※ほんのりですが児童●待と取れるような描写があり、捉え方によっては酷いバッドエンドとも言えます。苦手な方、地雷の気配を感じた方はご注意ください。
ある満月の晩。
リビングの窓越しに見える月があまりにも綺麗だったので、そんなガラではないのに深夜の散歩と洒落こんでみた。
スマホと鍵、煙草とライターと携帯灰皿をスウェットのポケットに雑に突め込み、玄関を出て施錠をしアパートを出る。
目的地も定めずに家を出てきてしまったが、ふと、十五分ほど歩いた所に小さな公園があったことを思い出した。大学生にもなれば流石に公園なんて場所には縁がなく、その公園には一度も足を踏み入れたことがなかった。成人した男が一人で深夜に公園って······と、想像した景色は怪しさ満点ではあったが、もう日付も変わりそうな時間帯である。人目にはつかないだろうし、万が一通報されたとしても身分証出して深夜ウォーキングしてました〜で何とか······あ、そういえば財布置いてきたんだった。手元に身分証ねぇわ。
······そんなくだらないことをつらつら考えつつ、見慣れたようで見慣れない道をキョロキョロと物珍しげに眺めながら歩いていれば、十五分なんて距離はあっという間だった。夜の空気は冷たく、だからこそ澄んでいて、悪いもんでもないな、なんて思った。
辿り着いた公園。入口のタイルみたいになってるコンクリートを踏み越え、敷地の中へと歩を進めた。
ぐるりと見渡せば、滑り台に鉄棒、砂場、ブランコといったド定番中のド定番な遊具しかないものの、小さいしショボイとはいえここは確かに公園だった。きっと昼間だとか夕方前頃には、この近隣に住む子供たちが我が物顔で占領しあちらこちらへと走り回り、活気に溢れていることだろう。
しかしまぁ、公園で遊ぶのは子供の特権。この歳にもなって、例え深夜で人目が無いと言えども、一人でこれらの遊具を使い遊ぶつもりなどさらさらない。それこそ不審者として通報されかねない。
入口に突っ立ったままだった俺は、少し離れた右手側にベンチがあるのを確認し、そこを目掛けて歩き出す。じゃり、じゃり、とクロックスが細かな砂を踏みつける音が、静かな世界に響き渡る。
そうしてベンチに辿り着いた俺は腰を下ろし、ポケットをまさぐって煙草を取り出し、一本口に咥えてライターで火を灯した。煙草を摘んでいる反対側の手でポケットの中の携帯灰皿を出しがてら、煙草を口元から外し夜空へ向けて「ふぅー」と煙を吐き出す。公園は外周を何本もの木に覆われてはいたが、それぞれの枝の先で枯葉が生い茂りあうその中央にはぽっかりと穴が開いていて、そこからあの綺麗な月が顔を覗かせていた。
「うーん、絶景」
そう独り言ち、再び煙草を咥え直した時······さっき俺が響かせたのより随分と小さかったが、じゃり、じゃり、という他人の足音を耳が拾った。
こんな時間に誰だ? 不審者か? と自分のことを棚に上げて暫しそのまま上を見上げながら硬直していると、音の出処はどんどん近付いてきて、俺の座っているベンチのすぐ右側辺りで止まった。
ゆっくりと、そちらへ首を向ける。そこにはなんと不審者が······なんてことはなく──いや、不審という点では間違ってはいないのだが──小学校の低学年ぐらいだろうか? 十歳に到達しているかしていないか、それぐらいの年齢に見える女の子が立っていた。
