【梅雨】
前髪の気分が下がる今日この頃。
今日もこの街はどこか騒がしい。
【私の人生は前髪とともにある。】
そう、断言しても過言じゃ無いと私は自負してる。
それは、誇張でもなんでもなくて。
……ただ、ひっそりと私の中で絶対的な摂理という奴だ。
しとしと………しとしと…………
雨戸を空けるとカーテンにゆられて生温い風が流れてくる。
そんな事をぼんやり考える時間。
そんな時間を案外気に入ってる私がいる。
ピンクに黄色。水色に紫。
彩り取りの飴玉にみたいに。
ボーダーに花柄。レース風にドット柄。
心躍る雨傘模様。
窓の向こうには、私の知らない、私以外の人生を歩む人が沢山いる。
しとしと………しとしと……
今日もまた、憂鬱になる前髪と戦いながら
私は夏草に舞う紫陽花横目に、綺麗に舗装された道を進む。
くるくる傘を回しながら。
ころころ飴玉を転がして。
【天気の話なんてどうだっていいんだ。
僕が話したいことは、】
「健康的な朝だな。」
朝。登校中。何気なく放つ天気の話題。
別に聞き飽きた訳じゃないけど。少し退屈。
「世界を覆いそうな鉛色の雲だな。」
「色とりどりの傘が笑ってるみたいだ。」
晴れの日。雨の日。曇りの日。
踊るように話は変わる。
君はいつも、楽しげに天気の話をするね。
君にとって、この世界は甘くて、辛くて。
少し酸っぱくて…………それでいて、少し夢心地になるのかな?
私、実は知ってるんだよ。
君が本当に聞きたいこと。
君が本当に知りたいこと。
……君が本当に欲しい言葉。
雨の話をするのは、自分のぺしゃんこになった髪が気になるから。
晴れの話をするのは、沢山笑って欲しい人がいるから。
曇りの話をするのは、…自分に自信がないから。
それはふかふかのソファに沈むように。
見えない心の扉の前に、ソワソワしながら立ち竦むように。君は誰かの……愛を伝えたい、誰かを想っていることを。私は知ってる。
…………だって。
【完璧な男になんて惹かれない】
なんて、私が言ったからでしょ?
君は本当に、わかりやすい。
そんなわかりやすい君の事が、私はとても好いていて、心から愛おしいと想うよ。
割れた目玉焼き。揺れるカーテン。バカでかいケーキに、濡れたシャツ。吐き慣れたジーパン。
……君の話には、いつもひとつ足りないね。
ほら、言ってごらん。
明日の自分に期待しないで。
ぐるぐる焦ってる君を見るのも楽しいけど、私はそろそろ聞きたいな。
今日も一日が終わろうとしてる。
終わりを告げる影法師。今日はここでバイバイかな。
私は少し切なくなる。
「……あ、あのさ。俺、本当は天気の話じゃなくて……あの……。」
夕焼けに照らされてか、真っ赤な顔の君。
まるで、耳としっぽが生えたようにぷるぷると緊張してるのが伝わってくる。
そんな君の姿を見たら、私はどうしたらいい?
どうしたら、悔しいくらいにニヤける顔を抑えられる?
私は、嬉しくて、嬉しくて。子犬のように震える君を前に言い放った。
「君の事、ーーーーあいしてるよ。」
私のその一言に、君が見せてくれたその表情を。
私はきっと。忘れない。
今日も君は天気の話。それはくるくる回るメリーゴーランドの様。
君は私に対して。
「僕に愛される気があるの?」って聞くけどさ。
私の方こそ聞きたいよ。
「私に愛されてる自覚ある?」
私は贈るよ。イエローの薔薇1本をね。
「今日もいい天気だ!」
【歌詞・歌手】
愛を伝えたいだとか/あいみょん
【替え歌】
黄色の薔薇
【ただ、必死に走る私。何かから逃げるように】
走れーー!走れーーー!!走れーーーーー!!!
脳内で警告音が鳴り響く。
視界は滲み、頭の中はパニック状態。
どうしよ。
何が?
逃げないと!?
誰から?
俺の脳内では、様々な俺の押し問答が繰り広げられる。
だから言ったのに。
しょうがなかったんだよ!!
自業自得だね。
お願いだ!助けてくれよ
………あぁ。今すぐにでもこの脚を止めて、水を飲みたい。
訳も分からず、走り回ったこの身体は休息を求めた。
………ふと。視界の先にこの時代には珍しい着物を着た若い人を見つけた。
暗闇を全て飲み込んだ様な、新月の日。
古い街頭の下。その人は下げ袋を持ちながら、立っていた。
あぁ。……やっとたすかる。
なんの根拠もない。直感的に感じた多幸感。
この人なら!きっと!!俺を!!!!
