オオウミガラスって知ってる? ペンギンに似た鳥なんだけど、北極に住んでいたんだ。
人懐っこい鳥だったらしい。そして、19世紀頃かな? 羽毛も肉も卵も脂肪も重宝されて、乱獲されて絶滅したんだ。
飛べないからね。逃げることもできなかったんじゃないかな。
とにかく、そうやって消えてしまった。
まるで、君のようだね。
警戒心なんて持たずに人に近付いてしまう。自分の価値も、相手の思惑にも気付けずに。
飛べない翼で、逃げ出すこともできない。
でも、安心して。
社会から消えてしまっても、絶滅したわけじゃない。僕の世界にだけ存在している。
案外、オオウミガラスもそうやって生き延びているのかもしれないよ?
気を付けてね。
この世には恐ろしいものがたくさんあるんだ。
もう遅いけど。
大丈夫。僕が一生大切にしてあげる。愛を与えてあげる。僕だけが君を捉えて離さない。僕だけの鳥。
『飛べない翼』
「おい、ススキ!」
僕の名前は鈴木。
でも、みんなからは『ススキ』って呼ばれてる。
茶色くてなんかふわふわしてるススキみたいにぱっとしないから、らしい。きっと、小柄で暗いから、そうやっていじられるんだろうな。
「昨日、裏山にススキがいっぱい成ってたぞ」
「あれだけあると邪魔だな〜。邪魔邪魔」
「全部刈っちまおうか? なぁ、ススキ」
そうやって、僕をいつもからかってくる子達が、にやにやしながら肩に腕を置いてくる。
僕は「そうだね……」としか返せなかった。
「こら! まーた鈴木に絡んでるのか!」
そこへ割り込んできた子が一人。
僕のことを唯一ちゃんと呼んでくれる子だ。
「月野さん!」
「ほら! 邪魔なのはあんた達だよ。行った行った!」
月野さんはその子達を蹴散らすと、僕の正面に立った。
「昨日、裏山でたくさんのススキ見つけて、なんか思わず取ってきちゃった。鈴木にあげる」
笑いながらススキの束を僕に渡してくる。
僕は少し悲しい気持ちになって、それを受け取らず、下を向く。
「……月野さんも、僕のこと、ススキみたいにぱっとしないと思ってるの?」
「え?」
しまった。
変なことを聞いてしまった。
みんな当たり前のように思ってることを。わかってるのに。僕なんて、そんな人間なのに。
「何言ってんの? ススキ見たら秋だなーって思うくらいにはぱっとしなくなくない? ん? ぱっとする? じゃん?」
思わず顔を上げる。
月野さんは心の底から不思議そうな顔をしていた。
「そういえば、ススキって名前の由来調べてみたんだけど、すくすく育つ木ってところから来てるらしいよ。鈴木もススキって呼ばれてるんなら、そのうちあたしを超えるくらい大きくなっちゃうのかなー」
月野さんがそう言う。そう言ってくれる。
「……うん。大きくなるよ」
「えー? ちょっと寂しいなー」
大きくなりたい。君を超えるくらいに。
そして、いつか、守られるんじゃなく、君を守りたい。
差し出されたススキをようやく受け取り笑うと、月野さんもつられて笑った。
「ありがとう」
昔、裏山の前を通った時に見た、あのキレイな夜のように。優しく月に寄り添うススキでいたい。
ずっと君の隣にいたい。
『ススキ』
「あなたとの婚約は破棄させてもらう!」
国主催のパーティーで、王太子殿下の婚約者であったはずの私は、突然婚約破棄を突き付けられた。
その瞬間、脳裏に蘇った記憶。それは、前世のものだった。
トラックに跳ねられて、私は死んだはずだった。その瞬間はしっかりと脳裏に焼き付いている。その次の記憶は、この世界に繋がっていた。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した主人公が婚約破棄を告げられ断罪される、よくあるラノベで見た展開。そしてまさしく、この世界は、一般人だった前世の私がプレイしていた乙女ゲームそのものだと気付いた。
トラックに轢かれて死んだ私は、悪役令嬢ものラノベの主人公よろしく、乙女ゲームの悪役令嬢になっていたのだ!