それを確認した俺は、そこでまた暫し硬直する。こんな日付けが変わりそうな深夜の時間帯に、公園で一人佇む小さな女の子。明らかに異質だった。俺が異質だと感じたのはそれだけではなく、女の子は異様なまでにニコニコとした笑みを崩さない。逆に無表情だったり、怯えた様子だったりしたならば、何かワケありの子なのかな? というような憶測も立てられようものだが、しかしその子は笑顔なのだ。こんな時間の、男子大学生が一人で煙草を吸っているだけの、そんな地味でつまらない空間に居ながら、ニコニコと嬉しそうに笑っているのだ。
あんまり関わり合いにならない方がいいかな······なんて考えながら、特にこちらから話し掛けるようなことはせずに煙草の煙を吐き出すと。
「それ!」
突然上がった幼く高い声に、ビクリと肩を跳ね上げて女の子の方を見る。「それ」が何を指しているのかわからなかったが、女の子は俺の顔目掛けて人差し指を一本、地面と水平になるように伸ばしていた。
「······それ?」
聞き返してみれば、「うん! それ!」と、よくよく見れば俺の顔ではなく、俺が指に挟んだ煙草を指さしていることに気が付く。
「あのね! それ、お父さんも吸ってた!」
その子供特有の曖昧な指示語では、「それ」が煙草全般という大きな括りを示しているのか、はたまた銘柄まで絞って「それ」と言っているのかはわからなかったが、あえてここで話を深掘りさせる必要もないだろうと判断し、「へぇ、そうなんだ」と当たり障りない返事を返すに留める。
そうして訪れる沈黙。俺からは話しかけないぞ、の気持ちをアピールするつもりで、子供の横で悪いとは思いつつひたすら煙草を吸っては煙を吐く。その間に女の子は何を思ったのか、間に人一人分ぐらいの距離を開けてベンチに座ってきていた。別に子供が嫌いなわけではないが、そんな年代の子と接するような機会なんてないし、何を喋ればいいのか全く分からない。いや、わからないぐらいで丁度いい。変に話し掛けたら不審者通報待ったナシかもしれないのだ。世知辛い世の中である。
そしてまた、沈黙が訪れる。俺は煙草を吸い、女の子はベンチに座ったまま両足をプラプラと揺らしている。ただそれだけの時間。
······一本煙草を吸い終わり、携帯灰皿に吸殻を押し付けた俺は、観念したように深い溜息を吐きながら女の子に尋ねた。
「······あの、さ。家。帰らなくていいの?」
女の子は相変わらずニコニコと口角を上げたまま、両足のプラプラもそのままに、視線を己の爪先辺りに固定して「うん!」と。
「お母さんがね、ちょっとでかけてくるからって! たまにね、ここでしばらく待っててねって言われるときもあってね! 今日は家にいてもお母さんいないから、だからかえらなくてもだいじょうぶなの!」
子供の話すことは支離滅裂だ。俺の顔を見て必死に言葉を紡いではいるが、きっと俺にはこの子の言っていることの半分も理解出来ていない気しかしない。
いや、それ以前にだ。何となく今の会話から察するに、この子のお母さんとやらは割とろくでもないのでは? 恐らくこの子は、この時間にこの公園に来ることが初めてなわけではないのだ。むしろ逆に、頻繁に居る確率の方が高いのでは、と感じる。こんな時間に子供を放ったらかしにして、そのお母さんとやらは何処へ行っているのか。自分の子供の安否・生死にすら勝る大事な用があるとでも?
