tiny love
長い生涯の中で、一度だけ好きな人が出来たことがあった。叶わぬ恋ってやつなんだろうなと思いながらだったけれど。
叶わないってことは最初から分かりきっていたから、抱いてから少しも大きさの変わらなかった、
手のひらくらいの小さなそれ。
変わらなかった。
手のひらより大きくなることはなかった。
でも、手のひらより小さくなることもなかった。
本当に叶わないと諦めていれば、
本当に要らないと思っていれば、
小さくして消してしまうことは容易だったろうに、それをしなかったってことはきっと、小さなそれはわたしの中ではその大きさ以上に大切に抱いていたものだったのだろう。
時が経って、わたしも歳をとってしまった。
手のひらとおんなじ大きさだったそれは、
相変わらず手のひらとおなじ。
あの頃は、わたしがそれを大きさ以上に大切にしていたこと。ただそれだけしか分からなかった。
誰かの恋話を聞いていても共感できなかったし、あの人にも本当に自分のことが好きなのかって泣かれたくらいだったけれど、きっと大切に、、
今自分の手元にある小さなそれは、あの頃と変わらず手のひらと同じで、しかし確かな重みがあった。
小さい理由は分からないけど、
どんなに小さくても確かに存在していたから、今はそれでいいと思った。
朝起きて、朝食を作って、あの人を起こして、
一緒に食べて、食べるのが遅いあの人より先に着替えて、あの人に声をかけて家を出る。
あの頃より手が大きくなってしまって入らなくなった指輪を通したネックレスを首にかけて。
tiny love。
一輪のコスモス
花を貰った。
一輪の赤いコスモス。
植物詳しくないし、花言葉とかもわかんないけど、
ただ何となく、綺麗だなと思った。
いや花だし当たり前なんだけど、学校の玄関に並んでるのとかそういうのとはなんか、違う感じで綺麗だと思った。
明日誰かになんで違うのかとか聞いてみようかと思ったけど、きっと好きな人に貰ったからじゃないかとか恋愛脳の馬鹿なこと言い出すから絶対ダメだ。
何となく気恥ずかしいけど、花瓶に突っ込むだけ突っ込んで枯れていくよりかはましだと思って、押し花にしようと思った。
「押し花 やり方 簡単」って、二度と調べなさそうなことを検索してみる。
ダンボールとかキッチンペーパーとか、
道具は家にあるもので揃いそうだったから、スマホを置いて取りに行く。
...。
いや別に、なんでくれたのかとか気にならないし。
花言葉とか調べなくていいし。
...。
そう思いながら置いたスマホを再び手に取ってしまうんだから、とんでもない恋愛脳の馬鹿だ僕は。
「コスモス 赤 一輪 意味 」って、二度と調べなさそうなことを検索してみる。
これから僕が何度もそれを調べるようになるのはまた今度のお話。
一輪のコスモス。
涙の理由
悲しくて
苦しくて
辛くて
痛くて
嬉しくて
楽しくて
感動して
あくびをして
聞かれて答えられるものも、答えられないものも、
無数にある涙の理由。
でもやっぱり数には限りがあって、その何倍も多い涙には、理由がつけられないものだってあって。
そんな理由のない溢れる涙は、何として存在できるんだろうななんて、思って。
でもきっと、
悲しいからでも
苦しいからでも
辛いからでも
痛いからでも
嬉しいからでも
楽しいからでも
感動したからでも
あくびをしたからでも
説明できなくても
理由がなくても、全部普通に一緒で、目から流れてくるものは涙として流れてくる。
涙の理由なんて、突き詰めれば誰も分からないのかもしれない。
目を乾燥や汚れや細菌から守るためにとか、血の代わりに目に栄養を持っていくためだとか、身体の仕組みでいえばいっぱいあるんだろうけど。
生きていく為だけなら必要のないはずの、
感情表現に使うことが出来る涙が、
他の何でもないぼくらだけに備わってる理由も。
感情の変化で出てくる仕組みになってる理由も。
きっと本当は誰にも分からない。
存在しない涙の理由。
※信号関係ないです!!すいません!!!
