視線の先には見慣れたいつもの天井がある。
毎朝目が覚めて、まず必ず目にする天井。寝る時も、最後に目に入ってくる天井。
今日もふかふかのベッドで起きて、一日が終わり、またベッドへ入ってゆっくり眠って。それが幸せってものなのかもしれないよね~とウトウトしながら思う。
そして、徐々にまぶたに閉ざされていき、天井はとうとう見えなくなった。
視線の先はまぶたの裏へ。
おやすみなさい。
『視線の先には』
私だけは違うと思いたかった。
平凡な家庭に生まれ、これといった才能もなく、ごくごく普通に育った。
大学を卒業して、地元の零細企業に就職して、パワハラに耐えて耐えて――こんなクソみたいなところは私の居場所じゃない。もっともっと良い企業に勤めて、こんな奴らを見返してやるって、会社を辞めた。
転職は思ったよりも大変で、でも、地元の会社くらいこの学歴でどうにかなるんじゃないかって、そう思っていた。
お祈りメールが届くたび、おまえは社会に必要ないって言われているようで、辛かった。
そしていつからか、部屋から一歩も出なくなっていた。
心配して顔色を窺ってくる親がウザイと思う反面、とても申し訳ない気持ちになった。
どうして――どうしてこんな風になってしまったのか。
せめて普通の生き方くらいできると思っていた。大学を卒業して、就職して、結婚して、家族を作って。最低限、そんな一般的と言われる人生が送れると思っていた。むしろそれ以上の生活が出来ると思っていた。
引きこもり? あんなものに自分がなるわけないと思っていた。なってからも、すぐにどうにかなると思っていた。
こんな人生は違う。私は引きこもりではない。そんなことにはならない。意思が弱いあんな奴らとは違う。今はただ時期が悪いだけ。周りが悪いだけ。違う。他責思考ではない。これは事実だ。
現実から目を逸らして。私だけは、そんなものとは絶対違う! そう思っていたかった。
『私だけ』
君に出逢って、遠い日の記憶はそこへ置いていくと誓った。
これからどんな未来が待ち受けようが構わない。
君が国の為にと起こした出来事が反逆罪として扱われ、そして処刑されてしまう未来だったとしても。絶対に君を手放さないし、そんなことは起こさせない。
僕がここへ来たのはきっと、君と出逢う為。本来の目的なんてもう忘れる。
遠い日の記憶が教えてくれる。君を救う為の道程を。
いつかこの記憶が、全て書き換わり失われるとしても。それと共に僕という存在が消えてしまっても。
遠い未来からやって来た僕なら、それが出来るのだから。
君の為に、この世界の未来すら変えてみせるよ。
『遠い日の記憶』
「あれはソフトクリーム」
「あれは鳥に見える」
「あれは……わたがし!」
暇を持て余した二人は、原っぱに寝転びながら空に浮かぶ雲を指差して、いろいろな物の名前をあげていた。
あの雲は何に見える? それに見える。いや、あれに見える。
「わたがしって、ほぼそのまんまじゃん。さっきから食べ物ばっかだし。お腹空いてるの?」
そう言って一人が笑う。
笑われた方は顔を赤くしながら反論する。
「そんなことないって! たまたま、たまたまそう見えただけだもん!」
「じゃあ、あれは?」
「あれは――」
指の先にある雲。独特な形をしていて、はっきりと「何」と頭に浮かぶ物はない。
「えぇっと、あれは――」少し悩んで名をあげる。
「ヴリトラ」
「ヴリトラ? 何それ」
訝しげにこちらを見る。
そう聞かれても。
適当に頭に浮かんだ名前を呼んでみただけだ。慌てて言い訳をする。
「なんか、そういう、ほら、神様? みたいな。あの辺が顔であの辺が――」
「えー? 何それ。適当に言ってるでしょ」
「いやまぁそうなんだけど」
でもその雲を見つめていると、なんだかだんだん、本当にそうなんじゃないかという気がしてくる。
二人顔を見合わせた。
「きっと神様が私達を見守っててくれてるんじゃない?」
「あーもしかしてそうなのかもねー」
適当な返事と共に、再び空を見上げる。
青い空と白い雲、そして照りつける太陽。今日もまた暑くなりそうな予感がする。
もうそろそろ起きあがろうか。
大変なこともいっぱいあるけれど、神様が見守ってくれてるといいなぁ。なんて思いながら。
『空を見上げて心に浮かんだこと』
彼がその一言を発した。
――何を言っているの?
思わず自分の耳を疑った。
さっき私が言った言葉が聞こえなかったの? 聞こえた上で言っているの?
この人は、今までどんなに私が大変だったのか理解していない。だから簡単にその言葉が言えてしまうんだ。
彼の悪いところを全部見逃してきて、私はこれだけ必死に頑張って、その上で言った言葉だったのに。
そんな私にその一言?
ねえ聞いて。
もう一度言ってあげる。いいえ、わかるまで何度も。
『終わりにしよう』