(あっ! これ乙ゲーでやったところだ!)
殿下が何か婚約破棄の理由をべらべらと喋っているが全く頭に入ってこない。
それよりも、この状況にひたすらに驚いている。
だって――前世が存在する? つまりは、霊魂という概念は本当に存在している!? 記憶は、脳ではなく霊魂と結び付いている?
前世の私はゴリゴリの理系だった。
全ての事象は科学で明らかにできると思っていたし、幽霊なんてものは見た人の思い込み、頭の誤作動だと思っていた。人間も機械と同じく、ただの電気信号で動いている。だから、壊れてしまえば、死ねばそこで終わり。霊魂なんて存在しないし、前世なんて以ての外。あるわけがない。
そう思っていたのに。まさか、それが自分の身に起きるなんて。
これも私自身の思い込みなのかもしれない。でも、殿下は記憶通りの行動をしているし、今まさに記憶通りの出来事が起ころうとしている。
それすらも偶然と言ってしまえばそうなのかもしれない。しかし、俄然気になってきた。
この世界には、元の世界と違って、魔法が存在する。
もしかしたら、これは霊魂の存在を解明する何か糸口になるかもしれない。
そう思ったら、こんなところでグズグズしている暇はない。婚約破棄なんてどうでもいい!
さっさと受け入れると、急いで帰宅し、研究を始めた。魔法を勉強し、各地にいるという精霊に出会い、話を聞き――……。
そして、私は霊魂の存在の証明し、また、科学と魔法を掛け合わせたものを発展させ、その道の第一人者として名を馳せた。
めでたしめでたし。
『脳裏』
自尊心をたくさん傷付けられて生きてきた。
「生きることに意味なんてないんだ。特におまえみたいなのは」
「おまえが何をやっても無駄だ」
「勉強なんて意味のないことしてないで家のことをやれ」
「価値がない。おまえが生きているだけで金がかかるんだ。せめて金をとってこい」
「邪魔だ。早く××」
傷付けられて、気付けられて、心はぼろぼろで。自分の惨めさに泣きそうになった。
外に追い出され、雨が降り出した空を見上げて、この雨と一緒にどこかに流れて消えていきたいと思った。
けれど、公園に咲いた花の葉の上で、カタツムリがゆっくりと進むのを見て、雨に飛び跳ねるカエルを見て。
誰かにとって煩わしい存在でも、意味がないものなんてないと、そんな些細なことで気付いた。このカタツムリやカエルだって、こうやって気付かせてくれた。
意味がない命なんてない。意味がないことなんて何もない。意味を見出すのは自分だ。
だから、生きてやる。
歯を食いしばって、みっともなくたって、全力で生きてやる。自分が正しいと思うことをやって、いつか自分だけの為に生きてやる。
生きる意味はここにある。自分だけが解っている。
『意味がないこと』
あなたとわたしは、同じ日に産まれた。
少しだけ時間がずれたけど、一緒に産まれ、一緒の家で過ごし、一緒に遊んで、一緒の学校へ行った。
あなたとわたしは、わたし達からしてみればそうでもないけど、どうやらそっくりなようで。一度掃除の時間に入れ替わってみたら、本当に仲の良い友達は気付いたけど、思ったより騙されている人が多くて笑った。
高校や大学も同じ進路へ進み、就職先は一緒になれなかったけど、近い場所で、それならと二人で暮らしてみた。
いくらずっと一緒でそっくりだと言われても、あなたとわたしはやっぱり別の人間で、一緒にいることでぶつかることも多かった。それでも誰といるよりも楽しかった。
わたし達の好みは似てたけど、いつしかそれぞれ別の人に恋をした。
そして、わたし達は一緒に暮らした家を出た。
帰る場所も、今日の出来事を話す相手も、お互いの苗字も変わってしまったけど。一緒にいた思い出はずっと変わらない。
今でも、一緒に終わるならあなただって気持ちは、本当は変わってないよ。今一緒にいる人には内緒だけどね。
『あなたとわたし』