かたいなか

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3/1/2023, 12:58:01 AM

「私の故郷はね」
昼の休憩時間、美味い低糖質ケーキを見つけたから奢ると手を引かれて、外出した先のオープンカフェ。
「雪が酷くて、4月直前にならなければ、クロッカスも咲かなくて」
通行人の、その先の虚空に視線を置いて、田舎出身の先輩が、ぽつり、ぽつり。
「今頃はまだ、妖精さんも雪の中だ」
ミルクを落としたコーヒーを、スプーンでゆっくりかき回しながら、言った。

「妖精さん?」
「『春の妖精』。調べてみなよ。色々出てくるぞ」
「リスとか野ネズミとか?」
「私のところはキクザキイチゲが多かった」
「何それ?」
「キクザキイチゲはキクザキイチゲさ」

私の無知を、穏やかな温かさで笑って、コーヒーをひとくち。
「いつか、おいでよ」
先輩が、虚空を見たまま言った。
「遠い、何もない、花と山野草ばかりの街だけど」