袋野ねず美

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「冬ってきらい。」

ニュースで何十年ぶりかの大寒波、
なんて言われていた中学二年の冬。
ワイシャツに学ラン一枚着たあいつが言った。
周りは勿論おれも、マフラーとか上着とかの防寒着でもこもこに膨れ上がってたのに。

何の話だ急になんて思いながら、特に話題もないので「なんで?」と返す。

おれは普段、放っておくと一生喋り続けているあいつの話に「ふーん」だの「へー」だのしか返さないから、あいつは少し驚いた顔でこっちを見た。

「なんだよ」
「お前って会話繋げたりできるんだなって」
「はー?」
「ごめんって」

正直なとこがこいつの取り柄であり短所だ。
変わったことはするもんじゃないなと考えているうちにもあいつは隣で喋り続けている。うるさいな。

そうこうしているうちにあいつと分かれる道が近づいてきて、そこでなんとなく「なんで?」に対する答えが返ってきていないことに気づいて、なんとなく「結局なんで冬がきらいなんだっけ」って聞いてみた。

「あー...」
「なんだったかな、もう忘れたわ」
「はー?記憶力よ」
「ははっじゃあまた明日」

誤魔化された感じもしたけど、そんなのどうでもいいだろと思って、あいつに手を振り返して一人の帰路に着いた。



中三の秋、あいつの葬式に参列した。

放課後校舎から飛び降りたらしい。

通夜の時に大人たちがもう冬が来ますねなんてテンプレートのような世間話をしているのを聞いて、
あの冬のことを思い出した。

学校のやつらが全員上着を着始めても頑なに半袖のシャツを着て登校してきたあいつが、珍しく学ランを着ていたこと。

あいつは死ぬほど寒がりだってこと。

あの時少し驚いた顔でこっちを見たあいつの表情に少しの焦りと期待が混ざっていたこと。

その後誤魔化すようにいつもより口数が多くなっていたこと。

あいつは頭がよくて、常に考えてて、どうでもいいようなことおれに話さなかったってこと。

あいつはすごく記憶力が良かったこと。

あいつがいつも着ていた半袖の裾から見えていたもののこと。

あいつが頑なに長袖を着なかったのは、それに気づいて助けて欲しかったからだったってこと。


半袖。

7/26/2025, 3:17:33 AM