『バレンタインデーにチョコを貰える人って本当にいるんでしょうか?』
バレンタインにチョコがもらえるほど女子と人間関係を築いて来たわけでもないのでもらえることはないだろうと思いながらも、朝は少し期待を持ってしまう。もしかしたら誰かがくれるかもと淡い期待を抱きながら下駄箱を確認する。まあもちろんだが入っていることはない。そもそも下駄箱にいれるなんて漫画とかの世界だろう。気を取り直して教室へ、当然机の中にはなにも入ってないし、女子が声をかけてくることはない。代わりに声をかけてきたのは男友達。
「チョコなかったわ」と言うと、
「え、今日なんかの日だっけ?」
とすっとぼけた様子で返事をしてくる。忘れているわけがないのだろうが、気にしてないふりをして精神を保つことでなんとか一日を過ごしていくのだろう。
もしかしたら昼休みに貰えるかもと希望を託しながら、午前中をダラダラ過ごす。そして昼休み、四十分間期待を抱いていたものの当然貰えることはなかった。
そしてそのまま放課後になり、帰路に着く。この時間まで決心がつかずにギリギリで渡してくるなんていうこともなくバレンタインデーは普通の平日として終わりを迎えた。
唯一の救いは、当日見た限りでは女子が友達同士であげていることはあったものの、女子が男子にあげているということはなかったようだったことだ。
バレンタインデーに異性にチョコを渡すのはオカルトだったんだ、チョコを貰える男子なんていないんだと、納得の結果を導き出し、気持ちよく眠りについた。
後日何組か新しくカップルができたなんて言う情報が耳に入ってきたような気がしたが、考えないことにする。
『どこにも書けないことはどこにも書けない』
どこにも書けないことは正確にはどこにもではなく自分の胸の中では書けていることだ。
それがどこにも書けなくなるのは胸の内にある思いが誰かに見られるのが嫌だから。
誰かに見られたら自分の本当の姿がバレてしまう。
必死でキャラ作りして普段は生活しているのに。
誰かにバレたら一瞬でパーになる。
せっかくの努力が無駄になる。
頑張って作った友達がみんな離れていくかも知れない。
そう思うとなにも残せない。
どこにも書けないことはここにも書けない。
どこにも書けないことはどこにも書けない。
『時計の針は進んでいく』
カチッカチッと一定のリズムで音を立てながら時計の針はどんどん進んでいく。一秒また一秒と時間が過ぎていくにつれてだんだんと焦る気持ちが湧いてくる。制限時間は残り十分。だと言うのに俺のテストの解答用紙は白紙が目立つ。なぜなら俺はこれまでの五十分近くは夢の中にいたからだ。
遡ること昨日。俺はそれまでテスト勉強を一切やらなかった。テストがあるということは分かっていたがどうにもやる気が起きなかったのだ。そのせいでテスト前日をノー勉で迎えてしまう。俺はもちろんそろそろやらないとだめかなと思い勉強を始めた。それが午後8時のことだ。俺はテスト範囲の教科書を開き内容を見た。そして俺はその内容に驚愕した。
あーこれは確かに授業でやったなという感想は出てきたものの内容については全くもって身に覚えがないのである。
「これがエビングハウスの忘却曲線か…」
と呟きながら俺は教科書の例題を解き進めた。
例題は簡単なのですぐ終わると、俺は一息つき、時計をみる。いつの間にか一時間経っていたようだ。「とりあえず他の科目もやらねば」ととにかく教科書を開きまくり、どういう内容だったか思い出そうとする。
十科目分見終わり、時計をみると時間はもうすでに十一時だった。時間が足りなすぎる。いつもだったら寝る時間だがここで寝たら明日なにもできないと冷静な判断を下し、俺は夜ふかしして勉強しようと決めた。
俺は満足するまで勉強を続けた。とりあえず明日テストがある教科のテキストはやろうととき進めていく、そして一通りやったと思ったときにはもう時間は朝の4時。時間よ止まれなんてしょうもないことを考えながら俺は眠りについた。
そして今に戻る。なぜ俺がテスト中に寝てしまったのかはこれまでの話を聞けば明らかだろう。寝不足である。そして寝不足で頭が回らずに一問目から分からんとなり気持ちよく眠ってしまったのである。
気合を入れて今からでも解こうと思い一問目から再度取り組もうとしたができなかった。そんな数十分寝ただけでは俺の頭は覚醒しなかった。
そしてそんな絶望的な状況の俺にできることはただひとつ。当てずっぽうで問題の解答を書くということだ。俺はとりあえず解答用紙を埋めていった。問題の内容なんか一問も読まずにどういう解答方法なのかだけをみてどんどん埋めていく。
そんなことをして解答用紙を埋めると時間は残り一分をきっていた。秒針がどんどんと12に近付いていく。俺は時計の針よ止まってくれと有りえないことを祈りながら時計を眺めていた。
キーンコーンカーンコーンというチャイムがなり、俺は解答用紙を提出した。白紙ではないがデタラメばかりの解答用紙はほぼ白紙と同じであろう。
俺はその時初めて赤点を確信した。
時計の針は進んでいく。また次のテストが始まるまでのカウントダウンが始まった。俺は時計の針が一週間に戻ってくれればいいのにと妄想しながら席につく。