俺はその人に向かって、走る。
まるで引き寄せられるかのように。
……まるで、誘い込まれるかのように。
その人との距離。残り数メートル。
助かる。俺は……もう、ーーーー。
その時だった。その人の、その男の顔が見えたのは。
その男の額には、人間には絶対に有り得ない角が生えていて。
両耳は鋭く尖り、下げ袋だと思っていたのは、怪しく光を放ち、仄かに甘い香りがする。
俺は吃驚して引き返そうとしたが………脚がいうことを聞かない。
俺の意思に反して、引き寄せられる俺に。その男はニィッと口角を上げる。
「……やっと戻ってきた。手間取らせないでくださいよ。」
俺はその男から発せられる声に冷や汗が止まらない。心臓がバクっバクっ音を立てて、さっき迄とは桁違いの警戒音が脳みそを駆け回る。
「さぁ。もう時間です。行きますよ。」
「…ど、どこに……。」
俺の質問に男は大層面白いものを見たというように、皮肉混じりに笑を零した。
「どこって決まってるでしょ。地獄ですよ。」
………今まで感じていた感覚は全て消えうせ、俺は………。
今日も誰かから、何かから逃げる人がいる。
暗闇の中。行く場所もなく彷徨い走る姿がある。
それは生者か。それともーーーー。
【ごめんね】
私の兄は「ごめんな」が口癖の人だった。
朝。お弁当がない日。兄に聞くとーーー。
「お弁当、用意するの忘れてごめんな。」と言う。
別に責めてるわけでも無い。
ただ、聞いただけなのにとても申し訳なさそうにしないでよ。
ある時。私の帰りが遅くなった時。
「迎えに行けばよかったな。気が回らなくてごめんな。」と言う。
別にこっちが頼んだ訳でもないのに。心配かけのは私の方なのに、なんで先に謝るの。
私の家は複雑だ。
私の母は名家のお嬢様。父は大企業の役人を務めてる人だったらしい。
それが、父の浮気が原因で母は心を病み、離婚した。
弱った母を護り、慈しみ、愛してたのが、兄の父親。従兄弟の従兄弟。つまりは、はとこだ。
まぁ、兄はその家族の中でもややこしいらしいが。
そんな二人は子持ちの親という奴で。母の心が少しずつ晴れていくに比例して、二人の仲は深まっていき、再婚した。
だが、神様のいたずらか。私たち家族には不幸が訪れる。
母が病気でなくなったのだ。突然の事だった。
当時幼かった私はよく覚えてないけど、悲痛に歪む兄の顔。悲壮感に打ちひしがれ、生きる屍みたいになってしまった父。私たち家族から笑顔は消えた。
父は母を愛していた。多分子どもの私達以上に。
母が微笑むと父は、幸せそうに笑い。
母が哀しむと父は、生きてる心地がしない程、苦痛に苛まれるんだと。後に兄は母と父の関係を話してくれた。
程なくして。父は出勤中交通事故に巻き込まれ亡くなった。………もし天国というものが存在するなら、今頃二人はどうしてるだろうーーー。
そして。私たち兄妹だけがこの広い家にぽつんと残された。私が中学1年生。兄が大学2年の秋の出来事である。
だからだろうか。兄は私が視界からいなくなるのを痛く嫌う。初めの頃は、お互いいい歳なのに一緒の布団で寝るくらいだ。
兄の心の傷は………もうお分かりだろう。
故に兄は私に向かってこの言葉をかける。
「ごめんな」
それは、何に対して?
「ごめんな」
もう大丈夫だから。そんなに自分を責めないでよ。
「ごめんな」
私も帰りの時間。気をつけるよ。だから哀しそうな顔しないで。
「ごめんな」
「ごめんな」
………兄のごめんは一体誰に向けてなのだろう。
………一体、兄はどうしてそう、自分を責めるのだろう。
「ごめんな。」
「不甲斐ない俺でごめんな。」
兄さん。……私の、たった1人の大切な兄さん。
「ごめんな。守ってやれなくて。」
ひとりぼっちにしてしまって。ごめんなさい。もうハグも笑い合うことも出来ないけど。
「愛してるよ。にいさん。」
だから、だからもうーーーー、泣かないで。
「ごめんな。………ごめんな。唯。一人で死なせてしまって………本当に、ごめんな。」
墓石の前。墓標には3人の名が刻まれてる。
男は1人。毎朝。毎晩。ここに訪れる。
今にも死にそうなこの男は、独り言のように言葉を連ねる。
この男が救われる日はいつか来るのだろうか…。
【半袖】
夏である。
衣替えの季節である。
阿呆が発生する時期である。
私は決意した。必ずかの旧友に間違いは起こさせないと!!
私は普通の一般人だ。異世界から来たわけでもかなければ、秀でた何かがある訳でもない。
私には浪漫は分からぬ。
私には天才の考える事は何一つ分からぬ。
だが、私にはやらなければいけない事がある。
私の友人であり、旧友はとても眉目秀麗・百伶百利。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
を地で行く………愛すべきバカなのだ。
彼女はそれを浪漫と呼び、彼女はそれを愛していた。純粋な意味で。
特に好きなのは【マリンセーラー】という服らしい。……いや、知らんがな。
大学院生の彼女は、分子力学の研究で基本室内に籠ってる。だからだろうか。暑くなるこの時期に可笑しくなるのは。
今日は、太陽微笑む晴天の日。太陽エネルギー頑張りすぎでは?
眩しすぎて日焼けが恐ろしい。
カラコロ、カラコロ。
心地よい音だけが私を癒してくれる。
………現実逃避をするのはもうやめよう。旧友。彼女の力説は止まらない。何が悲しくて私は今ここにいるのだろう。
ふと。アイスコーヒーにいってた視線を彼女に移す。
目の下には濃く色付く隈。食も細くなってるようだし、今日は美味しいと評判の胃に優しいお店に連れていこう。それから、唇や指先も乾燥してるな。保湿成分たっぷりなのを勧めよう。そうしよう。………だから。お願いだからさ。もう辞めよう?
「YESロリショタノータッチッ!!!!!!」
彼女がそう叫んだ瞬間。本日3回目となるこの叫びに、私は他人になりたいと切に願った。