谷間のクマ

Open App
2/13/2025, 9:48:23 AM

《未来の記憶》

「《未来の記憶》?」
 とある水曜日の朝、私、熊山明里は突然意味不明なことを言ってきた親友のなつこと中川夏実に怪訝な声を返した。
「そう。なんか今朝のテレビの占いで《未来の記憶》について話し合うとラッキーって言ってた」
「どんな占いだよそれ」
「本当にそれ。まあ細かいことは置いといて、明里はなんか思い浮かぶ?」
「未来の記憶って要するに私たちの未来の姿ってことでしょ? 特に何も思い浮かばないわね」
「やっぱ明里は現実主義だもんなー。じゃあ仮に10年後の姿は?」
「10年後……、多分並木FMでラジオパーソナリティやってる」
 並木FMはここ、並木町にしか届かない小規模なFMラジオ放送で、小学校高学年からずっと放送委員会をしていて、今に至っては副委員長までしている私にお似合いの声を使った仕事だ。案外悪くないと思ってる。
「あー、確かにやってそう。あとこれだけは断言する! 蒼戒と結婚してる!」
「はあああ?! ありえないから!」
 本人がいないからいいものの、一体何を言い出すんだこいつは。
「ぜーーったいありえるもん! ついでに言うと明里と蒼戒の結婚式でハルが号泣してると思う!」
「……それはある」
 相手が私かどうかはともかく、蒼戒が結婚するとなったらサイトウは号泣してそうだ。
「さらに言うとハルは結局結婚しないと思う!」
「それもある」
 サイトウの弟バカは有名で、『彼女欲しいー』なんてしょっちゅうボヤいてるけど本気で言ってないことは多分みんな気づいてる。
 あいつは蒼戒が幸せになるまで彼女作る気もないし、結婚する気もないのだ。まあ仮に蒼戒が結婚してもサイトウ自身が結婚するとは思えないが。
「そもそもあいつ蒼戒いなくて生きていけるのかしら……」
「確かに……。生活面は問題ないとしても弟ロスになってしょっちゅう会いに行ってそう」
「ありそう……」
 それこそ、『よう!』って超軽いノリで会いに行ってそうな。
「ハルはどんな仕事するのかな〜?」
「並木FMのアシスタントとか?」
「ありそう〜。あとは野球選手とか?」
「スポーツ実況者もあるかもね」
「それが1番ありそう!」
「確かに。ちなみにあんたは警察官でしょ?」
「うん。多分紅野くんと一緒」
「いいねぇ、お熱いこった」
「そ、そんなんじゃないもん!」
「ちなみにいるとしたら2課?」
「どうだろう。祈莉先輩は2課らしいんだけどあたしたちはどうなるのかな〜」
「まあ未来のことはわからないということで」
「そうだねー。あ、そいえば昨日さ〜」
 私が軽く話を締めると、そのまま話題は別のものに移ってしまったのだった。
(おわり)

