《ありがとう》
2月14日、バレンタインデー。今日は女性が男性にチョコレートを渡し、自分の想いを伝える日だそう。
そんなことを朝の情報番組で言っていて、くだらないと思いつつ俺、齋藤蒼戒は上着を手に取った。
「あれ蒼戒、もう行くの?」
そう聞いてきたのは情報番組を見ながらパンを齧っている双子の兄、春輝。
「そうだが何か問題でも?」
「早くね? まだ7時だぞ?」
「遅いくらいだ」
「お前時間の感覚バグってね?」
「そんなことない。今家を出て学校に着くのが7時半。そこから始業まで1時間しかない」
「1時間あるじゃん」
「1時間じゃ生徒会の諸々が終わらないからな」
「何すんの?」
「まず作ってある書類をコピーして本部各員に配る。会計のチェックも頼まれてるし、ああ議案書の誤字脱字のチェックもしなければ」
「忙しいなー、オメー」
「というわけで先行くぞ」
「あ、あと1分待って! 俺も一緒に行く!」
「行ってどーする」
「今日バレンタインだぞ? お前が1人で行ったら女子に囲まれてとんでもなくめんどくさいことになると予言する」
そういえば毎年この日はなぜか女子に囲まれていろんな人からチョコレートを押し付けられるんだった。甘いものは好きじゃないし、どうせなら煎餅がほしい。
「あー……、そうか今日は2月14日か……」
「そう。俺がいてもそう変わらんかもしらんけど、追い払うなり代わりにもらうなりしてやっから」
こういう時、こいつは無駄に頼もしい。いつもはさっぱり頼りにならないくせに。
「…………ありがとう、助かる」
「いーってことよ。俺もチョコのおこぼれもらえるかもしれねーし。つーわけでちょっと待ってー」
「40秒で支度しろ」
「某ジブリ映画かよ! さすがに無理!」
「さっき1分って言ったのはどこのどいつだ?」
そう言った時、ちょうど情報番組で『今日は身近な人に感謝を伝えるチャンスでもありますねー』と言っているので、俺はさっさとテレビを消した。
(おわり)
2025.2.14《ありがとう》
《そっと伝えたい》
「えっと〜、明日はバレンタイン……。『明日はバレンタインです。皆さんチョコレートの準備はしましたか?』とかでいいかしら……」
2月13日、バレンタイン前日の朝8時前。私、熊山明里は今朝の放送の一言コメントを考えながら放送室に向かって歩いていた。
「そーいや私何の準備もしてないなー。まあ別に何もする気ないけど」
でも去年は蒼戒に作りすぎたマカロンをお裾分けしたんだよな。今年も期待されてるかしら。
いやあの子に限ってそれはないか。スタイルいいしイケメンだからかなりモテて毎年机の上にチョコの山ができてるし。
「そもそもお菓子作りってめんどくさいのよねー」
そういえばバレンタインは女性から男性にチョコレートを贈って告白する日なんだっけ。
私もあの子に、『好き』って伝えなきゃ……。他の誰かに、取られてしまう前に。
「いやいやいやバレンタインに便乗して告白なんて絶対イヤ!!」
そもそも私バレンタインってお菓子会社の販売戦略に乗せられた気がして嫌いなのよね。
「どーせ告白するならもっといいシチュエーションで……って何考えてんだろ私!!」
「ごもっともごもっとも」
そんな声が聞こえて、私はハッと思考を戻す。
「サッ、サイトウ?!! ああああんた何してんのよこんなところで!!!」
「いやここ放送室だしもうすぐ放送始まるし」
「ってことは私のひとりごと聞いてたの?! いやあああああ!!」
「最後の一言しか聞いてねーけども。つーかうるさい」
「うううー、めちゃくちゃ正論だけどサイトウに言われるとなんかムカつく……」
「何でだよ。あ、ちなみに兄目線で言わせてもらうと、あいつあれでそれなりにバレンタイン楽しみにしてると思うよ〜」
「黙れ弟バカ! 今から何か作るつもりはない!」
「え〜」
「え〜、じゃない! てかあんたが食べるんじゃないでしょ!」
「まあそうだけど。……っていけね! あと1分で始めるぞ!」
サイトウは時計を見て慌てて言う。
「それを早く言え弟バカ!」
私はそれを聞いて慌ててアナウンス室に飛び込み、ざっと今日の放送原稿を確認する。
分厚い防音ガラスの向こうでサイトウが『やります』の札を掲げていて、私はそれに大きく頷く。
数秒後、よーく慣れ親しんだ朝の放送の音楽が流れ始めた。