俺が言葉に詰まり、口ごもっている間も、少女は嬉しそうに俺に向け話し続ける。両の手をちっちゃなグーにして、それを時たま上下に振りつつ、身振り手振りをつけて、必死に。
「あのね! ここでわたしいがいの人と会ったの、はじめてなの! おにいさんがはじめて! とってもうれしい! わたしのお庭にようこそ、おにいさん!」
「あ〜······どうも、お邪魔してます······」
とりあえず適当に返事をしてやったら、「えへへー」と女の子は照れ臭そうにはにかんだ。
「ねえねえ、おにいさん! 明日、晴れるかなあ?」
女の子は星空に浮かぶ月を眺めながら、俺に問う。
「明日······?」
俺は夕方にニュース番組で見た天気予報を脳内で思い返す。確か「明日は全国的に晴れ、温かな冬晴れになるでしょう」なんて言っていたっけ。
「明日は晴れだと思うよ。今日は月もこんなに綺麗に見えてるし」
女の子は「ほんとー!?」と喜んだかと思えば、次の瞬間には首を傾げて。「お月さまがきれいだと晴れるの?」と疑問を口にする。
「······もし曇ってたら、お月様見えないだろ? 曇ってると雨が降る確率が上がるんだ。だから夜に空を確認して、曇ってなければ大抵次の日は晴れになる」
今の説明でわかったのかわからなかったのかは不明だが、女の子は難しそうな顔をし、続ける。
「······でもでも、今はくもってないけど、このあとブワァー! ってとつぜんくもってきちゃったらどうしよう······そうしたら、明日雨ふっちゃう······?」
不安そうな顔を俯かせ、女の子はキュッと両手でワンピースの裾を握り締めた。明日何があるのか知らないが、よほど大事な予定でもあるのだろうか。
ふと、自分が女の子ぐらいの年齢だった頃を思い出す。ああそうだ、そんなこともしてたっけ。
俺はベンチから立ち上がり、二歩ほど前に進んで止まる。片方のクロックスを、甲と指の間ぐらいに引っ掛けてプランと浮かせる。
「あーしたてんきになーぁれ」
そうして控え目に、あくまでも控え目に口ずさんでから、宙ぶらりんだったクロックスを前方へと向けて勢いよく飛ばした。
片足でケンケンしながら移動し、落下したクロックスを見下ろす。気付けば女の子もベンチから駆けてきたようで、一緒になってクロックス──上を向いて落下したらしいそれ──を見つめていた。
「ん、上向いてる。これが横向いてたら曇りで、裏側だったら雨。だから明日は、やっぱり晴れ」
「そう、なんだ······。ッそうなんだ······!」
女の子は嬉しさを抑えきれない様子で、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら二周半ほどくるくると回った。
「あのね、あのね! 明日晴れたらね! お父さんがどっか遠いところまで遊びにつれていってくれるって! やくそくしたんだよ! ゆびきりげんまん、したの!」
飛び跳ね回りながら、女の子はそう言い嬉しそうにはしゃいだ。
「お父さんおむかえ早いから、わたし、もうおうち帰ってねるね!」
女の子はタタタッと一瞬小走りに駆けたあと、一度立ち止まってこちらを振り返り。
「またね! おにいさん!」
最後まで嬉しそうに、楽しそうにニコニコしながら、走って公園から出ていった。
「······またね、か」
そう言われても、今日だって本当にただの気まぐれで足を運んだだけだ。それに、俺はよくても、やっぱりあんなに小さい子がこんな時間に外を出歩いているのはおかしいし、あまりにも危なっかしいが過ぎる。でもあの子は、まるでまたここで俺と会えることを信じて疑っていないような口振りだった。そう、まるで······「私はいつでも居るから」と言外に告げているようにも感じられた。
やはり俺は、あの子と関わらない方がいいと思った。この場所に立ち寄ることもしない方がいい。もしも再びこの時間にこの場所へ訪れる日が来るとしたら、それは······今日みたいに変なきまぐれを起こすか、よほどの何かがあった時ぐらいだろう。
そう決意し、俺は公園を後にした。その時はまだ、考えもしていなかったのだ。そう遠くない未来に、もう一度この場所を訪れることになるだなんて。
──ガードレールに突っ込んだ車、河川へ転落。引き上げられた車内からは男性と少女の遺体発見。無理心中か。
「······やあ」
月のように白いシラユリの花束を持ち、俺は事故が起こった河川敷······ではなく、あの夜女の子と遭遇した深夜の公園へと足を運んでいた。
まさか、こんなにあっさり再会することになるだなんて思いもしていなかった。どうしてだろう。本当に、どうしてだろうね。
俺は、あの日あの子が座っていたベンチ、まさにその場所にそっと花束を置く。好きな花のことなんて聞いてなかったけど、少しでも気に入ってくれればいいのだが。
······もしもあの日、雨が降っていたなら。晴れていなければ。クロックスが裏側を向いていたならば。
あの子は今も、この場所に居たのだろうか?