次のテストでは寝ないようにしなきゃと思いながら俺はテスト用紙を受け取った。
『ブランコをこいで』
学校に行くのが嫌になった時はいつも公園に行く。学校への通学路から脇道に逸れて離れた所にある公園に行く。高校生くらいの子供が制服を着たまま平日に公園にいるという異様な光景がたびたび目撃されるのはそのためだ。
今日も学校に行きたくなくなり通学の途中で公園へとかじを切る。学校には遅刻の連絡をいれる。いつも僕はブランコをこいで時間を潰す。無心でただひたすら足を曲げ伸ばししていると段々と力が加わり、僕は前に後ろに揺れていく。そうやっていると、
「先客か?」
というような声が聞こえてきた。僕は思わずブランコを止め声のしてきた方を見る。するとそこには同じクラスの友達が立っていた。
「さぼり?」
と気になり聞いたが、もう一限がはじまっている時間だから当然そうだろう。
「まあ、そうなるか」
というふうな曖昧な答えを返すと、そのクラスメートは僕の隣のブランコに乗ってきた。暫くの沈黙の末、
「なんか一限遅刻しそうで途中で行くのもなって思って」
と話し出してきた。
「どうせならサボっちゃおっかなって」
サボる理由なんてそんなものでしかないだろう。特に話を続けることもできず、また沈黙が場を支配する。
「君はどうしたの?」
と沈黙が嫌なのかまた話しかけてきた。僕は思わず
「君と同じ感じだよ」
と答えてしまう。なぜ学校に行きたくなくなるのかは僕にもわからない。それにこんな事説明してもなんにもならないことは僕にもわかっている。
「ふーんそうか」
そのクラスメートは興味なさそうにそう返事すると、
「ブランコって最近あまりやらないな」
と言いながらブランコをこぎ始めた。僕もそれに追随してブランコをまたこぎ始める。普段関わりのないそのクラスメートとその時だけはなにか繋がりができたような気がした。
しばらくするとそのクラスメートがブランコをこぐのを止めてこう言い出した。
「そろそろ一限終わる時間だし学校行ってくるけど君も行くのか?」
と。今日はまだ行く気が起きないけどここで行かないというのもおかしいかなとか考えてしまい、
「うん」
と肯定の返事をしてしまう。
僕とそのクラスメートはブランコをおり学校に向かって歩き出した。
それは僕の小さな思い出。
『あなたに届けたい忘れ物』
最近バスケ部から帰宅部に部活をかえた俺の友達は家に帰ってから勉強した後スマホをいじり寝落ちするというのを日課にしているらしい。彼いわく
「スマホはご褒美だよ、スマホをいじるために勉強するんだ」
ということだった。勉強がスマホをいじるためにやるものになっているのは大丈夫なのだろうかという心配はあったが、決めたことになにか言うことはない。
ある日の部活終わり、友達が家に帰ってから二時間後、俺が教室に戻るとその友達の机の上になにかが置いてあるのが目に入った。なんだろうかとよくよく見るとそれはその友達が愛用しているスマホだった。俺は咄嗟にこれはやばいのではないかと思い立った。スマホをいじるために勉強しているという友達がスマホがない状態で勉強を終わらせたらどうなるのか結果は目に見えている。そう、スマホをいじろうにもいじれず禁断症状が出てしまい、不健康な生活を送ってしまうことになるのだ。
俺はそれを阻止しようと思い立った。
この忘れ物のスマホをあなたに届けたいと。
そう思い立った俺はその友達の家へ向かって走り始めた。いつも二時間くらい勉強しているはずのその友達はもうそろそろスマホをいじろうとするはずだ。その友達の家は俺の家とは反対側にあるがそんなことは気にしてられない。俺はとにかく急いだ。どのくらい走っただろうか、たぶん二十分くらい走っただろう。友達の家がだんだんと近づいてきた。そして遂にその友達の家の目の前に着いた。俺は意を決してチャイムを押す。ピンポーンと音が聞こえ、ドアが開いた。
ドアが開くとそこに立っていたのは、なんだかやつれて目が血走ってる様子の友達だった。まさか禁断症状かと思った俺は間に合わなかったかという思いと同時に、早く止めないとと考え、
「あのさ…
と話し始めようとした。すると
「俺のスマホ知らないか?!」
と話を遮り興奮した様子でその友達が話してきた。
「勉強終わってスマホいじろうとしたらどこにもなくて、探してて…」
と焦りが見えるほどの喋り方で捲し立ててくる。俺はその友達に対して落ち着かせようと持ってきたスマホを取り出し見せる。すると
「あっ俺のスマホだ。まさか教室とかにあったの?ありがとめっちゃ助かったわ」
と急に落ち着きを取り戻し、スマホを大事そうに握りながら家の中に戻っていった。きっと彼はこのあとスマホを寝るまでいじるのだろう。
バタンと閉まったドアを見守りながら俺は
「あなたにしかと届けたぜその忘れ物」
とかっこよく呟く。
俺の心にはやり切ったぜという達成感が広がった。
しかしそれと同時に友達に対してこんな事も届けたいとそう思った。
「禁断症状が出るってことはもしかして、スマホ依存症だったのか」
という言葉を。