「ありがとう!」
そう笑顔を向けてくる。
「友達で本当に良かった!」
おまえがそう言うたび、俺がどんな気持ちになっているか知らないだろう?
困ったら当然手を差し伸べてやる。でもそれは、本当は――。
わかっている。この想いが報われないことくらい。
おまえは俺に向かって友情を感じてくれているけど、それが一方的なものだって俺だけが知っている。
「友達って難しいな」
俺はそう呟いて溜め息を吐く。
その溜め息の理由を、おまえが知ることはきっとこの先もないのだろう。
それでも、これからもおまえの望み通りに友達を続けていく。俺に友情を感じてくれている限り、俺達は友達だから。
『友情』
「月見草かな、俺は」
話の流れで好きな花を言うことになった。
月見草が好きだと言う少年に、一緒にいた少女が尋ねる。
「今はなかなか見かけないっていうあの月見草ね。なんで?」
「なんでって言われても、綺麗だろ。それに、夜にひっそりと咲くのも、その名前も、月に届かない想いを抱いて見つめ続けているようで……なんだかいじらしくてかわいいじゃん」
「あ、案外、ロマンチストなんだね……」
「な、なんだよ! 悪いか!? そう言うおまえは何なんだよ」
顔を赤くして怒る少年。少女は笑いながら答える。
「私は朝顔かな。昔育ててたら愛情が湧いちゃって。それに朝型の私のように朝咲くし」
「朝顔に自分を重ねてるのか? そっちだってロマンチストじゃないか?」
「私はいーの。私は」
「なんでだよ!」
そう言い合って、二人は笑った。
そんな時間が永遠に続くと思っていた。
夜に咲く月見草。
朝に咲く朝顔。
二つの時間が交わることなんてなかったんだと、少女は随分後になって気付いた。
蕾が花開いた時にはもう全てが遅かった。
少年の月でいることはできなかった。
青く咲く朝顔を見て、涙を零した。
『花咲いて』
もしもタイムマシンがあったなら、小さい頃の自分に会いに行き、こんなクソみたいな親から引き剥がしてあげるのに。そして、優しく抱き締めて「大丈夫だよ」って言ってあげるのに。
そういえば、小さい頃は、親も優しかった気がする。うっすらとだが、しっかりと抱き締めてもらった記憶もある。
いつからだろうか。こんな風になってしまったのは。親が、こんな風に自分を扱うようになってしまったのは。
自分が悪いのか? 自分が悪いから、こんな風に扱われているのか? 自分が駄目だから、クソみたいな扱いをされてるのか?
「やっぱりクソはクソなんだな」
親が自分に向かって投げつける言葉。
あぁ、やっぱりクソみたいな親に育てられた自分もクソなんだな。
でも、もしもタイムマシンがあったなら、その自分を抱き締めて言ってあげるのに。
「大丈夫だよ」
「これからは自分が育ててあげるから」
『もしもタイムマシンがあったなら』
ふむ……『今一番欲しいもの』ですか――そうですねぇ。『♡』でしょうか?
え? くれる? ありがとうございます!
じゃあ貰いますね。
あなたのそこにある『ハート』。
『今一番欲しいもの』
この名前は子供の頃から使っているのでもうだいぶ長い付き合いとなる。人生の半分以上――いやもっと長い期間、この名前と一緒だ。
最初は嫌いだったこの名前も、今はもう自分なんだって思える。
「ひなた!」
叫び声と共に母が飛び出してきた。
傷だらけになった私を見て、母が泣きながら抱き締める。
「ひなた! ひなた! 良かった、あなたが無事で!」
その言葉にひどい衝撃を受け、泣き笑いで返す。
「うん。ひなたは、大丈夫だよ」
『私』以上にボロボロのそれは、もうそれ自体が何なのかもわからないくらいの塊になってしまっているし、反論することはできない。
「バイバイ、ひより」
元々双子だった二人は、悲しい事故で一人になってしまった。二人だけで歩いていたところを、トラックが突っ込んできたのだ。
事故で亡くなってしまった『ひより』。
そして、ボロボロになりながらも生き残った『ひなた』。
ひよりはもっと幼い頃から、親に虐待されていた。
とはいっても、暴力を振るわれたりするわけではない。ただ、ひなたと比べてはひよりを貶し、ひなただけに愛を注いでいた。
実際、ひなたの方が要領は良かった。ひよりは何も言い返せず、じっとおとなしく黙っていた。
片割れが亡くなった時は、同じ格好をしていた。ただ少しだけ、構ってもらえないひよりの方が、髪が跳ねたり、服の裾がめくれていたりと、ぐちゃぐちゃとした身だしなみだった。
そして事故が起きたが、ひよりは、幸いにもかすり傷で済んだ。
母はこの状況を見るなり、人の形を成していないボロボロな方を『ひより』と断定し、少し身だしなみが崩れているだけの方を『ひなた』だと判断した。
この時から、私は『ひなた』になった。
ひよりはいてもいなくてもいい、おまけのようなものだったから。
昔からひなたに対して羨望と嫉妬があった。何をしても愛されるひなた。それに比べ、何をしても癇に障ると言われるひより。
これはひよりと決別する為の、絶好の機会だったのだ。そしてひなたは生き続ける。これからも。
私の名前は『ひなた』。
遠い昔にお別れした、もう一つの名前を持っていた。
『私の名前』