちゃおうねバズーカ」が発動して、終了するたび、後輩はそれに対して安らかな瞳を送った。
嵐は去った。邪悪は滅びた。世界に平和が戻ったと。

「やー。今日は記念日だねせんぱーい」
2人目の客が出ていくのを視線だけで見送る後輩の目は、本当に虚無、もとい、穏やかで、安らかだった。
「二度も世界が救われたよ。平和が戻ったよ。仕事終わったら今週のランチミーティングの、低糖質スイーツバイキングの下見行きたいなぁー」
声にまったく抑揚が無い。

「そうだな。下見は……重要だな」
ここは提案に賛同しておいた方が良い。
マネークリップを取り出し、残高を確認する私の目は、瞳は、一体どんな色をしていただろう。

3/14/2023, 12:55:06 AM

たん、とん、たん。
どこかの暗い舞台、真上から一点だけスポットライトの当たるそこ、真下にあるパイプ椅子。
ゴム対木材の断続的な接触を響かせながら、ひとり、物書きが歩いてきて、椅子に座る。
「朝っぱらに、ライブ扉ニュース見たんだ」
指を組み、視線を下げる姿勢は懺悔の様子。
「赤と緑のどんべー、具材、単品で発売らしいな」
言い終えて目を閉じると、首を小さく、左右に振り、
「……今回のお題『ずっと隣で』だったろう」
大きな、長いため息を、ひとつ、吐いた。
「腐ってんのかな俺……」

――――――

かつて物書き乙女であった、現概念アクセサリー職人たる社会人は、ローリングストックしている防災用非常食補充のため、スーパーマーケットに立ち寄り、
カップラーメンの売り場で、大きな衝撃に打たれた。
「新、商品……」
スーパーのオリジナルブランド、白のうどんに薄茶のそば、2種類だけだった麺類に、薄黄色のラーメンが参入したのである。
「わあぁ……」
その陳列が酷かった。元薔薇物語作家であった乙女を、その心を、一撃必倒のもとに打ち据えてしまった。なにもこんな並べ順にする必要は無かった。
ド真ん中である。横入りである。
ずっと隣同士片時も離れなかった白と薄茶、その間に薄黄色が、我が物顔で、堂々エントリーである。
社会人になって数年。二次創作からも離れて数年。
物書き乙女の薔薇が久方ぶりにごうと燃えた。

(駄目駄目駄目ダメだめ。今月余裕無い。ない)
白と薄茶と薄黄色の前に立ち尽くす彼女は、ふるふる小さく首を振った。脳内では金銭管理何するものぞと、創作欲求の火が盛っている。
白茶の主従に黄の理不尽か、白茶の親友に黄の誘惑か。そもそも敵か味方か三角関係もアリか。
じっと3種を見詰めて離さぬ乙女に、商品整理中の店員が、二重マスクに業務スマイルでとどめを刺した。

「おいしいですよ」
店員が言った。
「うどんのスープをアレンジしてるんです」

白(うどん)か。白(ひだり)の仲間なのか。
ずっと隣同士の白茶で、想うがゆえの白の苦悩を茶に言えず、黄が聞いて茶にそっと、白茶を壊さぬよう伝えるのか。おお、プラトニックな友情ロマンよ。
乙女の心はとうとう完全に打ち負かされ、唇を噛み締め、最終的に薄黄色を掴んだ。

3/13/2023, 2:42:26 AM

今日も相変わらずの仕事仕事シゴト。頭おかしい客は来るし、頭おかしい指示も飛ぶ。
最初言ってた話と、最終的に出た話が、全然整合性取れてないなんてザラ。
課長クラスはただ決裁だけやってりゃ良さそうで、新人いびりに余念がない係長は今日も安定の監視業務。
だいたい迷惑を被るのは、善良な客と真面目な部下。