独白
誰かに見られることなんていうことはないと思うので、これには独白と名前をつけさせて頂きます。
私はもう老い先が短く、いつ何があってもおかしくない身です。
もちろん歳も歳ですが、
それよりもっと老い先の短さの理由を占めるのは、私の病気でしょう。
産まれた時からもう治ることは無いだろうと言われた病気でした。
寿命が人より短い。
それになんの実感もわかず恐怖もなく、
なのにどうせいつ消えるか分からない命だと。
弱い体を引きずり卑屈に生きてきました。
そんな事を続けて、40年が経った時でした。
私が彼女に出会ったのは。
母国の内外に限らず世界中を旅する彼女は、私の半分ほどしか生きてきていないというのに沢山の視点と、そして知識を持ち合わせておりとても遠くのところ、ましてや国外なんて出られやしない私は、彼女が話してくれるお話の中のような現実のストーリーを子供のように熱中して聴いていました。
彼女は不定期に何年も色々なところを飛び回っていますから、会える時はとても少なかったのです。
ですが一区切り着くと必ず私のところに来て、また新しい話を聞かせてくれるのです。
そんな優しい彼女に私は劣情を抱いてしまった。
無論伝える気なんてありません。
老い先も短く歳をとったこんな私が、未来ある優しい彼女に余計なことを言い足を引きずらせることはできませんから。
──なんて、ことを言い訳にしてはいますが、きっと私がそばにいて欲しいと、横で話をもっと聴かせてくれなんて言えば、優しい彼女は迷わず飛び回るのをやめ私の横に居てくれるのでしょう。
でもそんなことは許されない。他でもない私が許さない。
私は世界中を飛び回って、嬉しそうに元気に帰ってくる彼女を、きらきらして絶望なんて写したことがなさそうな瞳で語ってくれる彼女を愛していたのですから。
この短い先、二度と口に出すことの無いこの思いをこの文に残し、私はずっと彼女を待ちます。
この文の入った瓶を拾ったかもしれないどこかの誰かへ。
海が見えた。
世界を飛び回っていれば珍しいものでもないけれど、わたしはいつも海が見えると飛び込みそうになってしまう。
色んなところと繋がっている海は、きっと大好きなあの人にも繋がっているから。
今度はどんな話を持って帰ろうかななんて思いながら砂浜に近づく。
ふと、小さな小瓶が目に入った。
コルクを留めている真っ赤なシーリングの模様に、見覚えがあった。
急いで開けて中身を確認したわたしは、次の瞬間急いでスマホを操作し帰りの飛行機をとった。
独白。
熱い鼓動
脇腹が痛い。
やられすぎてもうどこが痛いのかってのも分からなくなってるけれど、群を抜いて痛いのはここだな。
たぶん形的に一番蹴りやすいんだなきっと。
昔からずっとそうだ。
おれは嫌な知識だけがついていく。
そのせいで完全に慣れてしまって、どんなに身体が痛んでも真っ先に浮かぶのはどうやって傷を隠すかということになってしまった。
習慣というのはつくづくすごいものだなあと思う。
そんな日々の中で、生というのを実感できなくなることなんかもある。
だが伊達に何年もこんな道の上歩いてきてない。
そんな時はひゅーひゅー鳴っている呼吸を沈めて胸に手を当てる。
そうするとどくどく心臓の鼓動が伝わってきて、俺は生きてるんだなって、おれはまだ生きていけるんだって、生を実感できる。希望が生まれる。
それと同時に、ここが止まるまではまだ生きているんだなって小さな失望も出てくるけれど。
それでもおれは、救いのない日々の中で、
それでも希望を見つけないといけないから。
生きていくために。動くために。
熱い鼓動