三人の兄弟は、この辺に現れるという害獣の狼に備えて、新しく家を建てることにした。
一人暮らしをしていたので、各々自分の家を建てた。
兄二人が建てたのは簡素な作りの家で、すぐに完成していた。
しかし、兄二人の家は、現れた狼の奇襲に耐えられず倒壊。
慌てて逃げ込んだ先の、末の弟の時間をかけて建てた頑丈な家だけが、無事に狼の奇襲を耐え抜くことができた。
「それがこのレンガの家です」
「弟の作った家は本当に丈夫で、たとえどんな害獣が来ようとも、地震が来ようとも、嵐が来ようとも、ばっちり安全です!」
「いかがでしょうか? ご購入していただけますか。ありがとうございます! それではこちらでご契約を――」
慎重な性格の末の弟が家を造り、口の上手い兄二人は営業をして家を売る。こうして生計を立て、三人仲良く暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
『嵐が来ようとも』
丁度一年前のお祭りは、あなたと一緒に回れて嬉しかったな。
着慣れない浴衣に履き慣れない草履。あなたは私に歩幅を合わせてくれて、ゆっくりと屋台を見て回った。
それから、二人で見た花火はとても綺麗だった。空を色とりどりの花が埋め尽くして、まるで天空の花畑だって思った。いつまでも見ていたいと思うくらい、幸せな時間だった。
楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも、悲しいことも、良いことも、悪いことも、全部あなたが教えてくれた。
それなのに、今、私は一人でここにいる。
お祭りを、少し離れた場所から、一人ぼぅっと眺めている。
なぜ一人でいるの? なぜ私は不幸なの?
人混みの中にあなたの姿を見つけた。
どうしてあなたは一人じゃないの? この不幸は誰のせい?
定刻通り、大きな音と共に花火が打ち上がった。
一輪の花が夜空を彩る。
「今、二回音がしなかった?」
「え、そう?」
小さな花が手から放たれた。
『お祭り』
神様に恋をした。
久々の完全オフの日。私はただひたすら眠ることしかできなかった。
最近注目の女優――聞こえは良い。きっとみんなはキラキラしたものを想像するだろう。でも現実はどうだ。体力仕事、キラキラなんて程遠い。昨日も遅くまでドラマの撮影があって、ようやく我が家に帰って来られたのだ。
いつも頑張っているのだ。たまの休みくらい、駄目人間をやってもいいよね?
そんな感じで、気付けばすっかり夜。だいぶぐっすりと眠ってしまっていた。晩ご飯はどうしよう。出前――いや、さすがに少しくらい外に出るか。
近所の小さな飲食店に入ってみる。初めてのお店だ。個人経営のようで、おじさんとおばさん、そして若い男の子が一人働いていた。客はいない。もしかしてもうすぐ店仕舞いだったのかもしれない。
「注文、まだ大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
おばさんが柔らかい笑顔で答える。良かった。温かい雰囲気のお店のようだ。
「じゃあ、この定食を一つ」
しばらくして男の子が料理を運んできてくれた。
口にしてみると、想像していたよりも遥かに美味しい料理だった。閉店間際にしてももっとお客さんがいてもいい筈だ。こんなに美味しいんだから!
箸がすごい早さで進む。あっという間に完食してしまった。
そこへ、「こちらはサービスです」と、男の子がオレンジの乗ったヨーグルトを持ってきてくれた。
「え、いいの?」
「お姉さん、疲れているようなので……」
「私そんなに疲れた顔してる!?」
慌てて顔を手で覆う。でもそうだよね。ずっと根詰めて仕事してたもの。
「すみません、変なこと言って。でも、ビタミンCもカルシウムも肌にいいんですよ。お姉さん綺麗なのに疲れた顔してるのが勿体なくて」
うわー恥ずかしい! そんなセリフよく言えるなぁ。この子俳優に向いているんじゃない?
でもそんなこと考えてサービスしてくれるなんて、天使かな?
