アサギリ

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【ごめんね】


私の兄は「ごめんな」が口癖の人だった。

朝。お弁当がない日。兄に聞くとーーー。
「お弁当、用意するの忘れてごめんな。」と言う。
別に責めてるわけでも無い。
ただ、聞いただけなのにとても申し訳なさそうにしないでよ。


ある時。私の帰りが遅くなった時。
「迎えに行けばよかったな。気が回らなくてごめんな。」と言う。
別にこっちが頼んだ訳でもないのに。心配かけのは私の方なのに、なんで先に謝るの。


私の家は複雑だ。
私の母は名家のお嬢様。父は大企業の役人を務めてる人だったらしい。
それが、父の浮気が原因で母は心を病み、離婚した。
弱った母を護り、慈しみ、愛してたのが、兄の父親。従兄弟の従兄弟。つまりは、はとこだ。
まぁ、兄はその家族の中でもややこしいらしいが。
そんな二人は子持ちの親という奴で。母の心が少しずつ晴れていくに比例して、二人の仲は深まっていき、再婚した。


だが、神様のいたずらか。私たち家族には不幸が訪れる。
母が病気でなくなったのだ。突然の事だった。
当時幼かった私はよく覚えてないけど、悲痛に歪む兄の顔。悲壮感に打ちひしがれ、生きる屍みたいになってしまった父。私たち家族から笑顔は消えた。
父は母を愛していた。多分子どもの私達以上に。

母が微笑むと父は、幸せそうに笑い。

母が哀しむと父は、生きてる心地がしない程、苦痛に苛まれるんだと。後に兄は母と父の関係を話してくれた。

程なくして。父は出勤中交通事故に巻き込まれ亡くなった。………もし天国というものが存在するなら、今頃二人はどうしてるだろうーーー。


そして。私たち兄妹だけがこの広い家にぽつんと残された。私が中学1年生。兄が大学2年の秋の出来事である。



だからだろうか。兄は私が視界からいなくなるのを痛く嫌う。初めの頃は、お互いいい歳なのに一緒の布団で寝るくらいだ。
兄の心の傷は………もうお分かりだろう。


故に兄は私に向かってこの言葉をかける。
「ごめんな」
それは、何に対して?
「ごめんな」
もう大丈夫だから。そんなに自分を責めないでよ。
「ごめんな」
私も帰りの時間。気をつけるよ。だから哀しそうな顔しないで。
「ごめんな」

「ごめんな」

………兄のごめんは一体誰に向けてなのだろう。
………一体、兄はどうしてそう、自分を責めるのだろう。

「ごめんな。」
「不甲斐ない俺でごめんな。」

兄さん。……私の、たった1人の大切な兄さん。

「ごめんな。守ってやれなくて。」

ひとりぼっちにしてしまって。ごめんなさい。もうハグも笑い合うことも出来ないけど。

「愛してるよ。にいさん。」

だから、だからもうーーーー、泣かないで。

「ごめんな。………ごめんな。唯。一人で死なせてしまって………本当に、ごめんな。」

墓石の前。墓標には3人の名が刻まれてる。
男は1人。毎朝。毎晩。ここに訪れる。
今にも死にそうなこの男は、独り言のように言葉を連ねる。
この男が救われる日はいつか来るのだろうか…。

5/29/2023, 12:08:12 PM