2025.2.12《未来の記憶》

2/11/2025, 4:53:28 PM

《ココロ》

「ココロ、ねぇ……」
「心がどうかしたのか?」
 とある日の下校中、私、熊山明里が呟くと、たまたま出会って一緒に歩いていたら蒼戒が反応した。
「心がどうかしたのか、ってなんか私が変な人みたいじゃない」
「いや別にそう言う意味では……」
「知ってる。ほら、放送委員会と演劇部のラジオドラマの話があったでしょ?」
「ああ、この前議案書が出てたな」
「あれのテーマが《ココロ》なのよ。この前羅針盤になりかけたんだけどさすがに無理があるってことで変わったんだけど……」
「何も思い浮かばない、と」
「そゆこと〜。でも演劇部の連中になんかアイディア出せやって言われてるのよねー。蒼戒なんか思いつかない?」
「……夏目漱石?」
「だよねー。というかそもそもこのテーマの出所が夏目漱石なのよ」
「今度はたまたま放送室に来た誰かが夏目漱石の『こころ』を持っていた、と」
「御名答。ちなみに羅針盤の時は岩下が方位磁針を持ってたからで、今回は国語の山田先生」
「なるほど。もういっそのこと夏目漱石の『こころ』の朗読劇に変更したらどうだ?」
「それも考えたんだけどあの話かなり長いからさ〜」
「確かに……」
「あとそれだと演劇部とコラボした意味なくね? って意見が出た」
「……大変だな、放送副委員長」
「まあ委員長がサイトウだから大体の責任はあいつに押し付けて私は裏の元締めだけどね。それに副会長の方が大変でしょ?」
 蒼戒はこれでも生徒会副会長である。しかも2年生で。
「まあ……今年のメンバーはどいつもこいつも濃すぎるからな」
 今年の生徒会メンバーは、会長がイベント大好き町長の孫、人呼んでMr.破天荒で、女副がチア部のギャル、議長と会計の混ぜるな危険の犬猿コンビなどなど、どいつもこいつも『濃い』。
「あれの裏の元締めの方がキツいでしょ。少なくとも私はムリ」
「だろうな。お前はどちらかと言うと締められる側だと思う」
「ひっどーい! 私だって放送の裏の元締めだよ?」
「まあ委員長があのバカだから」
「それは言えてる」
 とまあこんな感じで話がどんどん脱線していき。
 結局ラジオドラマのアイディアは出なかったため、またもっとわかりやすいお題にしようか、と議論が重ねられることになった。
(おわり)

※この話はかなり前の《羅針盤》の後日談(?)になっています。よかったら《羅針盤》も読んでくれると嬉しいです。

2025.2.11《ココロ》

2/11/2025, 4:47:07 AM

《星に願って》

『流星群?』
「そう。今晩の……ちょうど今くらいから。あんた確かこーゆーの好きでしょ」
『まあ嫌いではないが……』
 とある真冬の流星群の日。私、熊山明里はふと思い立って幼馴染でクラスメイトの蒼戒に電話をかけた。
「今日は晴れてるから星が綺麗に見えるわよー。あんたのところからも見えるでしょ?」
 私はベランダに出て夜空を見上げながら言う。
『ちょっと待て……』
 電話の向こうでカラカラと窓を開ける気配。
『あ、本当だ。ここまで綺麗に見えるのは久しぶりだな』
「あら、そんなことないわよ? それにあんた空を見上げる習慣なんてないでしょ」
『うるさいな』
 あまり感情を見せない蒼戒の、少しだけむすっとしたような声。それに私は思わず笑ってしまう。
「『あっ』」
 ほぼ同じタイミングで小さく声をあげる。
「今……」
『見えたよな』
「ええ」
 何がって、流れ星が。
 タイミングが同じことに、やっぱり蒼戒も同じ空を見上げているんだなって思ったり。
「そういえば願い事を三回言えたら叶うんだっけ」
『そうだが現実的に不可能だろう』
「まあそうなんだけど。……言えるとしたらなんて言う?」
『誰が言うか』
「それは私に言うかってこと? それとも星に願わないってこと?」
『あー、わかったわかった。言えばいいんだろう言えば。そのかわりお前も言いやがれ』
 珍しく蒼戒がヤケクソになっている。ちょっとからかいすぎたかな。ま、いっか。
「わかった。せーので言おう。その前に考える時間いる?」
『確かに、言うも何もまず願うべきことが思いつかないな』
「あんた夢ないねぇ……」
『そう言うお前は?』
「私は……そういえば何を願おうか」
 蒼戒が笑っていられますように、なんて恥ずかしくて言えないし、どうしたものか。
『お前も大概だな』
「うるさい」
『つまりお互い何も願うことがないんだったら言うも何もないだろうが』
「まあ確かに」
『そう言うことだから切るぞ。今日中に終わらせたい書類チェックがある』
「あ、ごめん、邪魔したわね」
『あ、いや、別に。……ちょうど休憩したい気分だったし』
「ならいいけど。それじゃ、また明日学校で」
『ああ』
 ツーツー、と電話が切れる。
 ……まあ何はともあれ、流れ星見れてよかったかな。

