かたいなか

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リアルからかけ離れたおはなしです。童話テイストバンザイなおはなしです。
「ぺったん、ぺったん!もひとつ、ぺったん!」
最近最近の、都内某所。稲荷神社のど真ん中で、二足歩行の子狐が、深夜にお餅をついておりました。
「このもち、こぎつねつくもちにあらず、ぺったん!みけのかみ、とこよにいますウカサマの、ぺったん!かむほき、ほきくるほし、とよほきもとほし!」
母狐から教わった難しい言葉を、ぺったんぺったん歌いながら、由緒正しいらしい臼と杵で、お供物として貰ったお米をつきます。
今夜は明るい、まんまる満月。狐火や、鬼灯や、キツネノチョウチンを焚かなくても、餅の状態がよく見えます。いっそう美味しく出来上がることでしょう。

「いんや。夜で暗いから、おもちがよく見えないや」
たまに歌を止めて、つまみ食いするのはご愛嬌。
売り物と、神様への捧げ物に、きつね餅5個、草餅5個、揚げ餅5個にみたらし5個と、あんころ5個分の量さえあれば、子狐はギリギリ叱られないのです。
なにより今日のもち米は、ブランド米3種の共演。特製母狐ブレンドなのです。

「見えないから、上手にできてるか、確認しなきゃ」
にんまりイタズラな食欲を隠さず、子狐がおもちをちぎります。でも暗いはずがありません。なんてったって、満月に加えてこのご時世。道の街灯もビルの照明も、みんな明るいLEDです。
光で夜の犯罪を払うように、あるいは社会の闇を包み隠すように、あっちこっち、輝いているのですから。
「だって、見えないよ。お天道様ないから暗いもん」
確認しなきゃ。確認しなきゃ。ああ、おいしい。
湯気たつツルツルまんまるお餅を、ちぎり、ちぎり。不都合な明かりは知らんぷり。小さなおくちで、幸せいっぱい頬張ります。

「あれ。どこまで歌ったっけ」
もっちゃもっちゃ。
何度目かの味見を丹念に丹念に終えた子狐。母狐から教わった餅つき歌を、どこまで歌ったかド忘れです。
「いいや。もっかい最初から、歌えばいいや」
ぺったんぺったん、もひとつぺったん。
満月見守る稲荷神社には、まだもう少しだけ、餅つきの音が広がるのでした。

3/7/2023, 10:59:49 AM