かたいなか

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3/10/2023, 11:08:09 PM

朝5時に地震と、何より寒さで目が覚めた。最近の暖かさに油断して、暖房を節約したのが悪かった。
ベッドの上にのせていたエアコンのリモコンを手繰って、スイッチをつけ室内温度を確認すれば、納得の数字に背中が冷える。
今日はおやすみ。もう少しこの、お値段たまに異常なお店の傑作、最上級レベルの〼ウォームに、包まってても大丈夫。
スマホのロックを外し、毛布を肩まで引き上げた。

(先輩も、)
雪国出身って聞いた先輩も、今朝はさすがに、寒いって思ってるのかな。
ヤホーのツイートトレンドランキングをチェックして、気になる記事をチラ見する。
(今頃おんなじように、起きてるんだろうな)
案の定上位に地震の文字。あと野球の話題もまだ熱が冷めてないみたい。
「異常震域」は、見るたび恐竜みたいな飛竜の2体同時討伐が、クエスト確認画面と一緒に頭に浮かぶけど、今回はその地震じゃなかったらしい。

(来週のお昼休憩の話題は地震と震災かかな)
昨日のお昼のおしゃべりは、ニュースのコメンテーターの、愛&平和なお花畑のせいで、大空襲からの戦争からの云々だった。
先輩が言うには、「極論として、平和、矢印、愛はあり得るが、愛、矢印、平和は成り立ちづらいと個人的に思う」とのことだった。
愛の過剰は他者排除に繋がり得るからって。オキシトシンのいち側面云々って。
だから愛と平和の同居は意外と娯楽作品の中の専売特許かもしれないぞって。

先輩たまにハナシ難しい(だって先輩だもの)

(私は私のまわりが平和ならそれでいいや)
揺れたねーとか、起きてるーとか、ぴょこぴょこ届くメッセに適当に返事して、更なる暖をなんとか得ようと、〼ウォームの中にもぐる。
(あとアレね。ほどほどの癒やしと十分なお金と美味しいごはんとスイーツね。それで多分幸せ)
そういや平和と幸福って、云々、云々。
眠気とともに、思考が千切れてバラバラになって、自分でも何考えてるか分からなくなって。
その日私は、盛大にお昼まで爆睡してしまった。

3/9/2023, 4:18:50 PM

「尾壺根係長の過去?」
そんなもの聞いてどうする。カップから唇を離した先輩は、「素っ頓狂」がピッタリ当てはまる顔だった。
「いや、新人時代、どんなだったんだろって」
尾壺根係長。ネット検索で「おつぼね とは」と検索すれば出てくるであろう性質を、全部鍋にブチ込んで12時間以上煮詰めて、新人いびりを隠し味に仕込んだような、名字まんまのオツボネさま。
「あそこに異動になった新人は1年経たずに全員やめる」のギネシー記録保持者。
今日も今年異動してきた新人ちゃんの、背後に突っ立ち監視して、ミスした瞬間ネチネチ心を刺していた。

なんでこんなヤツばっかり生き残るんだろ(不条理)

「オツボネ係長の、イジメ癖のことか」
大きなため息ひとつ吐いて、新人ちゃんへの同情ともとれる額のシワと一緒に、先輩が淡々と話す。
「ただ脳の発達過程の結果として、前頭葉が変容して、頭のブレーキが効きづらくなってるだけ……と言いたいが、彼女は昔から既にアレだったからな……」
私もよくグチグチ難癖つけられたものだ。
そう結んでまた先輩は、コーヒーを口に含む。

なんであんなヤツばっかり生き残るんだろ(理不尽)

「ん?」
「どうした」
「そういや先輩の新人時代ってどんなだったの」
「は?」
ぴちゃり。顔を上げた拍子に、コーヒーのしずくが一滴落ちて、先輩が即座にティッシュをつかむ。
「何故私の話に飛ぶんだ」
テーブルを拭きながら聞き返す先輩の顔は、やっぱり「素っ頓狂」がピッタリだった。
「いや先輩にも新人時代あったんだよなって」
「過ぎたことだ。忘れた」
「初恋の人にズタズタ云々」
「だから。いい加減そこから離れてくれ。なくぞ」
「先輩多分泣かないもん」

「わん」

「そっち、 そっち……」
「おい、なんだ。どうした」
「ツボ、ギャップ……わんわん……」
「ん、んん?」

3/8/2023, 10:45:35 AM

「今日は、キラキラがいっぱいだ」
ひょんなことから知り合った、非科学的で二足歩行の意思疎通可能な子狐。
初めて会ったのは数日前。餅を売っていると言い、このご時世誰も買ってくれず、家のドアすら開けてくれないと、コンコン嘆いていた。
私が生まれて初めての客だという。

「このまえは、ノグチサンだった。今日のは、ノグチサンよりキラキラしてて、キレイ」
試食に渡された草餅の味が、何故か心にしみて、つい2000円分購入してしまったのが、良かったのか、悪かったのか。
「おとくいさん、ありがと。おとくいさんにも、ウカノミタマのオオカミサマが、何か良いこと授けてくださいますように」
数日経過した今日小さなカゴいっぱいに餅を入れて、またアパートに来た。
「おとくいさんこんばんは」とぺっこり頭を下げて。

「500円玉1枚と、100円玉3枚。800円だ」
金銭的価値を、理解できているのか、いないのか。
前回より少ない金額であることを強調して、代金と引き換えに餅の包みを手渡す子狐に、伝えた筈だった。
「前回の半分も買ってないが。良いのか」

