ね。

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11/22/2025, 10:46:52 PM

大きなバラの花がついた黒いポーチには、色とりどりの口紅が入っていた。ほとんどメイクをしない母だったが、なぜか口紅だけは凝っていて、毎日欠かさず鏡の前で口紅だけは念入りに塗っていた。
特にお気に入りの色は『紅』と書いてあるもの。母はどちらかというと控えめな顔立ちだったのだが、その色を唇にのせたとたんぱっと華やかな印象に変わった。別人のように変身させてくれたから、特別な日にはいつもその紅色の口紅を塗っていた。私は、そんな母が大好きだった。



23才になったとき、私は家を飛びだした。些細なことから母と大喧嘩をし、そのまま実家に帰らなかった。数年後、この口紅と共に母が死んだという知らせが送られてきた。私は母に2度と会えなくなってしまった、と愕然とした。涙さえ出なかった。




今日は、母の命日。毎年この口紅を塗って1日を過ごす。母を思い出しながら。
残念ながら、私には似合わないのだが。

11/22/2025, 7:41:10 AM

その箱には『夢の断片』と書いてあった。
ぷらぷらと夕暮れの街を歩いていたら、みたことがない店に辿り着いた。入ってみると、どうやらコーヒー店らしい。いろいろな箱があちこちに飾ってある。コーヒーの香りがするから、たぶん、コーヒー。どこにもコーヒーの文字はなかったのだけど。好奇心に駆られ、ボクは気になった箱をひとつ選び、お代を料金箱に入れた。店員はいない店だった。今思えば、奇妙なことばかりだったな。


『夢の断片』と書かれたそのコーヒーは、開けるとジグソーパズルのピースの形をしていた。飲み終えると眠くなり、必ず不思議な夢をみる。その夢が誰かの夢だ、ということに気づいたのは昨日。毎日1杯ずつ楽しんできた。今日でコーヒーも終わり。
最後の1ピースはどんな夢だろう。


11/21/2025, 1:26:05 AM

最果ての地。ここに着いてから、まだ誰とも会っていない。
荷物ひとつで砂漠の中をとにかく歩き回ったボクは、もうダメかもしれない、と諦めそうになったとき、遠くにこの地を見つけた。どうにか辿り着きたくて、もつれる足を叩きながら、必死で歩いた。気がついたらボクはベッドで眠っていた。窓から射し込む太陽の光が眩しい。テーブルには食事が置かれていた。パンとシチュー。まだ、あたたかい。空腹だったボクは夢中でそれらを胃に流し込み、ひと息ついた。


さて。


ここはどこだ?
これは誰の家だ?
そもそも誰がボクをここに運んでくれたんだ?食事も、誰が?



疑問が次々と浮かぶが、とにかく今は安全な場所にいられることの安堵した。ボクは逃げてきたからだ。いろいろなものから。ボクを逃がしてくれた人々はみな、きっともう生きてはいないだろう。



ドアを開け、外に出てみる。
人はいないが、寂しい感じはしない。不思議と安心する場所だった。噴水のわきに看板があった。『最果ての地』と書いてある。遠くまで来てしまったんだな、ボクは。



大きくなったら、科学者になる。幼いボクはそう決めていた。父のように立派な科学者になることを夢みていた。なれると信じていた。母のように料理が上手くて優しい妻と可愛い子どもたちがいる、ありきたりだけど、そんな未来をみていた。
しかし、全く違う未来がいまここにある。目の前には誰もいない。知らない場所にひとり立っているボクがいる。正直お先真っ暗だ。住めそうな建物や水がある、それは大きな救いではあったが。


未来は思い描くことはできるが、思い通りに行くわけではなかった。でも、可能性を信じたい。これから誰かに会えるかもしれない。誰かがボクのようにやってくるかもしれない。人はいないが、何かがこの最果ての地を守っているのは確かだ。それらと共存していけるかもしれない。世の中、決まったことは何もないのかもしれない。だから、ボクができることからひとつひとつ始めてみる。焦らずゆっくり進んでみよう。見えない未来をボクが今から作るることができるかもしれないから。

11/20/2025, 12:26:01 AM

光に向かって 押し出す風
善も悪も 全てを 押し上げる
そもそも 善悪なんて ないのだけど

光に向かって 大きく 大きく 
全てを 押し上げている
こぼれ落ちる ものが ないように

光に向かって うねりながら
ゆっくりと 時には 豪快に 
巨大な手のような 風が
地球全体を 吹き抜けていく

11/18/2025, 10:33:59 AM

火を灯す。
目の前に拡がる懐かしい風景。
必ずあの子が出てくるが、あと少しで手が触れる、というところで、いつも火が消えてしまう。

私は、何度も何度もランタンに火を灯す。
あの子の笑顔が見たくて。
あの子に触れたくて。


いつしか私は、自分がかなり年老いていることに気づく。老いの速度が異常に早い。記憶の中のあの子に会うことは、私の寿命と引き換えだった。


それでも、あの子に触れられるまで私は火を灯し続けるのだろう。

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