不整脈

Open App
8/9/2025, 1:25:19 PM

頬をなぞる風は、
ただの空気ではなかった。
色も匂いもないはずなのに、
それは確かに、あなたの気配を運んでくる。
目を閉じれば、
砂の上に落ちる小さな足音が蘇る。
遠くで笑う声、
それに混じって聞こえる、波のささやき。

指先が冷えるのは、
風のせいか、それともあなたが
もういないせいか。
触れられない距離に置かれた温もりを
私は何度も手探りする。

「忘れてしまえ」と、潮風はささやく。
「まだ探せ」と、陸風が呼びかける。
両方を聞き分けながら歩く。

もし、この風が
あなたの背中を押してくれるのなら、
どうかその行き先で
私の名前をひとつだけ、
呼んでほしい。

風がやむ前に。
夜が来る前に。
私が、立ち止まってしまう前に。

8/9/2025, 1:29:47 AM

朝の光が、ちょっと変だった。
ふつうより細くて、
へんな角度で差し込んでた。
それで、わたしは思ったんだ。
「あ、これは夢かもしれない」って。

でもね、
ポケットの中にチョコがひとつあった。
夕べ確かに入れたやつ。
夢だったら、
ポケットにチョコは入らないよね。
だから、夢じゃない。たぶん。

だれかが突然笑って、
わたしはびっくりして転んだ。
夢なら転んでも痛くないって聞くけど、
ちょっとだけ痛かった。
やっぱり現実だった。

「それ、夢でしょ?」って
言われるとムカつく。
だってほんとうに起きたことなんだもん。
でも、たまに時間がねじれてる気がして、
どれが本当かわかんなくなるんだよ。

誰かがくれた言葉が耳の奥でまだ鳴ってる。
あれは夢か、それとも現実か。
夢だって言われたら、
簡単に忘れられるのかな。
忘れたくないな。わたしは強く思う。

指先の小さなやけどの跡。
ノートの隅の落書き。
パパの大きな手。
全部、触れる。確かめられる。
だから夢じゃない。

でも夜になると、怖くなるよ。
夢ならいつか終わるけど、
起きてたらずっと続くから。
わたしは続くのが苦手で、
じっとしてるのも下手で。
それでも、これは「夢じゃない」って、
自分に言い聞かせる。

ほんとうは、誰かに言ってほしい。
「それ、夢じゃないよ」って。
でも言われなくても、わたしは知ってる。
胸の中で、小さな音が鳴ってる。消えない音。

だから今日も手を伸ばす。
触れられるものを、ひとつずつ。
それで、確かめるの。
わたしの世界は、
夢じゃない。たぶん。
でも、これでいい。

8/8/2025, 2:03:54 AM

どこへ向かっているのか、
分からなくなってしまったのは、
風が止まったせいでも、
海が荒れたせいでもなく、
多分、私の中の磁力が壊れていたから。
羅針盤は静かに回っていた。
狂ったみたいに、
北を指さず、思い出を指した。

あの日、私がついた小さな嘘。
笑いながら隠した震え。
わたしが「平気」と言った夜の声の色。

全部、針が刻んでいる。
地図にない方角。
名前のない港。

でも、戻れない。
引き返すことも、
風を読んで進むことも
私の中の羅針盤はもう、
他人を指し示してくれない。

どこを向いても、
空が広すぎる。

だけど
それでもいいって、
最近は思うようになった。

私の心が向いた方角を、
北って呼んでいい。
誰も信じてくれなくても、
この錆びついた針だけは、
わたしを見失わないから。

心の羅針盤は、
もう世界を導いてはいない。
ただ、私という小さな船のために
静かに震えている。

それが、
今の私の「まっすぐ」なんだと思う。

8/6/2025, 11:27:34 AM

「またね」って、
どうして、あんなに優しいのか?
どうして、あんなに冷たいのか?
口にした瞬間に、
全てが「終わり」になるって知っていたのに、
私は笑って言ってしまった。

今夜も、あの帰り道で街灯が揺れている。
蛍光色が、私の髪を照らすたび、
ふいに
あなたの指先を思い出してしまう。

猫みたいに静かだった足音。
笑うと片方だけ深くなる目尻の皺。
忘れたくて、忘れたくなくて、
同じ道を何度も歩いている。

それでも、あなたはいない。
「またね」と言った場所に、あなたはいない。

あの言葉はまるで呪い。
また会えるという希望を、
私の中に突き刺したまま。
ずっと、
ずっと、
時間を腐らせていく。

「またね」という言葉が嫌い。
けれども、
「さよなら」よりも嫌いではないのが悔しい。

だから、私は今夜も街灯の下で待っている。
あなたがもう一度、
「またね」って笑うのを。

8/6/2025, 1:58:23 AM

泡になりたいって思うときがある。
なんにも考えずに、ぷくって浮かんで、
しゅわって消えちゃうやつ。

だってさ、わたしってめんどくさい。
よくわかんないことで怒るし、
よくわかんないことで泣くし、
だれかのひとことで、ぐらぐらになるし。

泡になれたら、そんなの全部なくなる。
誰かに嫌われても、すぐ消えちゃうから平気。
誰かにバレても、正体がないから平気。
どこかで割れても、しずかで気持ちよさそう。

「泡なんかにならないで」って
言われたらどうしよう。
ちょっとだけ期待してる。
でも言われなかったら、ほんとに泡になる。
なってみせる。しゅわって、しずかに。

あ、でも泡になったら、
もう好きなものも見れないかな。
ゲームもお菓子も、きっと届かない。
それはちょっと、やだな。
じゃあ、あとちょっとだけ人間でもいいかも。

でも人間やってると、
うまく笑えない日もあるんだよ。
すぐムキになるし、すぐスネるし、すぐ黙る。
そういうわたし、私は苦手。
だからやっぱり、泡になりたい。

泡ってさ、きれいで、すぐ消えて、
文句も言わないじゃん。
わたしもそうなりたい。
しゅわって、しずかに、だれにも見られずに。
やさしく割れて、それでおしまい。

Next