夏
蒸しかえるような暑さ。
とめどなく溢れてくる汗でベタつく肌。
ギラギラ照りつける太陽。
どこから聞こえてくるのかも分からない蝉の声。
夏ってのはいつもそうだ。
クソ暑いし汗はベタベタくそほど気持ち悪いし太陽クソ眩しいし蝉の声もくそうるせえ。
詩的に書いたところで少しもマシにはならない。
なんて馬鹿な試みだ。なんだって一年に二、三ヶ月もこんな思いで生活しなきゃなんねえんだよ。
まだ一生冬の方がマシだ。
田舎すぎて帰り道に駄菓子屋すらねえし。
見渡す限り溢れんばかりの自然じゃねえかクソ。
風流の塊かちくしょう。
八月三十一日、夏休み最終日の定番だ。
だが今の時代温暖化だのが進んで気温が上がり続けたところでクーラーだとか扇風機だとかの冷房器具が散々でてきたし、夏休みが三十一日まであるなんてどこのどの学校ならあるんだと思うほどだ。
かくいう俺の通う高校はもちろん24日で終了。
ここ四年は変わらないなんとも悲しい事実だ。
それもこれも駄菓子屋すらねぇド田舎のくせして高校にクーラーなんてのがつけられたから。
朝クソ暑い中登校して教室に入った時には給料を出してやりたいほど感謝するものの、八月のことを思い出すと消しゴムをぶん投げてやりたくなる。
そんな日を続けたが夏休みに入り、大都会東京にあるばあちゃん家に行った頃には全ての恨みが消え去っていた。それでめいっぱい楽しみ満喫し帰ってきたらまたこれだ。
クソ暑い中登下校を繰り返す。
夏なんてクソくらえだ!滅びちまえ!って。
俺のきらいな夏っていうのはそんな季節だった。
六年前の一日までは。
小学四年生の七月十七日。
学校の帰り道にある空き家に人が入った。
友達が言うにはチュウガクセイのやつがいるんだと。同い年のやつだったら遊んでやってもいいかもな、なんて考えていた矢先のことだった。
それが年上!絶対関わることはないんだろうと思った。
夏休みに入った七月二十五日の昼間。
今までが比べ物にならないほどに太陽が照っていた。
友達と遊んで、昼を食べに帰っていた途中だった。
気まぐれに少し見上げた先に、黄色い光が見えた。
太陽みたいに光って、でも太陽よりずっと綺麗で、太陽に照らされるために太陽の方を向いている。
見入っていた。
漫画とかによくある目を見開いて、瞬きもせずに見つめている嘘くさいと思っていた描写のように。
思わず見入っていたそれは、あの空き家だった家の庭に生えていた、たくさんの向日葵だった。
雑草とその近くに生えている小さな花はあるものの、実物の向日葵を、それも規格外の大きさのものなんて見たことがないものだから、それはそれは珍しくて目を見開いて見つめていた。
その目を瞬かせたのは飛び込んできた水だった。
「うわっ」
思わず声を上げて、飛んできた水の先を振り返ると誰かがいた。
「目が焼けそうだったから冷やしてやったぞ」
そう言い放った背の高いやつを、俺はすぐにこの空き家に越してきた中学生だと察した。
顔の特徴とか、どんな服を着てたかだとか、そんなのは覚えていない。けれどその後その中学生とした会話が今までにしたどんなことより面白かったのだけは覚えている。
いや、仕方がないだろう六年も前でしかも小学生だったんだから。小説の主人公じゃあるまいし。
それからたまに世間話をした中学生の子は、その夏の終わりに引っ越して行った。びっくりするほど短いと驚いたが、そいつにしてみれば良くあることなんだと、
……言っていた気が、しなくも、ない……
人が消えた家はがらんとしていたけれど、あの向日葵は今でもまだ残っている。
近所のおばちゃんが水をやっているんだと。
夏じゃないと見られないわけじゃないけど、俺の出会った時のあの花は夏にしか居ない。
ライトノベルの様に引っ越してきてすぐ消えていったあの子の記憶がくっきりと残っていたりはしないけれど、夏になるとあの花がまた見える。
そこだけで、それだけで、俺の1番好きな季節だ。
夏
7/15/2025, 9:58:34 AM