どっか行きたい。
遠い、人も仕事もストレスも無関係な所に行きたい。
休業願望がポッコリ浮かんで、消えて、また浮かんできてを繰り返すのは仕方ない。
具体例として脳内再生されるのは、少し前、田舎出身の先輩から聞いた、先輩の故郷。「花と山野草ばかり」という、「遠い、何もない街」だ。
きっと電車なんて30分に1本で、バスも30分に1本で、道のわきに、いっぱい、花が咲いてて……

「2時間バス無し電車無しも、普通にあるが」
休憩時間にそれを愚痴ったら、先輩が電車とバスを訂正してきた。3時間だってあり得ると。
「花は、たしかによく咲いている。今なら、やっとフクジュソウの第一陣が、咲き始める頃だろうな」
本格シーズンは、まだ先だが。
付け足す先輩の目は懐かしさが滲んでるようだった。

「街の中でフクジュソウ咲くの?」
「咲く。どこかから来た種が、空き地で根付くんだ」
「フクジュソウの次は?」
「オオバコ科の、薄紫色したやつが」
「次は?」
「ニラを差し置いて、スイセンのツボミが」
「その次は?」
「春が来る。目にも、肌にも分かる春が」

今日は随分と質問攻めにあう。
ポリポリ首筋をかく先輩に、それでも脳内再生の解像度を上げたくて、見ず知らず、行ったこともなくの、先輩の田舎の花を聞き続けた。
暖かい、静かな街の朝を、スマホのカメラ片手に……
「想像を壊すようで申し訳ないが、3月はまだ、最低気温氷点下が、チラホラ」
「え」
「だから朝は寒い。なんなら雪が4月に」
「せんぱい いったい どこすんでたの」
「田舎だ。安心しろ、最高氷点下は3月で終わる」
「さいこう ひょうてんかって なに……」

3/11/2023, 10:42:22 PM

給料日を約1週間後に控えた頃合いに、その元物書き乙女は己の資金繰りに関するロードマップの策定を要求される事態となった。
理由は明白であった。かつての二次創作仲間、昔同じ娯楽作品の尊さを語り合い、美しさを共有した同志、最近職場の先輩云々の話題が増えた彼女を、秘密の会合――焼肉屋の個室で肉を焼いて酒をあおる神聖な儀式――に、少々誘い過ぎたのである。

それから最近のプチプライス業界における、趣味のアクセサリー製作に流用可能なネイルシートの、新作発表がエグ過ぎた。
和風デザインである。モダンシリーズである。
おまけに歯車風パーツを土台に、大きなビーズを据えて、チェスの飾り駒モチーフを製作するアイデアを習得してしまったのがいけない。
おお、大それたチリツモよ、私を彩る創作欲求よ。汝の名は材料費であり、"ちょっと幸せ"なWhat Can I Doである。
要するに彼女は今月、資産を趣味と交際費に分配し過ぎたのだ。

(mimeに出してる子たち、値上げする?)
財布と、バーコード決済アプリのチャージ額と、預金の残高を確認する。
一切ソーシャルゲームに課金せず、酒を飲まずプチプライスショップでの散財も我慢し、交際費を500円未満に抑えれば、預金通帳に手を付けず、給料日前を通過できる試算である。
その苦行を自分自身が許せるだろうか。
(でも今の額だから買ってくれてる、って絶対あるよ。どうする?)
登録しているハンドメイドマーケットからの収入が増えれば、生活にはもう少し余裕が出る。
値上げの決断は固定客を逃さぬだろうか。
(わぁ。今月、ここに来て、不穏)

平穏な日常が、金銭の不足により揺れて、今まさに一部瓦解しようとしている。
「……」
心の平穏って、安定したお金の上に成り立ってるんだね。元物書き乙女は小さなため息をひとつ吐き、懐の冷え込みを再認識して、
「心の健康の方が大事」
防災用非常食の名目で備蓄しているポテトチップスの袋を開けた。
「んん……魂にしみる……」

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