《君の背中》
君の背中を追いかけて、ここまで来た。
僕、堀江留男(ほりえ とめお)が蒼戒先輩に出会ったのは小1くらいの頃、友達に連れられて、町の道場を見に行った時だった。
たまたま道場で竹刀を振っていた先輩は、すごくすごく、かっこよくて。
僕はこの人みたいになりたいって、そう思った。
それからずっと、あなたに憧れ続けて、あなたの背中を追いかけて、ここまで来たんですよ、先輩。
「……どうした堀江、かかってこい」
「あ、はい、行きます!」
今は憧れの蒼戒先輩と手合わせ中。僕は束の間の回想から思考を引き戻し、先輩に斬りかかる。
「甘い!」
「しまっ……!」
見事に一本取られてしまった。
「勝負あり!」
審判をしてくれていた師範の声が響く。
「ありがとうございました」
挨拶をして、試合終了。
「……しかし堀江は強くなったなぁ……」
防具を外しながら蒼戒先輩が呟く。
「当然です。ずっと先輩を追いかけて来たんですから」
「だからいい加減やめろと言っているのに……」
「まあいいじゃないか、蒼戒。堀江の好きにさせてやれよ」
師範がそう言って口を挟む。
「しかし師範……」
言い淀む先輩。先輩は僕が先輩を追いかけることをあまりよく思っていないみたいだ。かと言って、追いかけることはやめられない。
「しかしじゃないぞー、蒼戒。こうやって休日に稽古つけてやるくらいには優しくしてるじゃないか」
「家にいると春輝にキャッチボールさせられるのでそれが面倒でここにいるだけです。堀江はついで」
「ついでってひどくないですかー、せんぱーい」
「知るか。相手してやるだけマシと思え」
先輩は顔はいいけど性格はクールで結構辛辣だ。まあだからこそ僕が憧れるんだろうけど。
「それじゃあ先輩、もう一回お願いします!」
「お前今日何試合目だ?」
「10です!」
「さすがに疲れないのか?」
「まだまだいけます!」
「まったく……、仕方ない。かかってこい」
「ありがとうございます!」
なんだかんだで練習に付き合ってくれる蒼戒先輩。やっぱりこの人はいい人だ。
そして僕は思うのです。これからもこの人の背中を追いかけて行こう、と。
(おわり)
2025.2.10《君の背中》
《遠く....》
カキーーン!
そんな気持ちのいい音を立ててボールが空を飛ぶ。
いいぞ、もっと、もっと遠くへ。
そんなことを思いながら俺、齋藤春輝は一塁を通過し、順調に二塁、三塁、ホームベースへと走る。
「よし、満塁ホームランだ!」
これで4点、点が入る。
今は隣の高校の野球部との練習試合。今の4点で逆転だ。
それから少しして、攻守交代。俺のポジションは一塁で、これは双子の弟の蒼戒をキャッチボールに連れ出すと、いつもものすごい変化球しか投げてこないからどんなボールも取れるようになったからである。
カキーン!
ボールがバットに当たり、外野へ飛んでくる。遠く、遠く、遠くに。
そこから外野がキャッチして、こっちに投げる。
いいぞ、いいぞ、よし、取った!
「アウト!」
よし、アウトだ。これなら勝てる……!
次のバッターが前に出てきて、バットを振る。ボールを打つ。走る。俺はボールを取る。アウトにする。あー、楽しい。
それにしても今日は暑い。まあ夏休み真っ只中だから当然か。
「よし、野郎ども! 一旦休憩!」
攻守交代のタイミングで休憩が入る。まあこまめに水分補給しないと熱中症になって死んじまうし。
ピーー、ヒョロロローー……。
どこかで鳥が鳴いている。モクモクと威勢のいい入道雲が遠い遠い空に見える。
ああ、夏だ。ただひたすらに暑い、夏。俺はこの季節は嫌いではない。
「よし、やるぞー!」
「おす!!」
監督の一声で練習試合が再開される。
次は俺の番。今回も満塁だから、ここでホームランを打てれば、サヨナラホームランだ。
ヒュンッ。
実際にそんな音は立てないけれど、そんな音が聞こえるような速度でボールが投げられる。
「いけっ……!」
カキーーン!
