アシロ

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※1/1に書いた、自殺志願者の二人の男の話の続き。まだこれはBLではないと言い張りますが、ふんわりと香る程度でも苦手な方はご注意ください。



「あ〜〜〜〜〜もう! 疲れたーー!!」
「あはぁ〜、そうですねぇ〜」
「誰のせいだと思ってんだ!!」
「え〜〜? 誰のせいですかぁ〜?」
「お前だよ! お、ま、え!!」
「あははぁ〜〜〜」
「“あははぁ〜〜〜”じゃねぇんだよ、この酔っ払いが!!」
 ······あの後。
 初日の出を見ながら二人で缶ビールを開け乾杯し、お互い一本ずつ飲み干したわけなのだが······今思いっきり俺の体に体重を掛けながら下山中のこいつ──雲河昇(うんがのぼる)は、ビックリするほど酒に弱かった。缶ビール一本飲み終えただけでご覧の有様だ。こんなに弱くてよくもまぁ死ぬ前用にと二本も用意出来たものだ。どの面下げて、案件である。一本飲んだらそのままその場で寝転んでスヤスヤし、目的を果たせずに終わるこいつの姿があまりにも鮮明に想像出来すぎる。······いや、そのままあそこで寝て凍死、説も無くは無いのかもしれないが。
「おら、全部降りたぞ!! 次どっちだ!?」
「え〜? 次〜??」
「お前の! 家!! どっちに歩けば着く!?」
「あ〜〜〜家、家ねぇ〜······多分あっち〜〜」
「あっち!? どっち!? せめて指させ!!」
「あはぁ〜〜〜あっち〜〜〜〜」
「だあーーーーーーもう!!! 道案内も出来ねぇのかお前は!!!」
 成人男性一人分という大層重い荷物を引きずりながら、とりあえず雲河の見ている視線の方向へと進むことにする。どうやら正解を引き当てたらしく、「そ〜〜〜〜〜、そのままあっち〜〜〜〜〜」と、肩にのしかかる雲河は機嫌良さそうにニコニコしている。この野郎、後で覚えてろよ······と腸を煮えくりかえしながら、雲河曰く“あっち”へと歩を進めていく。

『あんたの名前、教えてよ』
 ······今になって思えば、どうしてあの時あんなことを口走ってしまったのか、自分でもよくわからない。ただ一つ、言えることは──。
『······雲河、昇』
 うんがのぼる。運が上る。皮肉みたいな名前ですよね。
 自虐的な言葉と共にそううっすら笑む雲河に、俺は。
『何で? いい名前じゃん。それに俺だって似たようなもんだ』
 そう言い切り、これまで一ミリたりとも好きだなんて思えなかった自分の名を告げた。
『俺はね、久遠輝(くおんひかる)っつーの。こんな、芸能人かよ? みたいなキラキラした名前、俺には不釣り合い甚だしいっつうか?』
 首を竦めて呆れたようにそう吐き捨て雲河を見遣れば、今まで覇気のない死んだ魚のような有り様だった奴の瞳は、変わらず俺らを照らし続けていた初日の出と同じぐらい、キラキラ、ピカピカと、輝きに溢れていて。
『〜っお、俺も! ······その名前、いいと思う。最初に見た時の君の印象にピッタリで······すごく、いいと思う······!』
 ······そんなふうに、半ば前のめりになりながらそう力説され。
 正直、嫌じゃなかった自分が居た。今まであんなに嫌いだったのに。俺が「いい名前」だと認めたこいつに「いい名前」と言われたことが、素直に嬉しくて。出会い方、初コンタクトからこの状況に至るまで全てが奇妙で、奇抜で、奇縁で、それはつまり「運命」みたいな何かなのではないかと。ガラにもなく、そう思ってしまったんだ。
 自殺志願者同士で傷の舐め合い。そんな色気もクソもロマンスもねえ運命だけど、それはそれで面白くていいんじゃねーの?

「本当にこっちで合ってんだろうな?」
「ん〜〜〜〜〜多分だいじょぶ〜〜〜〜」
「多分て······おい、雲河」
 一度足を止め、未だに頭を左右にフラフラとさせ締まりのない顔で口元を緩めている雲河の両肩を掴み、真正面から射抜くように見つめる。
「俺はな、一刻も早くお前の家行って何か水分補給して泥のように眠りこけてぇんだわ。な? わかるだろ?」
「え、えっ、と······うん······」
「だったら」
 俺の真剣な顔を見たことで若干でも酔いが冷めたのか、とろんとしていた雲河の瞳は元の形へとほんの少し形状を整え、さっきまでのふにゃふにゃ具合も何処へやら。酔っ払う前のおどおどとしたこいつ本来のものであろう振る舞いに近付き、必死に俺の放った言葉を追いその意味を理解しようと努めている様子。
 そんな雲河に、俺はニッコリと一つ微笑んでみせて。
「道案内、しっかり頼むわ。昇」
 あえて初めて下の名前を呼び捨てで呼んでやれば、その呼ばれ方に耐性がないのだろう。白を通り越して青みがかってすらいた肌、その全ての血が顔面に集合したみたいに、昇は耳や首までを真っ赤に染め、羞恥なのか感動なのか知らないが、その場でフルフルと小刻みに震えていた。
 なぁんか、さっきまで見ていた初日の出みたいだ、なんて思ってしまったのは秘密にしておこうと心に誓った。

1/3/2025, 11:43:04 AM