不整脈

Open App

頬をなぞる風は、
ただの空気ではなかった。
色も匂いもないはずなのに、
それは確かに、あなたの気配を運んでくる。
目を閉じれば、
砂の上に落ちる小さな足音が蘇る。
遠くで笑う声、
それに混じって聞こえる、波のささやき。

指先が冷えるのは、
風のせいか、それともあなたが
もういないせいか。
触れられない距離に置かれた温もりを
私は何度も手探りする。

「忘れてしまえ」と、潮風はささやく。
「まだ探せ」と、陸風が呼びかける。
両方を聞き分けながら歩く。

もし、この風が
あなたの背中を押してくれるのなら、
どうかその行き先で
私の名前をひとつだけ、
呼んでほしい。

風がやむ前に。
夜が来る前に。
私が、立ち止まってしまう前に。

8/9/2025, 1:25:19 PM