「いいの!」
コンコンコン。子狐はそれでも嬉しいらしい。
「キラキラ、ととさんとかかさんに、あげるの!キレイだから、ととさんもかかさんも、よろこぶの」
どれだけの量、どれだけの額を売ったかは、ハナから気にしていなかったらしい。
「おとくいさん、また、ごひーきに、ごひーきに」
小さな手をぶんぶん振り、キツネノチョウチンの明かりを担ぎ直し、幸福至極な笑顔を咲かせて、子狐はぴょこぴょこ帰っていった。

「喜ぶから、キラキラを父さんと母さんに、か」
さっそくひとつ包みを開けて、あんころ餅をかじる。
「……久しぶりに茶でも淹れるかな」
気のせいか餅は、優しく、懐しく、心の毒を抜く魔法でもかかっているような味がした。

3/7/2023, 10:59:49 AM

リアルからかけ離れたおはなしです。童話テイストバンザイなおはなしです。
「ぺったん、ぺったん!もひとつ、ぺったん!」
最近最近の、都内某所。稲荷神社のど真ん中で、二足歩行の子狐が、深夜にお餅をついておりました。
「このもち、こぎつねつくもちにあらず、ぺったん!みけのかみ、とこよにいますウカサマの、ぺったん!かむほき、ほきくるほし、とよほきもとほし!」
母狐から教わった難しい言葉を、ぺったんぺったん歌いながら、由緒正しいらしい臼と杵で、お供物として貰ったお米をつきます。
今夜は明るい、まんまる満月。狐火や、鬼灯や、キツネノチョウチンを焚かなくても、餅の状態がよく見えます。いっそう美味しく出来上がることでしょう。

「いんや。夜で暗いから、おもちがよく見えないや」
たまに歌を止めて、つまみ食いするのはご愛嬌。
売り物と、神様への捧げ物に、きつね餅5個、草餅5個、揚げ餅5個にみたらし5個と、あんころ5個分の量さえあれば、子狐はギリギリ叱られないのです。
なにより今日のもち米は、ブランド米3種の共演。特製母狐ブレンドなのです。

「見えないから、上手にできてるか、確認しなきゃ」
にんまりイタズラな食欲を隠さず、子狐がおもちをちぎります。でも暗いはずがありません。なんてったって、満月に加えてこのご時世。道の街灯もビルの照明も、みんな明るいLEDです。
光で夜の犯罪を払うように、あるいは社会の闇を包み隠すように、あっちこっち、輝いているのですから。
「だって、見えないよ。お天道様ないから暗いもん」
確認しなきゃ。確認しなきゃ。ああ、おいしい。
湯気たつツルツルまんまるお餅を、ちぎり、ちぎり。不都合な明かりは知らんぷり。小さなおくちで、幸せいっぱい頬張ります。

「あれ。どこまで歌ったっけ」
もっちゃもっちゃ。
何度目かの味見を丹念に丹念に終えた子狐。母狐から教わった餅つき歌を、どこまで歌ったかド忘れです。
「いいや。もっかい最初から、歌えばいいや」
ぺったんぺったん、もひとつぺったん。
満月見守る稲荷神社には、まだもう少しだけ、餅つきの音が広がるのでした。

3/7/2023, 4:14:15 AM

ようやく午前の部が終了した、本日の職場。つかの間の休息、折り返し地点である。
今日も今日とて定位置で、先輩と後輩のペアがふたり、弁当を広げ中身をつついている。
昼食用に開放されている、自販機併設の休憩所では、備え付けのモニターから、正午のニュースが云々。
3月某日に向けて、各地で開催されている、絆を再確認するイベントの映像が、食欲そそる肉と魚と味噌汁と、湯気のアップにのせて流れてくる。

絆だって。
かつて連呼され続けたスローガンが、限りなくブラックに近いグレー企業在職のシチュエーションに、それに揉まれる自身の心に近づいて、跳ね除けられる。
絆だってさ。なにそれ。仕入れ値いくら。
人と人の、美しい繋がりを示す漢字一文字が、遠い遠い山里の、あるいは寂れた漁村あたりの、コンビニも無いような土地にのみ潜む、絶滅危惧1A類の何かに感じられた。

「絆って何だろ」
「オキシトシンのいち側面。心の免疫だの抗体だの」
「めんえき、」
「同族意識で繋がっちゃいるが、少しでも型から外れれば異物認定される。あとは攻撃排除でサヨナラだ」
「あっ。ちょっと分かる」

「調べれば出てくるぞ。『愛情ホルモン』の負の側面。絆の裏の顔」
乾いた微笑とは、まさしくこの表情であろう。口角上がらず細められただけの目で、コーヒーから唇を離す先輩が僅かに補足した。
「意外と、日常的に接するレベルでは、助けず関わらず共感せず、仲間意識を一切持たずが、実は無難なのかもしれないな」
まぁ、それを本当の意味で徹底しては、社会生活が少し難しいワケだが。
言葉を付け足しコーヒーのカップを上げる先輩の視線は、後輩から離れ、どこか遠い範囲に置かれていた。

「……先輩何かあった?」
「私はいつも平坦だ」
「初恋のひととでもバッタリ会った?」
「その話題からそろそろ離れてくれないか」
「じゃあズタズタにされた心の古傷が」

「来週の低糖質スイーツバイキングでのランチミーティング取り下げるぞ」
「失言大変失礼しました撤回して謝罪致します」

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