そんな「もしも」を打ち消すように首を振る。そうして花束と人一人分ぐらい空けた隣に腰を下ろし、煙草の煙を燻らせる。あの子の存在が、あの夜の思い出が、煙と一緒に溶けてなくなってしまいそうだ、と思った。それが何だか無性に腹が立って、泣きそうになった。
煙草を吸い終わるとベンチから立ち上がり、隣の花束へと声を掛ける。
「またね」
そうして俺は公園から出て、自宅への道を歩く。
冬晴れは、まだ暫く続くそうだ。
幸せとは何だろう。
それはきっと一人一人違う形をしていて、一言で「幸せ」を説明出来るような言葉なんてないと思うのだが。
金が「幸せ」の人も居れば、愛が「幸せ」の人も居て、生が「幸せ」の人も居れば、死が「幸せ」の人も居るはずだ。
なのでこれはあくまでも、重ねて書くがあくまでも、私個人の所見となってしまうのだが。
人波に上手く乗れることが「幸せ」だと私は思っている。それは言い換えれば、大多数派の無個性とも称されてしまうものかもしれないが、その波に上手く乗れない人間は一人孤独に海の波間に沈んでいくしかない。
昔の私は「個性」が欲しかった。他人とは違う何かを欲していた。好む音楽、好む服装、好む趣味、意図的ではなかったが私は大多数からは逸脱していた。それはきっと今でもそうで、流行りものには飛びつかないし流行を追うことなく自分の好きなものだけを愛で続けているが。
果たしてこれが私が望んだ「幸せ」だったのだろうか? 一般人、大多数の人間が持つ感性を、私はいつ、何処で捨ててきてしまったのだろうか。
そう考えることが度々ある。「幸せ」とは、本当に難しいものだ。
※1/1に書いた、自殺志願者の二人の男の話の続き。まだこれはBLではないと言い張りますが、ふんわりと香る程度でも苦手な方はご注意ください。
「あ〜〜〜〜〜もう! 疲れたーー!!」
「あはぁ〜、そうですねぇ〜」
「誰のせいだと思ってんだ!!」
「え〜〜? 誰のせいですかぁ〜?」
「お前だよ! お、ま、え!!」
「あははぁ〜〜〜」
「“あははぁ〜〜〜”じゃねぇんだよ、この酔っ払いが!!」
······あの後。
初日の出を見ながら二人で缶ビールを開け乾杯し、お互い一本ずつ飲み干したわけなのだが······今思いっきり俺の体に体重を掛けながら下山中のこいつ──雲河昇(うんがのぼる)は、ビックリするほど酒に弱かった。缶ビール一本飲み終えただけでご覧の有様だ。こんなに弱くてよくもまぁ死ぬ前用にと二本も用意出来たものだ。どの面下げて、案件である。一本飲んだらそのままその場で寝転んでスヤスヤし、目的を果たせずに終わるこいつの姿があまりにも鮮明に想像出来すぎる。······いや、そのままあそこで寝て凍死、説も無くは無いのかもしれないが。
「おら、全部降りたぞ!! 次どっちだ!?」
「え〜? 次〜??」
「お前の! 家!! どっちに歩けば着く!?」
「あ〜〜〜家、家ねぇ〜······多分あっち〜〜」
「あっち!? どっち!? せめて指させ!!」
「あはぁ〜〜〜あっち〜〜〜〜」
「だあーーーーーーもう!!! 道案内も出来ねぇのかお前は!!!」
成人男性一人分という大層重い荷物を引きずりながら、とりあえず雲河の見ている視線の方向へと進むことにする。どうやら正解を引き当てたらしく、「そ〜〜〜〜〜、そのままあっち〜〜〜〜〜」と、肩にのしかかる雲河は機嫌良さそうにニコニコしている。この野郎、後で覚えてろよ······と腸を煮えくりかえしながら、雲河曰く“あっち”へと歩を進めていく。
『あんたの名前、教えてよ』
······今になって思えば、どうしてあの時あんなことを口走ってしまったのか、自分でもよくわからない。ただ一つ、言えることは──。
『······雲河、昇』