私の気持ちをいつ伝えるかについては後回しだ。
でもどうせならバレンタインみたいなイベントの日じゃなくて、なんでもない日にそっと伝えられたらいいな。
そんなことを考えながら私はサイトウの合図で放送原稿を読んだ。
(おわり)
2025.2.13《そっと伝えたい》
《未来の記憶》
「《未来の記憶》?」
とある水曜日の朝、私、熊山明里は突然意味不明なことを言ってきた親友のなつこと中川夏実に怪訝な声を返した。
「そう。なんか今朝のテレビの占いで《未来の記憶》について話し合うとラッキーって言ってた」
「どんな占いだよそれ」
「本当にそれ。まあ細かいことは置いといて、明里はなんか思い浮かぶ?」
「未来の記憶って要するに私たちの未来の姿ってことでしょ? 特に何も思い浮かばないわね」
「やっぱ明里は現実主義だもんなー。じゃあ仮に10年後の姿は?」
「10年後……、多分並木FMでラジオパーソナリティやってる」
並木FMはここ、並木町にしか届かない小規模なFMラジオ放送で、小学校高学年からずっと放送委員会をしていて、今に至っては副委員長までしている私にお似合いの声を使った仕事だ。案外悪くないと思ってる。
「あー、確かにやってそう。あとこれだけは断言する! 蒼戒と結婚してる!」
「はあああ?! ありえないから!」
本人がいないからいいものの、一体何を言い出すんだこいつは。
「ぜーーったいありえるもん! ついでに言うと明里と蒼戒の結婚式でハルが号泣してると思う!」
「……それはある」
相手が私かどうかはともかく、蒼戒が結婚するとなったらサイトウは号泣してそうだ。
「さらに言うとハルは結局結婚しないと思う!」
「それもある」
サイトウの弟バカは有名で、『彼女欲しいー』なんてしょっちゅうボヤいてるけど本気で言ってないことは多分みんな気づいてる。
あいつは蒼戒が幸せになるまで彼女作る気もないし、結婚する気もないのだ。まあ仮に蒼戒が結婚してもサイトウ自身が結婚するとは思えないが。
「そもそもあいつ蒼戒いなくて生きていけるのかしら……」
「確かに……。生活面は問題ないとしても弟ロスになってしょっちゅう会いに行ってそう」
「ありそう……」
それこそ、『よう!』って超軽いノリで会いに行ってそうな。
「ハルはどんな仕事するのかな〜?」
「並木FMのアシスタントとか?」
「ありそう〜。あとは野球選手とか?」
「スポーツ実況者もあるかもね」
「それが1番ありそう!」
「確かに。ちなみにあんたは警察官でしょ?」
「うん。多分紅野くんと一緒」
「いいねぇ、お熱いこった」
「そ、そんなんじゃないもん!」
「ちなみにいるとしたら2課?」
「どうだろう。祈莉先輩は2課らしいんだけどあたしたちはどうなるのかな〜」
「まあ未来のことはわからないということで」
「そうだねー。あ、そいえば昨日さ〜」
私が軽く話を締めると、そのまま話題は別のものに移ってしまったのだった。
(おわり)
2025.2.12《未来の記憶》
《ココロ》
「ココロ、ねぇ……」
「心がどうかしたのか?」
とある日の下校中、私、熊山明里が呟くと、たまたま出会って一緒に歩いていたら蒼戒が反応した。
「心がどうかしたのか、ってなんか私が変な人みたいじゃない」
「いや別にそう言う意味では……」
「知ってる。ほら、放送委員会と演劇部のラジオドラマの話があったでしょ?」
「ああ、この前議案書が出てたな」
「あれのテーマが《ココロ》なのよ。この前羅針盤になりかけたんだけどさすがに無理があるってことで変わったんだけど……」
「何も思い浮かばない、と」
「そゆこと〜。でも演劇部の連中になんかアイディア出せやって言われてるのよねー。蒼戒なんか思いつかない?」
「……夏目漱石?」
「だよねー。というかそもそもこのテーマの出所が夏目漱石なのよ」
「今度はたまたま放送室に来た誰かが夏目漱石の『こころ』を持っていた、と」
「御名答。ちなみに羅針盤の時は岩下が方位磁針を持ってたからで、今回は国語の山田先生」
「なるほど。もういっそのこと夏目漱石の『こころ』の朗読劇に変更したらどうだ?」
「それも考えたんだけどあの話かなり長いからさ〜」
「確かに……」
「あとそれだと演劇部とコラボした意味なくね? って意見が出た」
「……大変だな、放送副委員長」
