川柳えむ

Open App

 私だけは違うと思いたかった。

 平凡な家庭に生まれ、これといった才能もなく、ごくごく普通に育った。
 大学を卒業して、地元の零細企業に就職して、パワハラに耐えて耐えて――こんなクソみたいなところは私の居場所じゃない。もっともっと良い企業に勤めて、こんな奴らを見返してやるって、会社を辞めた。
 転職は思ったよりも大変で、でも、地元の会社くらいこの学歴でどうにかなるんじゃないかって、そう思っていた。
 お祈りメールが届くたび、おまえは社会に必要ないって言われているようで、辛かった。
 そしていつからか、部屋から一歩も出なくなっていた。
 心配して顔色を窺ってくる親がウザイと思う反面、とても申し訳ない気持ちになった。

 どうして――どうしてこんな風になってしまったのか。
 せめて普通の生き方くらいできると思っていた。大学を卒業して、就職して、結婚して、家族を作って。最低限、そんな一般的と言われる人生が送れると思っていた。むしろそれ以上の生活が出来ると思っていた。
 引きこもり? あんなものに自分がなるわけないと思っていた。なってからも、すぐにどうにかなると思っていた。
 こんな人生は違う。私は引きこもりではない。そんなことにはならない。意思が弱いあんな奴らとは違う。今はただ時期が悪いだけ。周りが悪いだけ。違う。他責思考ではない。これは事実だ。
 現実から目を逸らして。私だけは、そんなものとは絶対違う! そう思っていたかった。


『私だけ』

7/18/2023, 10:48:09 AM