【ただ、必死に走る私。何かから逃げるように】
走れーー!走れーーー!!走れーーーーー!!!
脳内で警告音が鳴り響く。
視界は滲み、頭の中はパニック状態。
どうしよ。
何が?
逃げないと!?
誰から?
俺の脳内では、様々な俺の押し問答が繰り広げられる。
だから言ったのに。
しょうがなかったんだよ!!
自業自得だね。
お願いだ!助けてくれよ
………あぁ。今すぐにでもこの脚を止めて、水を飲みたい。
訳も分からず、走り回ったこの身体は休息を求めた。
………ふと。視界の先にこの時代には珍しい着物を着た若い人を見つけた。
暗闇を全て飲み込んだ様な、新月の日。
古い街頭の下。その人は下げ袋を持ちながら、立っていた。
あぁ。……やっとたすかる。
なんの根拠もない。直感的に感じた多幸感。
この人なら!きっと!!俺を!!!!
俺はその人に向かって、走る。
まるで引き寄せられるかのように。
……まるで、誘い込まれるかのように。
その人との距離。残り数メートル。
助かる。俺は……もう、ーーーー。
その時だった。その人の、その男の顔が見えたのは。
その男の額には、人間には絶対に有り得ない角が生えていて。
両耳は鋭く尖り、下げ袋だと思っていたのは、怪しく光を放ち、仄かに甘い香りがする。
俺は吃驚して引き返そうとしたが………脚がいうことを聞かない。
俺の意思に反して、引き寄せられる俺に。その男はニィッと口角を上げる。
「……やっと戻ってきた。手間取らせないでくださいよ。」
俺はその男から発せられる声に冷や汗が止まらない。心臓がバクっバクっ音を立てて、さっき迄とは桁違いの警戒音が脳みそを駆け回る。
「さぁ。もう時間です。行きますよ。」
「…ど、どこに……。」
俺の質問に男は大層面白いものを見たというように、皮肉混じりに笑を零した。
「どこって決まってるでしょ。地獄ですよ。」
………今まで感じていた感覚は全て消えうせ、俺は………。
今日も誰かから、何かから逃げる人がいる。
暗闇の中。行く場所もなく彷徨い走る姿がある。
それは生者か。それともーーーー。
5/30/2023, 12:07:26 PM