うとうとしながら通り雨について考えていた。
まどろみ、夢の中で、雨が「やぁ」とこちらに声を掛けながら横を通り過ぎていった。
『通り雨』
子供の頃、『アキ』という名の友達がいた。
小柄で、特にこれくらいの時期になると、童謡の『ちいさい秋みつけた』になぞらえて、「小さいアキ見つけた(笑)」とよくからかわれていたものだった。本人はとても嫌がっていたけど。
小柄で、素直で、かわいくて。私はそんなアキが大好きだった。
そんな、子供の頃の友情なんて、今でも残っている方が珍しい。
そういえば、最近は「四季じゃなくて二季だ」と言われるくらい、夏の暑さが終わればすぐに寒い冬がやってくる。
季節の秋も、そしてアキも、もう見つけることなんてないのかな。
アキの家だって知っている。実家に帰れば会いに行けなくはない。
それなのに、大人になるにつれ、そんな簡単なことができなくなっていくんだ。
職場からの帰り道、足元に1枚の何かが舞い落ちてきた。
拾い上げれば、それは真っ赤なもみじの葉。
顔を上げると、目の前には赤く染まった大きなもみじの木が何本も並んでいた。
「秋だ……」
秋を見つけた。
昔一緒に綺麗に色付いた落ち葉を拾い集めて笑った、あのアキの顔が思い浮かんだ。
『秋🍁』
乗り込んだ夜汽車の窓から外の世界を覗く。
暗闇の中に、街の明かりが点々と、一人一人が持っている命の灯火のように見えた。
それはとても美しくて、この汽車に乗り込んだのは私自身の意思なのに、涙で景色が滲んだ。
走り出した汽車はもう止まらない。
それは、街を走り抜けて、世界を走り抜けて、宙へと浮かび、天を翔ける。
この世界を忘れないようにと、最期にしっかりと両目に焼き付ける。
窓の外の景色は移り変わって、街の明かりから星の光へ。
どちらもキラキラと輝いていて、目を見張るほど美しい。
あぁ、もっと見ていたいのに。この先は何が待ち受けているんだろう。
そして汽車は知らない世界へ。
全くの新しい景色が、窓の外に広がり出した。
『窓から見える景色』
目で見て、頭や手を使って、体で覚えろと、師匠は言った。
その技術をマニュアル化してくれず、形にして残すのは、その作り上げた結果のみしか許してくれなかった。周りのほとんどは、ちゃんと師匠と呼ぶ人から何かしらの書物やら、言語化したものを受け取っていたのに。
でも、俺はこの人の創り出すその魔法に惚れたんだ。
だから、俺は形の無いそれを、自分の中に叩き込む。この美しい技術を、師匠から受け継いでみせる。
最近の師匠は体を崩しがちだ。
もう永くないかもしれないと、いつもより弱々しい声で呟き出す。
師匠にもっと長生きしてほしい。
それでも、もし、本当に師匠の命が失われてしまったとしても。貴方の生み出したものは、俺が未来永劫に渡ってこの体で伝えていくから。これからも紡ぎ続ける。
形が無くても、いつまでも失われない。
『形の無いもの』
三軒隣の家に住んでいる女の子。
僕は彼女のことが好きだった。
毎日一緒に遊んでいた。日が暮れるまでずっと。
少し離れた広めの公園にあるジャングルジム。
二人で登って遊んでいた。
「ぃったぁ!」
彼女が叫び声を上げる。
慌てて下の方にいる彼女を見ると、どうやら手を伸ばした彼女の指を、僕が踏んでしまっていたらしい。
彼女の手を取り、引っ張り上げる。彼女は涙目で僕を睨み付けてきた。
「ごめん!」
必死に謝るも、彼女は何も言わない。
許してもらえないかもしれない。僕も不安で涙目になる。
言葉のないまま、ジャングルジムのてっぺんで二人腰掛け、夕陽を眺めていた。
綺麗な光が涙で滲む。
守らなきゃいけない女の子を、僕が傷付けてしまった。パパやママと同じくらい大切なのに。
踏んでしまった手を取り、尋ねる。
「まだ痛い?」
彼女は頷く。
その指に、優しく口を付けた。
好きな子には、ここに嵌める指輪を贈るんでしょ?
傷を付けるんじゃなく、いつかそれを着けてもらえるように。絶対にもうこれ以上悲しませないと、笑顔にさせてみせると誓う。
夕陽に照らされて、二人の顔が赤く染まった。
『ジャングルジム』