昔からくじがよく当たる人間だった。
おみくじの大吉。
お菓子の当たりでもう1本。
応募した懸賞のゲーム機。
商店街のくじ引きの1等の国内旅行。
そして宝くじ。
宝くじは小さいものから大きなものまで。
だからお金なんて、使っても使ってもまた当てればいいと思っていた。
「1等……!?」
宝くじを持つ手が震える。
画面に映る数字は間違いなくこの手にある宝くじと同じ物だ。
さすがに数億もする金額が当たったのは初めてだ。
高額当選への少しの恐怖と、大きな喜びと興奮。いろいろな気持ちを抱えて、それを手にした。
もし当たったらこう使おう、ああ使おうという考えはあったものの、実際当たってしまえばそんな予定はどこへやら。しばらくして、気付けば当たったお金もほとんどなくなってしまっていた。
まぁまた当てればいいさ。
そう思っていたのに――。
ガサゴソと、レストランの裏口に捨ててある生ゴミを漁る。まるで野良猫のようだ。
どうしてこんなことになったんだ。
あれからというもの、宝くじは一向に当たらず。宝くじだけじゃない、パチンコ、競馬、そういうギャンブル全て。それなのに1等を当ててからできた友人とやらはまだ集ろうとしてくる。
お金がないと言っても疑う。挙句の果てには使えないと言い捨ててどこかへ行ってしまった。
何故だ。
昔からくじがよく当たる人間だった。
それなのに、今はこんな、誰の前にも姿を現せられないような人間だ。
小腹をほんの少しだけ満たして、ふらふらとまた歩き出した。人の目につかないような路地裏を通り、ホームレスが溜まっている公園へ。
そこへ、見覚えのある人物が通った。
宝くじが当たってからできた友人の一人だ。
身なりの良い格好をしている。きっとこいつはこんな風にお金に困ったことなんてないのだろう。
それなのに、こいつは俺に金をせびって、俺はこんなになってしまったのに、こいつはこんなに裕福で。
金を返せ。そうだ、お金を返してもらうだけだ。
俺はそいつに近付いた。
そいつは俺がわからなかったのか、揉み合いになった。
気付けば、足元には血だるまの何かが転がっていた。脇にはそいつが持っていた鞄が落ちている。
鞄を開けると、中に数万円とキャッシュカード、クレジットカードが入った財布があった。
お金を返してもらうだけだ。そう、お金を――、
――違うだろ!
はっと我に返った。
殺人を犯してしまった。そんなつもりではなかったと言っても、殺してしまったのは事実だ。
何故だ。
何故こんなことになってしまったんだ。ただ、昔みたいに戻りたかっただけ。
今までよく当たっていた。あれは奇跡だったのか。
どうか、どうかあの奇跡をもう一度。
こんなことになる前に。少しだけでいい。あの満足していた頃に戻してくれ。
昔からくじがよく当たる人間だった。
数億円なんてなくても、ちょっとした物が当たるくらいで満足していた。それで充分だった。
それだけで良かったんだ。
『奇跡をもう一度』
黄昏時、学校の屋上から夕焼けに染まる街を見ていた。遠くの山に太陽が沈んでいく。もうすぐ闇夜が訪れる。
「いけないんだ。立入禁止だよ、ここ」
背後から突然声をかけられた。
この声はクラスメイトであり幼馴染のあいつだろう。
そのまま横にやって来て、並んで夕焼けを見始めた。
「綺麗だねぇ」
隣からはしゃぐ声が聞こえる。
「立入禁止だぞ」
「先にいたあんたがそれ言う〜? それに私が先に注意したんですけど!」
からかうと、一瞬で不満そうな声に切り替わった。
あぁ、やっぱりこいつといると楽しいな。一人でいたって、簡単に見つけ出してくれる。
美しい夕焼け。二人しかいない空間。
もしかしたら、今なんじゃないのか。ずっと胸に仕舞っていた気持ちを伝えるのは。
「好きだ」
前を向いたまま、俺はそう伝えた。
あいつの顔の方を向けない。だって、きっと真っ赤になっている。でもそうツッコまれたって、夕焼けのせいだって言い訳しよう。
あー心臓が今にも飛び出しそうだ。
何か言ってくれ。俺は我慢しきれなくなってあいつの方を向いた。
黄昏は誰そ彼とも書くらしい。夕暮れで人が識別できなくなる時分だと。
そして黄昏時は逢魔時とも言う。読んで字の如く魔物に逢う時分だと。
初めて聞いた時、どちらもなんだか恐ろしい言葉だなって感じたことを、急に思い出した。
夕焼けの太陽の光に目をやられ過ぎたのか、それとも夜が近くなって少しずつ薄暗くなってきたからなのか、あいつの顔が見えなかった。
『たそがれ』
今夜、あまりにも幸せ過ぎる時間を過ごした。
世界で一番温かい空間で、最高の夜を。
きっとこの思い出があれば、これから先も生きていける。そう思わせてくれる、信じさせてくれるくらいには、幸せな時間を。
うん。そうだ。きっと明日も最高の日になる。
明ける日を前に、勇気に満ちた顔を上げた。
『きっと明日も』
背中合わせで、手の中にある小さな平べったい箱だけ見てた。
二人でいるはずなのに、部屋は静寂に包まれ、お互い無言で話しているのも、画面の向こうにいる別の誰かだ。
元々この部屋は騒がしかった。
部屋に来たばかりの頃は、未来のことを話して、些細なことで笑い合って。この部屋にはちゃんと二人が存在していた。
今ここにいるのは、一人と一人だった。
君が音もなく立ち上がって、部屋を出て行った。
僕ももうすぐこの部屋を出る。
静寂に包まれた部屋は、次の誰かがやって来るまで、何も言わずにただ待っている。
賑やかだったあの頃の思い出だけを連れて、空になった部屋を後にした。
『静寂に包まれた部屋』
遠い異国の地で仲良くなった子供から、別れ際に一輪の美しい花を貰った。
それを大事に大事に母国に持ち帰り、なんという花なのか調べてみると、根が万病に効くという、今は目にすることのない幻の花だった。
そして、その花を巡り、戦争が始まった。
あの美しい花が根付いているかもしれない恵まれた土地を奪い合う。幸せそうに笑っていた人々を、また来てね。と、大好きだよ。と、そう言って花を差し出したあの子供達の居場所を、生命を奪い取る。
欲に塗れた人間はなんて愚かなんだと、嘆いたところでもう遅かった。
あの別れが、今生の別れになってしまった。
もう花が咲くことはない。
『別れ際に』