かたいなか

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3/5/2023, 1:54:40 PM

職場の本日午前の部は、私の胸くそレベルが最大値手前まで急上昇して終了した。
上司から回された仕事を、片付けて、別の上司に提出して、私の手掛けた分は問題無かったものの、最初の上司の手付け分で酷いミスが発覚。
チクチクされたのは私の方だった。「彼のミスに気付けなかったあなたが悪い」との「ご指摘」だった。
世の中って理不尽(真理)。

「宇曽野から聞いた。災難だったな」
昼の休憩時間。煮えくり返るハラのまま、自炊のお弁当にがっついていると、
「丁度、良い物を持ってきている。食わないか」
同じくこれから昼ごはん、と思しき先輩が、テーブル挟んで向かい側の席に腰掛け、笹の葉で丁寧に包まれた大きめのヨモギ餅を差し出してきた。

「珍しい。いつもは『糖質なら間に合ってる』って、低糖質以外はスイーツのスの字も出てこないのに」
「たまには良いさ。……ほら」

受け取って、結びを解いて、葉っぱを開く。
昔々食べたっきりの薄緑色は、別にベタつきもせず、素直に葉っぱから外れて、お行儀よく顔を出した。
「おっきい」
くちゃり。ひと噛みすると、ヨモギより笹の方の香りが、お餅の甘さと一緒に鼻に抜けた。
「おいしい。何個でもいけちゃう」
後から追ってくるこしあんが、ただ懐かしくて、今までのイライラが少しずつ溶けていく。まるでお餅自体に、心の毒抜きの魔法でもかかってるみたいに。
捨てる神あれば拾う神あり(これもまた真理)。

「お気に召して頂けたようで。何よりだ」
先輩が自分の弁当を広げながら言った。
「で、己の都合に後輩を利用するようで、非常に心苦しいのは山々なんだが」
ランチポーチの結びを解いて、弁当箱の蓋を開ける。
「……食うの手伝ってくれないか」
中には数種類のお餅がガッツリ敷き詰められていた。

「どしたの、それ」
「いや、1個のつもりだったんだ。1個だけ買うつもりだったんだが。妙に美味くて、懐かしくて。つい」
「何個?」
「合計10個」
「そのデカさで」
「そう。このデカさで」

「はぁ……」

3/5/2023, 1:00:07 AM

都内の地理ガン無視のおはなしです。非現実バンザイのおはなしです。
最近最近都内某所の稲荷神社に、化け狐の末裔、人を真似る妙技を持つ、狐の一家がおりました。
ちょっと化ければ呟きで拡散され、少し術を唱えればティックに晒される。肩身の狭い都会から、僅かでも神秘と秘密の残る過疎地へ、逃れていく物の怪の多い中。それでも一家はこの地に残り、人間の祈りを願いを苦しみを、見守り続けておりました。

そんな3月3日の、寅四つ時がそろそろ終わる頃。

「ただいまもどりました!」
一家の末っ子、二足歩行の子狐が、右手にキツネノチョウチンの明かりと葛のカゴ、左手に野口英世2枚を持って、神社敷地内の一軒家に帰ってきました。
「ととさん、ととさん、おもち売れたよ、ほら!」
大好きな大好きな両親に、生まれて初めて得た労働の対価を――売ったお餅の代金を、真っ先に見せます。
「2枚貰ったから、ととさんとかかさん、あげる!」

「おや。おまえ、化けの皮剥がれてるじゃないか」
元気に帰ってきた子狐を父狐が優しく抱きしめます。
「何事も、無事だったのか?悪い人間に絡まれたり、しなかったかい?」
丁度父狐は、勤務先の早朝帯への出勤準備中。
なんということでしょう。子狐のお父さんは都内の某病院の漢方医として、労働して納税して昨今の悪しき感染症に立ち向かう、既婚の40代男性(戸籍上)だったのです。

「だいじょぶだった!ほら、ととさん、ほら!」
父親の心配も、どこ吹く風。ただただ自分の成果を、喜びを共有したくて、おみみをペコリ、しっぽをブンブン。野口さん1枚を差し出します。
「うん、うん。素晴らしい。さすが、私達の子だ」
きっとかかさんも、おじじもおばばも喜ぶよ。
大事な大事な、愛しい我が子の成長が嬉しい父狐は、お弁当用に焼いていた鶏もも肉がお焦げの煙と香りを吹くまで、子狐の頭を撫で、背中をさすり、労をねぎらってやりました。

