君の目が覚めるまでに、終えないといけないことがある。
このミッションをクリアする為に絶対に必要なこと――。
散らかった部屋を慌てて片付ける。真っ赤に染まってしまったテーブルクロスも急いで洗濯機へ。何事もなかったかのように、極めて冷静に。落ち着け。まだ間に合う。
納得がいくまで部屋をぴかぴかにし、新しく出したテーブルクロスを敷いて、この時の為に準備したものを台所から運ぶ。見渡す範囲、ちゃんと綺麗に飾り付けた。今度は失敗せず、必要なものは全て用意した。
あと必要なものは――
カチャリと音を立てて扉が開く。
――そう、あと必要なものは、君だけ。
寝ぼけ眼をこする君と、対して完全に目が冴えてしまっている僕。
高鳴る鼓動を抑え、背中に隠した花束と小さな箱をぎゅっと握った。
『目が覚めるまでに』
空になった病室を冷たい風が通り抜けていく。今はもう誰も眠っていないベッドが少し寂しそうに見えた。
この部屋で眠っていた人間は、あの木の葉っぱが全て散った頃に、ここからいなくなってしまった。
いろいろあったことを思い出して、少し涙が浮かぶ。
きっとこの部屋に来ることももうないだろう。
「帰るわよー」
「うん」
部屋の外にいる母から声を掛けられ、私は元気よく病室を去った。
退院おめでとう私。二度と入院なんかしないぞ!
『病室』
明日、もし晴れたら、海へ行こうか。
そして波の音でも聴いて、気分だけでも涼しくなろう。それとも、水着を持って泳ぎに行っちゃおうか。
海じゃなくて、山もいいか。
木陰で少し休んで、合間を流れる小川で足を濡らして、自然から元気を貰おう。
山といえば、あそこの山にある牧場はソフトクリームが美味しいらしい。牧場で、牛や馬をまったり眺めるのもいいね。
いっそ動物園でもいいかもしれない。動物達と触れ合って癒されよう。
遊園地もいいな。ちょっと暑いかもしれないけど。思いっきり楽しもうよ。
でもまずは。
明日、もし晴れたら、真っ先に君に逢いに行こう。
いや、たとえ晴れなかったとしても、君に逢いに行こう。
君がいないと何も始まらないから。たとえ雨が降ろうが槍が降ろうが、明日、君に逢いに行くよ。
『明日、もし晴れたら』
「だーかーらー、一人でいたいって言ってんだろおぉぉー!」
「いーやーだ! 一人になんかしないー!」
誰にだってあるだろ? 一人になりたい瞬間が。それは落ち込んでいるからだったり、ただ息抜きをしたいだけだったり。
だが、この面倒臭い友人は、いつも私を一人にさせてくれない。どれだけ一人にさせてくれと伝えても、絶対に私から離れない。
心底鬱陶しい。でもほんの少しだけ嬉し……いややっぱり鬱陶しい。そして面倒臭い。
逃げ回っていたが、全然諦めてくれる様子はない。
一旦立ち止まって、友人に無駄な質問を投げてみる。
「だから、一人でいたいって、何度言ったらわかってくれるんだ?」
「こっちも、一人にしないって言ってるの、何度言ったらわかる? どこか行くなら一緒の方が楽しいし、もし気持ちが落ち込んでるのなら一緒に落ち込むし、一人にしたくない。一人にする必要がない」
「誰だって一人になりたいことあるだろ」
「いやおまえと一緒にいたいし」
どれだけ説得しても引かない。
こうして、いつからか帰る家も一緒になって、本当に人生のほとんどを一人でいることができなくなってしまった。
最初からそういう運命だったのかもしれない。いや、これは運命というよりも、友人――もう友人ではないが――の粘り勝ちか。
一人でいるってことがこんなにも難しいなんて思わなかったよ。もう一人でいたいとも思わなくなってしまったけどね。
『だから、一人でいたい。』
真っ直ぐ見つめてくるその美しく澄んだ瞳が、まるでこちらの心を見透かしているようで、とても居心地が悪い。
こっちを見るのをやめろ。その純粋な瞳が、俺をとても惨めな気持ちにさせるのだ。
だから殺した。
澄んでいた瞳は濁った瞳に変わった。相変わらず真っ直ぐ見つめてきているが、もう光が宿ることはない。あの瞳に悩まされることはない。
これで安心だ。今日からゆっくり眠れると、本気で信じていた。
それなのに、あの瞳は呪いのように頭から離れなかった。
宝石のように美しく、穢れを知らない、ただ真っ直ぐに俺を見つめる。どこまでも俺の心を捉えて離さないあの瞳。
『澄んだ瞳』