行け、もっと、もっと、遠く、遠くへ。校庭の端まで飛んでけ。
一塁、二塁、三塁、ホームベース。
「よっしゃ! サヨナラ満塁ホームラン!!!」
わあああああああ!!! とチームのメンバーが校庭に雪崩れ込んでくる。
「さっすが春輝! 我らが野球部のエース!」
「2回も満塁ホームランって凄すぎです先輩!!」
「胴上げ! 胴上げしましょう!!」
みんながそれぞれに声をかけてくる。
「いや、胴上げはさすがにやりすぎじゃね? だって今日練習試合だよ?」
「いいじゃないですか先輩! やれる時にやっとかないと!」
結局みんなに流されて、胴上げされることに。
「わーっしょい、わーっしょい!」
空に上げられた瞬間、視界いっぱいに青空が広がる。威勢のいい入道雲と、白い月が見える。名前も知らない鳥が飛んでいる。
そんななんでもない夏の空が、その時妙に印象に残った。
(おわり)
2025.2.8(2.15)《遠く....》
《誰も知らない秘密》
*明里✖️蒼戒 正体バレif
私、熊山明里には誰も知らない秘密がある。あ、いや、ビジネスパートナーであり友人の美架さんとか自由人(母)とか何人かは知ってるから誰も、ではないか。
まあそれはさておき、その秘密とは、『私が怪盗ブレインである』ということ。
怪盗ブレインは現代社会を騒がす大怪盗で、少数派の意見を尊重するため、活動している。最近はネバーワールドナイトという悪の組織の狙う宝を先取りして、その宝を守る、といったこともしている。
怪盗ブレインは私が高一になった時、母から引き継いだ。つまり私は二代目。初めは混乱したものの、ノリと気合でなんとかやってきて、今日まで来た。
でも正直、そろそろ限界、かもしれない。
時は高三の春、桜吹雪の季節。私は今、幼馴染でクラスメイトの蒼戒に正体がバレかけている。
「……結局どうなんだ、明里」
「それ、は……」
ああもう、どうして君はこうも勘が鋭いのかな。私の正体が君にバレたら、私は君の隣にはいられないのに。
ヒューー、と強い風が吹き、桜の花びらを舞い散らせた。
「……あ、明里……?」
あーあ、いつか自分から言おうと思ってたのにな。
私は桜の花びらが蒼戒の視界を奪った瞬間に怪盗ブレインの衣装を纏った。
「……そうだよ。私は熊山明里。またの名を……怪盗ブレイン」
ごめんね、蒼戒。私はもう、君の隣にはいられないみたい。犯罪者の私なんて、君に相応しくなんか、ないもんね。
「……そん、な」
蒼戒が嘘だと言ってくれ、とでも言いたげな顔をする。
「嘘じゃないよ。さあ、君はどうする?」
私は君の前から姿を消すよ。君はどうする? 私を、追いかけてきてくれるかな?
でも、誰かに正体がバレたら大人しく自首しようって、ずっとそう決めてた。
だから、バイバイ、蒼戒。
誰も知らない秘密がバレた時、私は君の前から姿を消す。
(おわり)
2025.2.7《誰も知らない秘密》
《隠された手紙》
「手紙の紛失、ですか……」
「そう。どうやら机の上に手紙を置いた状態で出かけたらその家に泥棒が入り、手紙が盗まれたなりどこかへ飛んでいくなりしたみたいね」
とある日、あたし、中川夏実がクラスメイトの紅野くんと一緒に県警で警察見習いのようなことをしていると、あたしたちの上司にあたる鈴木祈莉(すずき いのり)警部補(あたしは祈莉先輩、と呼んでいる)が鑑識から戻ってきてあたしたちを呼んだ。
「つまり僕らにその手紙を探してほしい、と」
「ええ。こき使って悪いんだけど、桜ヶ丘と赤岩山の所轄署、赤岩郵便局、あと百合ヶ丘郵便局に行ってその手紙がないか確認してきてくれない?」
「……電話すればいいのでは?」
紅野くんがど正論をぶつける。
「普通の手紙ならね」
「とすると、問題の手紙は機密文書が何かで?」
「まあそんなところね。ここだけの話、その手紙はパッと見どこにでもある普通の白い封筒なんだけど、ブラックライトを当てると機密のメッセージが出るようになってるのよ」
祈莉先輩は声を潜めて言う。
「簡単なブラックライトのようなものなら誰でも作れますが」
「だーかーらー! それなと機密のメッセージが外部に漏れる可能性があるでしょ! とにかく行ってきてちょうだい! ちなみに結構数があるみたいだから全部回ってね!」
「具体的な枚数は?」
「それがわかれば苦労はしないわ。被害者は大体5通くらいだったと思うって言ってるけど本当なんだか」
「つまり全部回れと」
「そゆことー。よろしくねー」
というわけであたしと紅野くんはブラックライト片手に手紙の捜索に向かった。
まず訪れたのは桜ヶ丘の所轄署。
「すみませーん、手紙届いてませんかー?」
「手紙? 落とし物ですか?」
所轄署にいたのは若い男のおまわりさん。