3/3/2023, 3:44:00 PM

生物学ガン無視のおはなしです。非科学バンザイのおはなしです。
3月3日の都内某所。丑三つ時のとあるアパートで、対人恐怖症と人間嫌いと寂しがり屋を併発してしまった捻くれ者が、その日の仕事で使う資料を作りながら、コーヒーを飲んでおりました。
大量採用と大量離職を繰り返す職場の荒波と悪意に揉まれ、擦り切れて、はや十数年。
蓄積した疲労が、重いため息となって部屋の空気に飽和します。
金を貯めた先の、夢見た未来はどこへやら。
カップに残ったコーヒーを飲み干して、さてもう少し、とパソコンのディスプレイに向き直ったその時。

ピンポン、ピンポン。
こんな夜更けに誰でしょう。インターホンを鳴らすものが在りました。

「ごめんください!」
ストレスと深夜の眠気と、それから物語のお約束で、捻くれ者が相手の確認もせずドアを開けると、
二足歩行の子狐が、右手にキツネノチョウチンの明かりを、左手に葛で編んだカゴを持ち、頭をうんと傾けて、部屋の主を見上げています。
「菱餅ヨモギ餅さくら餅、いかがですか!」

明らかに非現実的な状況です。捻くれ者は数秒硬直して、フリーズした思考に無理矢理再起動をかけ、
「ゆめだな」
頭をガリガリ。ドアノブに手をかけました。
「いけない。起きないと」

「待って!おねがい待って!」
きゃんきゃん。子狐が必死にズボンを引っぱります。
「このゴジセーなの、誰もドア開けてくれないし、おもち買ってくれないの」
そりゃそうです急増する強盗・傷害事件によって防犯強化が叫ばれる昨今ですから。
「1個でもいいから、おねがい、おねがい」

きゃんきゃんきゃん。ご近所迷惑待ったなしの声量ですがりつく子狐。
とうとう根負けしてしまった捻くれ者は、その日数度目のため息を吐いて、ひとまず子狐を部屋の中へ入れることにしました……

3/2/2023, 2:57:04 PM

「希望……きぼう、ね」
「うん、何か1年くらい、すがってられそうなやつ」
「何故よりによって、私なんかに聞こうと、」

「宇曽野主任が『あいつは初恋の相手に4回心をズタズタにされたけど毎回3日で戻ってきた』って」
「なんだその地味に半分本当なウソ野ジョーク」

年度末。この、限りなくブラックに近いグレー企業との付き合いも、早いもので数年。
達成目標とは名ばかりの、ノルマの量も増えてきて、いよいよ転職の可否が脳内会議に上がり始めた頃。
そういえば、誰よりこの職場に向いてなさそうな先輩は、はたして何を1年のモチベに設定してるのかと。
私もそれを心に持てば、もう少し頑張れるのかなと。
ふと、気になって、聞いてみた。

「希望、1年……」
唇の下に、思慮の親指と人差し指をあてて、
「……うん」
長考の後、恒例の「私の意見など役に立たないので置いといて一般論を話します」の顔と抑揚でいわく、

「ストレス解消できるものを見つけたらどうかな」

「……が建前で、ホントは?」
「ん?」
「何か別に自論有るんでしょ。そっちは?」
「……んん……」

3/2/2023, 12:17:45 AM

仕事の帰り。学生時代の二次創作仲間と再会して、久々に緩めた財布の紐。夜の焼肉屋の奥の個室。
「まだ続けてるの、T夢」
「やめちゃった。呟きに上げてたら、知らないひとにカイシャクガー爆撃されて。何年前だろう」
初めてのオフ会、ここに建ってたカラオケだったねと懐古に笑う、昔々物書き乙女であったふたりが、
豚トロをつまみカルビを敷いて、申し訳程度の野菜を、ジョッキの隣に待機させている。

「そっちは?サイト無くなってたけど」
「概念アクセに引っ越した。カプも原作の名前も書かないで、黒白チャームですーって。好きな子で想像してくださーいって。誰でもないから指摘も来ない」
「便利」
「うん便利」

「自分の好きを欲望マシマシで書いただけなのにね」
なんでそれを、他人に批判されるんだろうね。
カリカリの鶏皮を突っつくかつての夢物語案内人に、
「きっと欲望マシマシだからだよ」
元薔薇作家が、妙に真面目な火照り顔で語った。
「こっちが塩だから、向こうのタレと合わなかったんだよ。塩分過多で、ぶつかっちゃったんだよ」

「どゆこと」
「分かんない」
「酔ってる?」
「酔ってない」

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