うんがのぼる。運が上る。皮肉みたいな名前ですよね。
自虐的な言葉と共にそううっすら笑む雲河に、俺は。
『何で? いい名前じゃん。それに俺だって似たようなもんだ』
そう言い切り、これまで一ミリたりとも好きだなんて思えなかった自分の名を告げた。
『俺はね、久遠輝(くおんひかる)っつーの。こんな、芸能人かよ? みたいなキラキラした名前、俺には不釣り合い甚だしいっつうか?』
首を竦めて呆れたようにそう吐き捨て雲河を見遣れば、今まで覇気のない死んだ魚のような有り様だった奴の瞳は、変わらず俺らを照らし続けていた初日の出と同じぐらい、キラキラ、ピカピカと、輝きに溢れていて。
『〜っお、俺も! ······その名前、いいと思う。最初に見た時の君の印象にピッタリで······すごく、いいと思う······!』
······そんなふうに、半ば前のめりになりながらそう力説され。
正直、嫌じゃなかった自分が居た。今まであんなに嫌いだったのに。俺が「いい名前」だと認めたこいつに「いい名前」と言われたことが、素直に嬉しくて。出会い方、初コンタクトからこの状況に至るまで全てが奇妙で、奇抜で、奇縁で、それはつまり「運命」みたいな何かなのではないかと。ガラにもなく、そう思ってしまったんだ。
自殺志願者同士で傷の舐め合い。そんな色気もクソもロマンスもねえ運命だけど、それはそれで面白くていいんじゃねーの?
「本当にこっちで合ってんだろうな?」
「ん〜〜〜〜〜多分だいじょぶ〜〜〜〜」
「多分て······おい、雲河」
一度足を止め、未だに頭を左右にフラフラとさせ締まりのない顔で口元を緩めている雲河の両肩を掴み、真正面から射抜くように見つめる。
「俺はな、一刻も早くお前の家行って何か水分補給して泥のように眠りこけてぇんだわ。な? わかるだろ?」
「え、えっ、と······うん······」
「だったら」
俺の真剣な顔を見たことで若干でも酔いが冷めたのか、とろんとしていた雲河の瞳は元の形へとほんの少し形状を整え、さっきまでのふにゃふにゃ具合も何処へやら。酔っ払う前のおどおどとしたこいつ本来のものであろう振る舞いに近付き、必死に俺の放った言葉を追いその意味を理解しようと努めている様子。
そんな雲河に、俺はニッコリと一つ微笑んでみせて。
「道案内、しっかり頼むわ。昇」
あえて初めて下の名前を呼び捨てで呼んでやれば、その呼ばれ方に耐性がないのだろう。白を通り越して青みがかってすらいた肌、その全ての血が顔面に集合したみたいに、昇は耳や首までを真っ赤に染め、羞恥なのか感動なのか知らないが、その場でフルフルと小刻みに震えていた。
なぁんか、さっきまで見ていた初日の出みたいだ、なんて思ってしまったのは秘密にしておこうと心に誓った。
真面目に今年の抱負を書こうと思います。
仕事に遅刻をしない。
これ、今の派遣の職に就いてから割と真剣に悩んでいることなのですが、通勤中のバスや電車の中で、酷いと立ってる状態でも寝入ってしまうことが多々頻発してしまっておりまして、職場の方々にはご迷惑をお掛けしまくった上に、恐らく私への社会的信用はほぼ無いに等しいのだろうと思う場面も多々ございまして。
以前十五年勤めた食品レジでのシフトは、学生アルバイト時代を含めてほぼラストまでのシフトで生活をしておりました。大学を中退しパートになってからは勤務時間が増え、うつ病で療養に入る前は十四時頃〜二十三時頃のシフトで長い期間働いておりました。つまり、完全に昼夜逆転現象を起こしてしまっていたのですよね。朝方に寝始め、昼過ぎに起き、準備だけちゃちゃっと済ませて徒歩圏内の職場へ出勤する、という流れでした。