「まあ委員長がサイトウだから大体の責任はあいつに押し付けて私は裏の元締めだけどね。それに副会長の方が大変でしょ?」
蒼戒はこれでも生徒会副会長である。しかも2年生で。
「まあ……今年のメンバーはどいつもこいつも濃すぎるからな」
今年の生徒会メンバーは、会長がイベント大好き町長の孫、人呼んでMr.破天荒で、女副がチア部のギャル、議長と会計の混ぜるな危険の犬猿コンビなどなど、どいつもこいつも『濃い』。
「あれの裏の元締めの方がキツいでしょ。少なくとも私はムリ」
「だろうな。お前はどちらかと言うと締められる側だと思う」
「ひっどーい! 私だって放送の裏の元締めだよ?」
「まあ委員長があのバカだから」
「それは言えてる」
とまあこんな感じで話がどんどん脱線していき。
結局ラジオドラマのアイディアは出なかったため、またもっとわかりやすいお題にしようか、と議論が重ねられることになった。
(おわり)
※この話はかなり前の《羅針盤》の後日談(?)になっています。よかったら《羅針盤》も読んでくれると嬉しいです。
2025.2.11《ココロ》
《星に願って》
『流星群?』
「そう。今晩の……ちょうど今くらいから。あんた確かこーゆーの好きでしょ」
『まあ嫌いではないが……』
とある真冬の流星群の日。私、熊山明里はふと思い立って幼馴染でクラスメイトの蒼戒に電話をかけた。
「今日は晴れてるから星が綺麗に見えるわよー。あんたのところからも見えるでしょ?」
私はベランダに出て夜空を見上げながら言う。
『ちょっと待て……』
電話の向こうでカラカラと窓を開ける気配。
『あ、本当だ。ここまで綺麗に見えるのは久しぶりだな』
「あら、そんなことないわよ? それにあんた空を見上げる習慣なんてないでしょ」
『うるさいな』
あまり感情を見せない蒼戒の、少しだけむすっとしたような声。それに私は思わず笑ってしまう。
「『あっ』」
ほぼ同じタイミングで小さく声をあげる。
「今……」
『見えたよな』
「ええ」
何がって、流れ星が。
タイミングが同じことに、やっぱり蒼戒も同じ空を見上げているんだなって思ったり。
「そういえば願い事を三回言えたら叶うんだっけ」
『そうだが現実的に不可能だろう』
「まあそうなんだけど。……言えるとしたらなんて言う?」
『誰が言うか』
「それは私に言うかってこと? それとも星に願わないってこと?」
『あー、わかったわかった。言えばいいんだろう言えば。そのかわりお前も言いやがれ』
珍しく蒼戒がヤケクソになっている。ちょっとからかいすぎたかな。ま、いっか。
「わかった。せーので言おう。その前に考える時間いる?」
『確かに、言うも何もまず願うべきことが思いつかないな』
「あんた夢ないねぇ……」
『そう言うお前は?』
「私は……そういえば何を願おうか」
蒼戒が笑っていられますように、なんて恥ずかしくて言えないし、どうしたものか。
『お前も大概だな』
「うるさい」
『つまりお互い何も願うことがないんだったら言うも何もないだろうが』
「まあ確かに」
『そう言うことだから切るぞ。今日中に終わらせたい書類チェックがある』
「あ、ごめん、邪魔したわね」
『あ、いや、別に。……ちょうど休憩したい気分だったし』
「ならいいけど。それじゃ、また明日学校で」
『ああ』
ツーツー、と電話が切れる。
……まあ何はともあれ、流れ星見れてよかったかな。
★★★★★
「……なんだったの? 電話」
明里からの電話が切れ、俺、齋藤蒼戒がベランダから部屋に戻ると、双子の兄の春輝がそう尋ねて来た。
「今日は流星群なんだと。ふと思い立って電話して来たらしい」
「ふーん。ちなみにさっき願い事がどうとか聞こえたけど」
「……気のせいだろう」
願い事を聞かれて、ふと思い立ったのは『明里が笑っていられますように』だったのだが、そんなの絶対言えない。恥ずかしすぎる。
「えー、うっそだあ〜」
「本当だ」
「ええ〜、だったらお前が心なしか赤面してるのは気のせいか〜?」
「お前次何か言ったらぶった斬ってやる」
「こわっ! 鬼か!」
「鬼だが何か?」
「こいつー! 後々どーなっても知らねーかんな!」
「その言葉、そっくりそのままお前に返す」
まあ何はともあれ流れ星が見れたのでよしとしよう、と思いつつ俺は春輝をあしらった。
(おわり)
2025.2.10.《星に願って》