♯手紙を開くと
宛名も差出人の名前もない、まっしろな封筒が下駄箱にぽつんと置かれていた。
帰宅後、丁寧にシールを剥がし中に入っていた便箋を取り出す。軽く深呼吸をし、手に汗を握りながら開く。
そこには、何も書かれていなかった。
イタズラか。
ただの入れ間違いか。
どっちにしても、この手紙は「お前はつまらない」「取るに足らない人間だ」と告げている――僕は、そんな気がしてならなかった。
♯すれ違う瞳
同棲中の彼女とケンカした。
ひとつ屋根の下、もの言いたげな瞳が何度もすれ違う。
そのくせ、たった「ごめん」の一言も出てこない俺らは、なんて意地っ張りなんだろう。
♯青い青い
私の職場にはひとりぼっちの人がいる。
だれも声をかけない、だれも耳を貸さない、だれも手を差し伸べない――そんな可哀想なひと。
昔の私なら彼女の声に応えていたかもしれない。
彼女の言葉に耳を傾けていたかもしれない。
彼女の手を引いて、『そこ』から連れ出していたかもしれない。
けど、今の私はあえて何もしない。
私にとっての理想と正義は、所詮私をひとりぼっちにするものでしかなかった。
あの頃の私は、とてもとても青かったのだ。
♯sweet memories
チョコレートを口に含むたびに思い出す。
レシピとにらめっこしながらブラウニーを作り、勇気を振り絞ってあなたに送って――受け取ってもらえた、安堵にも似た歓びを。
結局、少しのすれ違いから、私たちは別々の道を歩むことになってしまったけれど、それでも舌の上でふんわりと溶けるチョコレートの甘さが、つい私の口元を綻ばせてしまうのです。
♯風と
夕暮れの町はいつもおいしい匂いに包まれている。
ハンバーグ、カレーライス、からあげ、お好み焼き――次々と風に乗ってやってくる匂いをいっぱい吸い込みながらボクは夢を見る。
暖かくて明るいリビング。テーブルにはパパとママがボクがいて、そこにはほかほかの料理がたくさん並べられている。もちろんママの手作りだ。
今日こそは、きっとパパもママもいる。テーブルにあるのも冷たいお弁当なんかじゃなくて――。
ランドセルの肩ひもをぎゅっと握り締める。
やがてボクの家が見えてくる。町外れにちょこんと建っている三角屋根の白い家。
まっくらに静まり返った家から、風は今日も何の匂いも届けてくれなかった。