更に厄介なのが、いつ頃からかもう覚えてはおりませんが、不眠症のような症状にずっと悩まされていたことです。先程朝方に寝始めると書きましたが、寝始めるといっても「眠いから寝る」のではなく「寝ないといけないから寝る」といった感じで、夜に眠気が訪れない・寝ようとしても全然意識がなくならない、といった症状が、メンタルクリニックに通院し眠剤を頂くようになるまでずっと続いておりました。
そんな生活リズムぶっ壊れ人間がそうそう簡単に朝型人間になれるわけもなく。それでも、眠剤によって以前より格段に入眠しやすくなりましたし、目覚ましをかけていれば朝にだってちゃんと起きれるは起きれるのです。そうして準備をし、バス→電車と乗り継いで今の職場へ向かうわけなのですが······時々バスでも電車でも、やらかしてしまっていたという。
バスはまだマシなのです。何故なら降車駅が終点であるため、ガチ寝してしまっていても運転手さんに起こして頂けるので(大の大人がされるにはあんまりにあんまりな失態ではある)。問題は電車の方で、乗車して十分ちょいほどで降車駅に着くのですが、いちばん酷い時は終点までガチ寝してました。その時点で出勤時間とっくに過ぎてました。そこから逆行きのホームに向かい、結局30分以上の遅刻で出勤することになりました。
このような話をメンタルクリニックの主治医にしたところ、眠剤が効きすぎている可能性を指摘されまして。そこから何度も調整を繰り返し、仕事納めまでの数週間ほどは何とか遅刻せずに出勤出来ていたかと思います。
自分で考えた対策としては、それまでは車内でイヤホン越しに音楽を聴いていたので、それを動画に変更してみることにしたのですが、音楽だけの時よりは効果がありましたが結局途中から猛烈な眠気が襲ってくる、といった感じでした。ソシャゲも同様でした。
なので、とにかくもっと早い時間に就寝出来るように帰宅後はパッパとやること・遊ぶことを済ませ、充分な睡眠時間を確保する生活に慣れていくことが今年の目標です。
一度失った信頼は取り戻せないと理解はしておりますが、これ以上職場の皆様にご迷惑をお掛けしないよう、仕事が始まったら誠心誠意日々を過ごしていきたいところです。
元旦の早朝。新しい一年が始まってまだ間もない、体の芯から冷えるような凍てつく空気の中、俺は所謂“自殺の名所”とやらに来ていた。ネットで色々調べた末、ここが見つかりにくく誰にも迷惑をかけず、且つ、確実性のある場所だろうと判断してのことだった。何を隠そう、俺は年末に命を絶つことに乗り遅れた自殺志願者だ。
もうずっと昔から、こんな人生には飽き飽きしていた。友人は数こそ少なかれど居るには居る。ゲームだとかネットサーフィンだとか、趣味と言えなくもない趣味も一応は、ある。だけどそれが何だって言うんだ。そんなもの、何の未練にもならない。俺を現世に留める楔になどなりえはしない。人間に揉まれて生きていくことに疲れた。日毎起こる凄惨な事件、政治家の汚職報道、芸能人のゴシップなどという悪意に塗れたものを摂取することに疲れた。将来のことを考え、この先に明るい未来など待っていないという現実に直面し続けることに疲れた。もう何もかもから解放されたかった。
もう終わらせよう。全てのしがらみから解き放たれよう。そう決意し、早朝とも言えない深夜の時間帯に車を走らせ、一歩一歩確実に、寒さと疲れでヒィヒィと白い息を吐きながら進み続け、漸く辿り着いたこの山頂。
「あーーーーーっ!!! クソッタレーーーーーッ!!!!」
腰辺りまでしか高さのない、人の命を守る気なんてなさそうな安全柵もどきに手を置き、ぐっと前のめりになりながら大声で叫んでやる。
