谷間のクマ

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《バイバイ》

「おい蒼戒ー、そろそろ送り火を……って寝てんじゃん」
 8月16日、お盆休み最終日の夕方のこと。俺、齋藤春輝が送り火を焚こうと双子の弟、蒼戒を探していると、珍しいことにリビングの陽だまりでお昼寝をしていた。寝っ転がってすやすや寝息を立ててる蒼戒の横にはきゅうりの馬とナスの牛があって、何か考え事をしていたところ、襲ってきた睡魔に負けてしまった、ってところだと思われる。
「参ったねぇ……、これじゃ送り火焚けないじゃん」
 とりあえずタオルケットでもかけてあげようと、蒼戒がいつも使ってるタオルケットを持ってきたところ。
「……ん?」
 蒼戒の傍らに黒髪ロングの12、3歳の少女が見えた。
 ただしその少女はうっすら透けていて、この世の人間では無さそうだ。
「…………もしかして、姉さん?」
 その少女は俺と蒼戒が小学生になる前に死んだ俺たちの姉さんにそっくりで、俺は思わずそう声をかける。
「しー……」
 少女、いや姉さんは口に人差し指をあてて優しく微笑む。
「……それ、貸して」
 姉さんは小さくそう言って(俺の幻聴である可能性も否定できないが)俺が持っているタオルケットを指差す。
「あ、これか。はいよ」
 俺はそう言って姉さんにタオルケットを手渡す。
「ありがとう」
 姉さんは俺が差し出したタオルケットをしっかり受け取って、蒼戒の背中にそっとかけた。
「……大きくなったね、蒼戒。春輝も」
 姉さんは小さく言って蒼戒の頭をそっと撫でる。
 そうしているうちに、姉さんの体がキラキラ光り始めた。
「姉さ、」
「……もう時間切れみたいだね。春輝、蒼戒をお願い。もう私を追ってこようとしちゃダメよ」
 姉さんは俺にそう言って微笑む。
「……わかった。任せて、姉さん」
「ありがとう。……また来年」
 次の瞬間、姉さんの体がキラキラと光の粒になって、天に昇って行った。
「バイバイ」
 最後に、そんな姉さんの声を、聞いたような気がした。
(おわり)

2025.2.1《バイバイ》

2/1/2025, 9:10:18 PM