「あ、いえ、かくかくしかじかでして」
紅野くんが機密のメッセージの部分を伏せてざっと経緯を説明すると、そのおまわりさんは「もしかしてこれですかねぇ」と二通の白い封筒を差し出す。
「どれどれ〜」
あたしはおまわりさんから見えない位置でブラックライトを当てる。すると、よくわからないが何かしらの文字が出てきた。
「多分これですね。ありがとうございます」
紅野くんがお礼を言い、桜ヶ丘の所轄署を出る。
次に向かったのは百合ヶ丘郵便局。ここにはそれらしきものが二通。
その次の赤岩郵便局でも二通。
そして最後に赤岩山の所轄署で三通。
結局四箇所で合計六通の手紙が集まった。
「つ、疲れた〜」
「この町結構広いですからね……。移動に自転車を使っても坂しかないから疲れます」
時刻は午後6時近く。あたしと紅野くんはようやく県警に戻ってくる。
「2人ともお疲れ様〜。早速だけど例の手紙を見せてちょうだい」
県警では祈莉先輩が待ち構えていて、あたしたちが例の手紙を見せると、「ふむふむ」と言いながら机に広げて並び替える。
「よし、夏実ちゃん、紅野くん、ブラックライトを当ててみて」
「え? これ機密文書なんじゃ……」
「いいからいいから〜」
祈莉先輩の勢いに押され、紅野くんがブラックライトを当てる。
すると、手紙に何か文字が浮かび上がる。これ機密のメッセージなんじゃ……、と思ったのも束の間。
「……『いつもありがとう』……?」
浮かび上がった文字はそんなメッセージだった。
「「え、えええ?!!」」
全力でびっくりするあたしと紅野くんに対し、満足げな祈莉先輩。
「ど、どーゆーことですか!」
あたしが祈莉先輩に詰め寄ると、祈莉先輩は笑って答える。
「今度県警と商店街で協力して新手のスタンプラリー的なイベントを行うんだけど、その実験よ。今みたいに事件性があるシチュエーションにして、商店街のお店を回るの。なかなかいいでしょう?」
「は、はあ……」
あたしと紅野くんはなんとも言えない返事をする。
「まあこんなに驚いてくれたんだし、実験成功じゃないかしら?」
「……つまり僕らは完全に骨折り損だったわけで……?」
紅野くんが小さな声で聞く。
「いいデータが取れたじゃない。これならたくさん歩くから健康促進にもつながるし商店街の活性化にもつながるわ。早速担当者に報告してこなくちゃ」
つまりあたしたちは実験台にされたわけだ。ま、疲れたけど何気に楽しかったからいいかな。
その約1ヶ月後、このイベントは《隠された手紙》という名前で行われ、家族連れや事件性に惹かれた小学校高学年くらいの子たちに大盛況だったんだとか。
(おわり)
2025.2.2.《隠された手紙》
《バイバイ》
「おい蒼戒ー、そろそろ送り火を……って寝てんじゃん」
8月16日、お盆休み最終日の夕方のこと。俺、齋藤春輝が送り火を焚こうと双子の弟、蒼戒を探していると、珍しいことにリビングの陽だまりでお昼寝をしていた。寝っ転がってすやすや寝息を立ててる蒼戒の横にはきゅうりの馬とナスの牛があって、何か考え事をしていたところ、襲ってきた睡魔に負けてしまった、ってところだと思われる。
「参ったねぇ……、これじゃ送り火焚けないじゃん」
とりあえずタオルケットでもかけてあげようと、蒼戒がいつも使ってるタオルケットを持ってきたところ。
「……ん?」
蒼戒の傍らに黒髪ロングの12、3歳の少女が見えた。
ただしその少女はうっすら透けていて、この世の人間では無さそうだ。
「…………もしかして、姉さん?」
その少女は俺と蒼戒が小学生になる前に死んだ俺たちの姉さんにそっくりで、俺は思わずそう声をかける。
「しー……」
少女、いや姉さんは口に人差し指をあてて優しく微笑む。
「……それ、貸して」
姉さんは小さくそう言って(俺の幻聴である可能性も否定できないが)俺が持っているタオルケットを指差す。
「あ、これか。はいよ」
俺はそう言って姉さんにタオルケットを手渡す。
「ありがとう」
姉さんは俺が差し出したタオルケットをしっかり受け取って、蒼戒の背中にそっとかけた。
「……大きくなったね、蒼戒。春輝も」
姉さんは小さく言って蒼戒の頭をそっと撫でる。
そうしているうちに、姉さんの体がキラキラ光り始めた。
「姉さ、」
「……もう時間切れみたいだね。春輝、蒼戒をお願い。もう私を追ってこようとしちゃダメよ」
姉さんは俺にそう言って微笑む。
「……わかった。任せて、姉さん」
「ありがとう。……また来年」
次の瞬間、姉さんの体がキラキラと光の粒になって、天に昇って行った。
「バイバイ」
最後に、そんな姉さんの声を、聞いたような気がした。
(おわり)
2025.2.1《バイバイ》