お屋敷に双子の綺麗な女の子が生まれました。名前を蝶子、花子といい、蝶よ花よと、それはそれは可愛がられて育ちました。
二人は自分達が美しいことをよく知っていました。自分達は美しく、全てを持っている。だから、何をしても許される。そう思っていました。実際、両親は何をしても許してくれたし、屋敷の人達も二人を咎めるようなことはしませんでした。
ある日、蝶子は道で足の悪いお婆さんと出会い、ぶつかってしまいました。カッとなった蝶子は、お婆さんに暴言を吐きかけました。
「足の悪い人間が私の前を歩かないでちょうだい! 私が怪我をしたらどう責任取るのよ!」
一緒にいた花子は喋ることが大好きなので、お婆さんに更に激しい暴言を吐きかけました。
「歩くことすらできない、迷惑をかけることしか脳のないお年寄りさん。せめて邪魔にならないよう死んでくれないかしら?」
その晩、蝶子と花子は酷い熱に冒されました。本当に燃えてしまうかと思うような熱です。
そして目が覚めると、蝶子は空を舞う蝶に、花子は物言わぬ花になっていました。
困った蝶子が屋敷の外に出ると、遊んでいた無邪気な子供に捕まり、羽を毟られてしまいました。
動けない花子は、屋敷の人に、綺麗な花だと根本から手折られてしまいました。
蝶は羽を失い、花は枯れ、美しかったその姿は無惨にも散ってしまったのでした。
『蝶よ花よ』
親に敷かれたレールを進む。きっとこれは安心、安全な道だと信じて。決められたレールを進むだけの簡単な人生だ。
運命? そんなものがあるとしたら、きっとそれを決めるのは親なのだ。
それを決めるのは神様? だとしたら、神様は親なのだろう。そもそも僕という存在を創り出した神様のような存在だ。神様と言っても過言ではない。
そんな中で、君と出会った偶然も、運命だっただろうか?
運命は幾通りもあると、君は言った。僕が辿っているのは、その中の一つに過ぎないと。親が敷いたレールから外れて、違う未来に辿り着くこともできると。未来は無限にある。最初から決まったものなど、本当は何もないんだと。
敷かれたレール以外の未来が必要かはわからない。けれど、もし君が一緒にいる未来がその先にしかないんだとしたら、僕は、初めて――。
レールから外れた。神様に背いた。
すると神様は天罰を与えた。君がいない未来を歩くように。
そうして結局一緒にいられない。やっぱり、この未来は最初から決まってたんだ。運命は決まっている。何も変えることはできない。
運命は幾通りもある。未来は無限にある。
そう君は言っていた。運命は決まっていると思っていた僕の頭から、今もこびりついて離れない言葉。この言葉を忘れられないのも運命なのか? 僕は、君といないこの運命を受け入れるのか?
――わかっている。本当は、レールなんて、あってないようなものなんだ。
だって、今ここにいることすら、それは過去の僕が選んできた結果なのだから。知っていたんだ。ただ、そのレールから外れるのが怖かっただけだと。最初から決まってた、なんてことは何もないんだ。
運命は自分の力で変えることができる。未来は自分の力で作っていく。今度こそ君といる未来の為に、天罰すら超えてみせると、レールを蹴飛ばして走り出した。
僕の未来は無限だ!
『最初から決まってた』
真夏の太陽がじりじりと照りつける。
……暑い。
このままじゃ死ぬかもしれない。暑い。暑過ぎる。
太陽の必要性はわかっている。太陽がないと植物も育たないだろうし、そもそも極寒の地になるだろう。人間が住めるところではなくなってしまう。
にしても、だ。
暑いにも程がある。これ以上暑くなると、それはそれで人間が住めるところじゃなくなる。
頼みます。どうかもう少し力を弱めていただけませんかね? 太陽さん……。
真夏の太陽は今日も頭上でニコニコと笑っている。
『太陽』
鐘の音が鳴り響く。頭の中で。
遠くで揺れていただけのあの人の声が、いつからから鳴り止まなくなっていた。
僕はただ静寂を取り戻したかった。
夕焼けに染まった部屋は、静寂に包まれていた。もしかしたら、世界は終わったのかもしれないと勘違いする程に。
カーテンは閉めてあるけれど、夕日の赤い赤い光が、隙間から長く射し込んでいる。床に眠っている鉄でできた三日月の欠片が、光に溶け込んでいる。
ベッドには美しい人形が横たわっている。夕焼けで、何よりも綺麗に染まっていく。僕も少しだけ同じように染まっている。
鳴らなくなった鐘を、指先で優しく撫でた。
あぁ、世界は今、驚く程に穏やかだ。
幸せな気持ちで、このまま僕も一緒に夕焼けに溶けてしまおうかと、静かに瞼を閉じた。
『鐘の音』
「『つまらないことでも』――つまらないこと……って何だと思います?」
放課後の静かな教室。少女は目の前に座る部活の先輩に質問した。
「何それ哲学?」
その言葉に、先輩は不思議そうに尋ねる。
少女は首を横に振った。
「いえ、最近暇潰しにお題出してくれるアプリを使ってちょっと小説書いてるんですけど、そのお題が」
「つまらないことって?」
「『つまらないことでも』です」
スマホを掲げて伸びをする。
「思い浮かばない」
今度は机に突っ伏してしまった。
「つまらないことねぇ……ありとあらゆること、全てに楽しさを見出そうと思えばできないこともないしなぁ」
先輩が少女の頭を撫でながら言う。
少女は顔を少し上げて、先輩の顔を見てまた質問をする。
「えー……? たとえば、興味ない分野の勉強でもですか」
「知識を得ることは楽しいよ」
「炊事洗濯掃除とか、そういったやらなきゃいけないこととかは」
「それはつまらないというより面倒臭いかなぁ。それが趣味だって人もいるし」
「じゃあ意外とつまらないことってないですね」
「そうだね。人生に無駄なことはないとも言うし、そんな感じ」
「なんか違う気もするけど……なるほど?」
「それに、ほら。私達は今何をやってる?」
先輩が笑いながら問う。
「え……? 喋ってる?」
「違う! 部活だよ、部活!」
先輩は得意そうに人差し指を天に向けた。
「仮につまらないことがあったとして、そんなものはこの部活に来てしまえば関係ないのさ! だってここは『楽しいことを追求する部活』だからね!」
――そう。この部活は少し前に(先輩の思い付きで)発足した楽しいことを追求する為の部活だった。
まさしくこのお題に相応しい。つまらないことでも楽しさを見出すのが彼女達の信条だ。彼女達の手にかかれば、きっと全てが楽しいことに変わるはず。
「あーそうでした。一応部活やってたんでした」
「一応って何!?」
「おーっす」
「お、来たね。我が部員」
そんなやりとりをしているうちに、教室に人が、笑顔が増えていく。
みんながいれば、つまらないことなんてない。もし誰かがつまらないと言うなら、一緒に楽しいことを探そう。
少女はスマホを開き、アプリを起ち上げた。
『つまらないことでも』