川柳えむ

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 この名前は子供の頃から使っているのでもうだいぶ長い付き合いとなる。人生の半分以上――いやもっと長い期間、この名前と一緒だ。
 最初は嫌いだったこの名前も、今はもう自分なんだって思える。


「ひなた!」

 叫び声と共に母が飛び出してきた。
 傷だらけになった私を見て、母が泣きながら抱き締める。

「ひなた! ひなた! 良かった、あなたが無事で!」

 その言葉にひどい衝撃を受け、泣き笑いで返す。

「うん。ひなたは、大丈夫だよ」

『私』以上にボロボロのそれは、もうそれ自体が何なのかもわからないくらいの塊になってしまっているし、反論することはできない。

「バイバイ、ひより」


 元々双子だった二人は、悲しい事故で一人になってしまった。二人だけで歩いていたところを、トラックが突っ込んできたのだ。
 事故で亡くなってしまった『ひより』。
 そして、ボロボロになりながらも生き残った『ひなた』。

 ひよりはもっと幼い頃から、親に虐待されていた。
 とはいっても、暴力を振るわれたりするわけではない。ただ、ひなたと比べてはひよりを貶し、ひなただけに愛を注いでいた。
 実際、ひなたの方が要領は良かった。ひよりは何も言い返せず、じっとおとなしく黙っていた。

 片割れが亡くなった時は、同じ格好をしていた。ただ少しだけ、構ってもらえないひよりの方が、髪が跳ねたり、服の裾がめくれていたりと、ぐちゃぐちゃとした身だしなみだった。
 そして事故が起きたが、ひよりは、幸いにもかすり傷で済んだ。
 母はこの状況を見るなり、人の形を成していないボロボロな方を『ひより』と断定し、少し身だしなみが崩れているだけの方を『ひなた』だと判断した。


 この時から、私は『ひなた』になった。
 ひよりはいてもいなくてもいい、おまけのようなものだったから。
 昔からひなたに対して羨望と嫉妬があった。何をしても愛されるひなた。それに比べ、何をしても癇に障ると言われるひより。
 これはひよりと決別する為の、絶好の機会だったのだ。そしてひなたは生き続ける。これからも。

 私の名前は『ひなた』。
 遠い昔にお別れした、もう一つの名前を持っていた。


『私の名前』

7/20/2023, 8:11:16 PM