登頂した俺の目に最初に飛び込んできたもの。それは、煌々と輝きながらゆっくりと上昇していく美しい初日の出だった。神々しいとすら思えてならないそれを見て、不覚にも感動してしまったなんて馬鹿みたいじゃないか。今更こんな感情なんて要らないだろう。だって俺は死にに来たんだぞ。
「バッッッッカやろーーーーーーー!!!!!!」
輝かしい光が歪んで見えなくなる。頬を伝う涙は、俺の心を一層惨め一色に染め上げた。何でかなぁ。どうしてこうも上手くいかないんだろう。
一人鼻を啜っていると、背後の茂みがガサガサと音を立てる。風によるものではない。何事かと後ろを振り向けば、俺と同じぐらいの年代に見える一人の男が、何処か恐縮そうな面持ちでそこに立っていた。手にはコンビニのビニール袋。それ以外の荷物は何一つ見当たらない、あまりにも身軽すぎる出で立ち。
事態を飲み込めず凝視するしかない俺へ向け、男は一言。
「えぇっと······俺、何かしちゃいました?」
まるで何処かの異世界転生主人公が言いそうな台詞を、こんな状況で、こんな場所で、実際に耳にすることになるとは思いもしていなかった。
「その······バカヤローーー! って、聞こえたので······」
俺が何かしちゃったのかな、と。
だんだん尻すぼみになっていく声量と、居たたまれなさそうに視線を右往左往させる男の様子を見ていたら、この状況のあまりの奇天烈さに思わず腹の底から笑いが込み上げてくる。
「クッ······ふふ、ハハッ!」
突然笑いだした俺を見て男はポカンとしていたが、その様もまた滑稽で尚更笑いが止まらない。
ひとしきり笑い終え······俺は目元に滲んだ涙を指で拭いながら、男に尋ねる。
「あんた、こんな時間にこんな場所で何してんの?」
「あ、その······えっと······」
「あ、もしかして? 自殺しに来た?」
言い淀む男に向かって冗談交じりにそう問えば、男は一瞬押し黙り······コクリと一つ、首を縦に動かした。
「······アハッ。マジで?」
「······マジ、です」
「そっかぁーマジかぁー。実は俺もなんだよね」
「えっ!?」
驚いたように声を上げる男に向け苦笑し、俺はクルリと身を翻す。さっきよりも高度と明度を増した初日の出が、爛々と空に輝いている。
「そのはずだったんだけどさぁー。······これ見たら、やる気なくした」
「あ······初日の出······」
男はゆっくりと歩を進め、俺の真横に立つと、同じように初日の出に見入る。男の横顔は、俺の気持ちを代弁しているかのようだった。こんなにも美しいものがこの世界にはまだあるのか、と。
「どーする? やる? やめる? やるなら止めないし、俺はもう行くけど」
俺の問い掛けに、男は穏やかな顔で首を左右に振った。そしてその場にドカリと腰を下ろし、ビニール袋の中身を出していく。
「本当は、死ぬ前に飲もうと思ってたんですけど」
そこには、二つ並べられた缶ビール。その一本を手に取り、男は俺に向けてそれを差し出す。
「······乾杯、しませんか? その、よければ······ですけど······」
またもや自信なさげに声のボリュームを落としていく男の手から、奪うようにして缶ビールを手中に収める。
そうして俺もその場に座り込み、プルタブに手をかけて······その前に、と。
「あんた、家ここの近く?」
「え? あ、はい······一応、徒歩圏内ですけど······」
「オッケ。俺車で来ちゃったからさぁ、この後あんたん家お邪魔していい?」
「えっ!? べ、別に、構いませんけど······」
「あと」
俺は一つ息を吸い。冷たい空気が肺に満ちる感覚に“生”を実感して。
「あんたの名前、教えてよ」
······かくして、自殺志願者だった俺達は。初日の出の美しさと、奇妙な二人の出会いに「乾杯」と声を重ねるのだった。