谷間のクマ

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《隠された手紙》

「手紙の紛失、ですか……」
「そう。どうやら机の上に手紙を置いた状態で出かけたらその家に泥棒が入り、手紙が盗まれたなりどこかへ飛んでいくなりしたみたいね」
 とある日、あたし、中川夏実がクラスメイトの紅野くんと一緒に県警で警察見習いのようなことをしていると、あたしたちの上司にあたる鈴木祈莉(すずき いのり)警部補(あたしは祈莉先輩、と呼んでいる)が鑑識から戻ってきてあたしたちを呼んだ。
「つまり僕らにその手紙を探してほしい、と」
「ええ。こき使って悪いんだけど、桜ヶ丘と赤岩山の所轄署、赤岩郵便局、あと百合ヶ丘郵便局に行ってその手紙がないか確認してきてくれない?」
「……電話すればいいのでは?」
 紅野くんがど正論をぶつける。
「普通の手紙ならね」
「とすると、問題の手紙は機密文書が何かで?」
「まあそんなところね。ここだけの話、その手紙はパッと見どこにでもある普通の白い封筒なんだけど、ブラックライトを当てると機密のメッセージが出るようになってるのよ」
 祈莉先輩は声を潜めて言う。
「簡単なブラックライトのようなものなら誰でも作れますが」
「だーかーらー! それなと機密のメッセージが外部に漏れる可能性があるでしょ! とにかく行ってきてちょうだい! ちなみに結構数があるみたいだから全部回ってね!」
「具体的な枚数は?」
「それがわかれば苦労はしないわ。被害者は大体5通くらいだったと思うって言ってるけど本当なんだか」
「つまり全部回れと」
「そゆことー。よろしくねー」
 というわけであたしと紅野くんはブラックライト片手に手紙の捜索に向かった。

 まず訪れたのは桜ヶ丘の所轄署。
「すみませーん、手紙届いてませんかー?」
「手紙? 落とし物ですか?」
 所轄署にいたのは若い男のおまわりさん。
「あ、いえ、かくかくしかじかでして」
 紅野くんが機密のメッセージの部分を伏せてざっと経緯を説明すると、そのおまわりさんは「もしかしてこれですかねぇ」と二通の白い封筒を差し出す。
「どれどれ〜」
 あたしはおまわりさんから見えない位置でブラックライトを当てる。すると、よくわからないが何かしらの文字が出てきた。
「多分これですね。ありがとうございます」
 紅野くんがお礼を言い、桜ヶ丘の所轄署を出る。

 次に向かったのは百合ヶ丘郵便局。ここにはそれらしきものが二通。
 その次の赤岩郵便局でも二通。
 そして最後に赤岩山の所轄署で三通。
 結局四箇所で合計六通の手紙が集まった。

「つ、疲れた〜」
「この町結構広いですからね……。移動に自転車を使っても坂しかないから疲れます」
 時刻は午後6時近く。あたしと紅野くんはようやく県警に戻ってくる。
「2人ともお疲れ様〜。早速だけど例の手紙を見せてちょうだい」
 県警では祈莉先輩が待ち構えていて、あたしたちが例の手紙を見せると、「ふむふむ」と言いながら机に広げて並び替える。
「よし、夏実ちゃん、紅野くん、ブラックライトを当ててみて」
「え? これ機密文書なんじゃ……」
「いいからいいから〜」
  祈莉先輩の勢いに押され、紅野くんがブラックライトを当てる。
 すると、手紙に何か文字が浮かび上がる。これ機密のメッセージなんじゃ……、と思ったのも束の間。
「……『いつもありがとう』……?」
 浮かび上がった文字はそんなメッセージだった。
「「え、えええ?!!」」
 全力でびっくりするあたしと紅野くんに対し、満足げな祈莉先輩。
「ど、どーゆーことですか!」
 あたしが祈莉先輩に詰め寄ると、祈莉先輩は笑って答える。
「今度県警と商店街で協力して新手のスタンプラリー的なイベントを行うんだけど、その実験よ。今みたいに事件性があるシチュエーションにして、商店街のお店を回るの。なかなかいいでしょう?」
「は、はあ……」
 あたしと紅野くんはなんとも言えない返事をする。
「まあこんなに驚いてくれたんだし、実験成功じゃないかしら?」
「……つまり僕らは完全に骨折り損だったわけで……?」
 紅野くんが小さな声で聞く。
「いいデータが取れたじゃない。これならたくさん歩くから健康促進にもつながるし商店街の活性化にもつながるわ。早速担当者に報告してこなくちゃ」
 つまりあたしたちは実験台にされたわけだ。ま、疲れたけど何気に楽しかったからいいかな。

 その約1ヶ月後、このイベントは《隠された手紙》という名前で行われ、家族連れや事件性に惹かれた小学校高学年くらいの子たちに大盛況だったんだとか。
(おわり)

2025.2.2.《隠された手紙》

2/2/2025, 4:45:30 PM