川柳えむ

Open App

 神様に恋をした。

 久々の完全オフの日。私はただひたすら眠ることしかできなかった。
 最近注目の女優――聞こえは良い。きっとみんなはキラキラしたものを想像するだろう。でも現実はどうだ。体力仕事、キラキラなんて程遠い。昨日も遅くまでドラマの撮影があって、ようやく我が家に帰って来られたのだ。
 いつも頑張っているのだ。たまの休みくらい、駄目人間をやってもいいよね?
 そんな感じで、気付けばすっかり夜。だいぶぐっすりと眠ってしまっていた。晩ご飯はどうしよう。出前――いや、さすがに少しくらい外に出るか。
 近所の小さな飲食店に入ってみる。初めてのお店だ。個人経営のようで、おじさんとおばさん、そして若い男の子が一人働いていた。客はいない。もしかしてもうすぐ店仕舞いだったのかもしれない。
「注文、まだ大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
 おばさんが柔らかい笑顔で答える。良かった。温かい雰囲気のお店のようだ。
「じゃあ、この定食を一つ」
 しばらくして男の子が料理を運んできてくれた。
 口にしてみると、想像していたよりも遥かに美味しい料理だった。閉店間際にしてももっとお客さんがいてもいい筈だ。こんなに美味しいんだから!
 箸がすごい早さで進む。あっという間に完食してしまった。
 そこへ、「こちらはサービスです」と、男の子がオレンジの乗ったヨーグルトを持ってきてくれた。
「え、いいの?」
「お姉さん、疲れているようなので……」
「私そんなに疲れた顔してる!?」
 慌てて顔を手で覆う。でもそうだよね。ずっと根詰めて仕事してたもの。
「すみません、変なこと言って。でも、ビタミンCもカルシウムも肌にいいんですよ。お姉さん綺麗なのに疲れた顔してるのが勿体なくて」
 うわー恥ずかしい! そんなセリフよく言えるなぁ。この子俳優に向いているんじゃない?
 でもそんなこと考えてサービスしてくれるなんて、天使かな?
「ありがとう」遠慮なくそれを受け取り、口に運ぶ。「美味しい!」
 私の言葉に男の子も嬉しそうに笑った。
 それが私達の出会いだった。

 再会は意外な場所で。
 それはまた、オフの日のことだった。
 ぼーっとテレビを見ていると、見覚えのある男の子が映った。
 ――って、え。今人気急上昇の新人アイドルグループ!? あの子、アイドルだったの?
 画面の向こうの彼は、あの日とはまた少し違う笑顔を浮かべていた。
 そんな彼が忘れられなくて、またあのお店へ行ってみたけれど、アイドルの仕事が忙しいのか、もうお店のバイトは辞めてしまったようだ。
 もしかしたらいつか何かで共演できるかもしれない。でも、それがいつになるかはわからない。それならライブに行ってみるしかないと、チケットを取り、初めてライブというものにこっそり参加してみた。
 ステージ上の彼は輝いていた。こちらを振り向いたその瞬間、目が合った気がした。彼は、あの時の笑顔をまた見せてくれた。
 彼は天使なんかじゃない。もっと、そう、神様のような存在だ。私に幸せな気持ちを与えてくれる神様だ。
 私は神様に恋をしてしまったようだ。

「お姉さん!」
 帰り道、ふと呼び止められた。振り向くと彼がいた。神様が舞い降りてきたのだ。
「なんでこんなところにいるの? アイドルが出てきていいの?」
「お姉さんの姿が見えて、つい」
 お店で一度会ったきりなのに、覚えていてくれたんだ。嬉しい。
「お疲れ様。ステージ素敵だったよ」それはもう神様に思ってしまうくらいには。そして惚れてしまうくらいには。
「お姉さん」
 彼が私に手を差し伸べる。

「一目惚れでした。お友達からでも構わない。付き合ってください」

「えっ……えぇ……!?」
 突然の告白に困惑する。
 アイドルや女優にスキャンダルは御法度だ。そんなことは彼もわかっているはず。
「どうしても忘れられそうにないんです。もしスキャンダルが心配だというのなら、誰も文句が言えないくらい立派なアイドルになってみせます。だから、それからでもいいから、僕を一人の男として見てもらえませんか」
 神様だと思っていた一人の男はそう言った。
 彼はどうかしている。そして、私もどうかしている。

「はい……」

 差し伸べられた手を握った。


『神様が舞い降りてきて、こう言った。』

7/27/2023, 3:29:36 PM