「ありがとう」遠慮なくそれを受け取り、口に運ぶ。「美味しい!」
私の言葉に男の子も嬉しそうに笑った。
それが私達の出会いだった。
再会は意外な場所で。
それはまた、オフの日のことだった。
ぼーっとテレビを見ていると、見覚えのある男の子が映った。
――って、え。今人気急上昇の新人アイドルグループ!? あの子、アイドルだったの?
画面の向こうの彼は、あの日とはまた少し違う笑顔を浮かべていた。
そんな彼が忘れられなくて、またあのお店へ行ってみたけれど、アイドルの仕事が忙しいのか、もうお店のバイトは辞めてしまったようだ。
もしかしたらいつか何かで共演できるかもしれない。でも、それがいつになるかはわからない。それならライブに行ってみるしかないと、チケットを取り、初めてライブというものにこっそり参加してみた。
ステージ上の彼は輝いていた。こちらを振り向いたその瞬間、目が合った気がした。彼は、あの時の笑顔をまた見せてくれた。
彼は天使なんかじゃない。もっと、そう、神様のような存在だ。私に幸せな気持ちを与えてくれる神様だ。
私は神様に恋をしてしまったようだ。
「お姉さん!」
帰り道、ふと呼び止められた。振り向くと彼がいた。神様が舞い降りてきたのだ。
「なんでこんなところにいるの? アイドルが出てきていいの?」
「お姉さんの姿が見えて、つい」
お店で一度会ったきりなのに、覚えていてくれたんだ。嬉しい。
「お疲れ様。ステージ素敵だったよ」それはもう神様に思ってしまうくらいには。そして惚れてしまうくらいには。
「お姉さん」
彼が私に手を差し伸べる。
「一目惚れでした。お友達からでも構わない。付き合ってください」
「えっ……えぇ……!?」
突然の告白に困惑する。
アイドルや女優にスキャンダルは御法度だ。そんなことは彼もわかっているはず。
「どうしても忘れられそうにないんです。もしスキャンダルが心配だというのなら、誰も文句が言えないくらい立派なアイドルになってみせます。だから、それからでもいいから、僕を一人の男として見てもらえませんか」
神様だと思っていた一人の男はそう言った。
彼はどうかしている。そして、私もどうかしている。
「はい……」
差し伸べられた手を握った。
『神様が舞い降りてきて、こう言った。』
自分が嫌われようが厳しく言うのも、いざ困っているとつい手を差し伸べてしまうのも、ちょっとしたことをそっとフォローするのも、
「誰かのためになるならば」
じゃなくて、
「君のためになるならば」
なんだよ。
俺は聖人君子ではないから、ボランティア精神なんて持ち合わせていないし、誰にでもそんな優しくはできない。
俺の原動力は全て君なんだと、君の成し遂げた笑顔を見て、改めて思う。
君のためになるならば、俺は鬼にも仏にもなるよ。
『誰かのためになるならば』
あの憧れた美しい鳥を籠の中に閉じこめた。
美しい声で鳴いていたはずの鳥は、いつからか騒音に変わっていた。
それがあまりに煩くて、僕は耳を塞いだ。
鳥はそこで飾られているだけでいい。ただおとなしく、愛らしい声でたまに歌ってくれるだけでいい。
そうして、籠の中に閉じ込めた鳥は、いつしか空を飛べなくなってた。昔は空を自由に飛んでいた鳥は、もう自由じゃなくなっていた。
でも、それでいい。
籠の中で、僕だけに美しい姿を見せていればいいんだ。
そう思っていたのに。
目を離した隙に、鳥は消えていた。籠から飛び出して、いなくなってしまった。
静かになった部屋で、僕は今になって気付く。
僕がその翼を奪っていたんだと。あのまるで訴えるような鳴き声も僕が出させていたんだと。あのどこか悲しそうな、寂しそうな顔も。
籠から飛び立った鳥は再び自由を取り戻した。あの憧れた鳥本来の姿を思い出したように。
――でも。
お飾りの翼で構わないけれどね。煩い鳥なんていらない。美しく僕の為だけに歌ってくれる鳥でいい。
君に自由なんて必要ない。僕だけの鳥で良かったんだ。
仕方ないと、鳥籠を手にして立ち上がる。
さぁ、新しい鳥を探しに行こう。
『鳥かご』