かたいなか

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都内の地理ガン無視のおはなしです。非現実バンザイのおはなしです。
最近最近都内某所の稲荷神社に、化け狐の末裔、人を真似る妙技を持つ、狐の一家がおりました。
ちょっと化ければ呟きで拡散され、少し術を唱えればティックに晒される。肩身の狭い都会から、僅かでも神秘と秘密の残る過疎地へ、逃れていく物の怪の多い中。それでも一家はこの地に残り、人間の祈りを願いを苦しみを、見守り続けておりました。

そんな3月3日の、寅四つ時がそろそろ終わる頃。

「ただいまもどりました!」
一家の末っ子、二足歩行の子狐が、右手にキツネノチョウチンの明かりと葛のカゴ、左手に野口英世2枚を持って、神社敷地内の一軒家に帰ってきました。
「ととさん、ととさん、おもち売れたよ、ほら!」
大好きな大好きな両親に、生まれて初めて得た労働の対価を――売ったお餅の代金を、真っ先に見せます。
「2枚貰ったから、ととさんとかかさん、あげる!」

「おや。おまえ、化けの皮剥がれてるじゃないか」
元気に帰ってきた子狐を父狐が優しく抱きしめます。
「何事も、無事だったのか?悪い人間に絡まれたり、しなかったかい?」
丁度父狐は、勤務先の早朝帯への出勤準備中。
なんということでしょう。子狐のお父さんは都内の某病院の漢方医として、労働して納税して昨今の悪しき感染症に立ち向かう、既婚の40代男性(戸籍上)だったのです。

「だいじょぶだった!ほら、ととさん、ほら!」
父親の心配も、どこ吹く風。ただただ自分の成果を、喜びを共有したくて、おみみをペコリ、しっぽをブンブン。野口さん1枚を差し出します。
「うん、うん。素晴らしい。さすが、私達の子だ」
きっとかかさんも、おじじもおばばも喜ぶよ。
大事な大事な、愛しい我が子の成長が嬉しい父狐は、お弁当用に焼いていた鶏もも肉がお焦げの煙と香りを吹くまで、子狐の頭を撫で、背中をさすり、労をねぎらってやりました。

3/5/2023, 1:00:07 AM