★★★★★

「……なんだったの? 電話」
 明里からの電話が切れ、俺、齋藤蒼戒がベランダから部屋に戻ると、双子の兄の春輝がそう尋ねて来た。
「今日は流星群なんだと。ふと思い立って電話して来たらしい」
「ふーん。ちなみにさっき願い事がどうとか聞こえたけど」
「……気のせいだろう」
 願い事を聞かれて、ふと思い立ったのは『明里が笑っていられますように』だったのだが、そんなの絶対言えない。恥ずかしすぎる。
「えー、うっそだあ〜」
「本当だ」
「ええ〜、だったらお前が心なしか赤面してるのは気のせいか〜?」
「お前次何か言ったらぶった斬ってやる」
「こわっ! 鬼か!」
「鬼だが何か?」
「こいつー! 後々どーなっても知らねーかんな!」
「その言葉、そっくりそのままお前に返す」
 まあ何はともあれ流れ星が見れたのでよしとしよう、と思いつつ俺は春輝をあしらった。
(おわり)

2025.2.10.《星に願って》

2/10/2025, 8:52:01 AM

《君の背中》

 君の背中を追いかけて、ここまで来た。

 僕、堀江留男(ほりえ とめお)が蒼戒先輩に出会ったのは小1くらいの頃、友達に連れられて、町の道場を見に行った時だった。
 たまたま道場で竹刀を振っていた先輩は、すごくすごく、かっこよくて。
 僕はこの人みたいになりたいって、そう思った。
 それからずっと、あなたに憧れ続けて、あなたの背中を追いかけて、ここまで来たんですよ、先輩。

「……どうした堀江、かかってこい」
「あ、はい、行きます!」
 今は憧れの蒼戒先輩と手合わせ中。僕は束の間の回想から思考を引き戻し、先輩に斬りかかる。
「甘い!」
「しまっ……!」
 見事に一本取られてしまった。
「勝負あり!」
 審判をしてくれていた師範の声が響く。
「ありがとうございました」
 挨拶をして、試合終了。
「……しかし堀江は強くなったなぁ……」
 防具を外しながら蒼戒先輩が呟く。
「当然です。ずっと先輩を追いかけて来たんですから」
「だからいい加減やめろと言っているのに……」
「まあいいじゃないか、蒼戒。堀江の好きにさせてやれよ」
 師範がそう言って口を挟む。
「しかし師範……」
 言い淀む先輩。先輩は僕が先輩を追いかけることをあまりよく思っていないみたいだ。かと言って、追いかけることはやめられない。
「しかしじゃないぞー、蒼戒。こうやって休日に稽古つけてやるくらいには優しくしてるじゃないか」
「家にいると春輝にキャッチボールさせられるのでそれが面倒でここにいるだけです。堀江はついで」
「ついでってひどくないですかー、せんぱーい」
「知るか。相手してやるだけマシと思え」
 先輩は顔はいいけど性格はクールで結構辛辣だ。まあだからこそ僕が憧れるんだろうけど。
「それじゃあ先輩、もう一回お願いします!」
「お前今日何試合目だ?」
「10です!」
「さすがに疲れないのか?」
「まだまだいけます!」
「まったく……、仕方ない。かかってこい」
「ありがとうございます!」
 なんだかんだで練習に付き合ってくれる蒼戒先輩。やっぱりこの人はいい人だ。

 そして僕は思うのです。これからもこの人の背中を追いかけて行こう、と。

(おわり)

2025.2.10《君の背中》

2/9/2025, 6:41:51 AM

《遠く....》

 カキーーン!
 そんな気持ちのいい音を立ててボールが空を飛ぶ。
 いいぞ、もっと、もっと遠くへ。
 そんなことを思いながら俺、齋藤春輝は一塁を通過し、順調に二塁、三塁、ホームベースへと走る。
「よし、満塁ホームランだ!」
 これで4点、点が入る。
 今は隣の高校の野球部との練習試合。今の4点で逆転だ。

 それから少しして、攻守交代。俺のポジションは一塁で、これは双子の弟の蒼戒をキャッチボールに連れ出すと、いつもものすごい変化球しか投げてこないからどんなボールも取れるようになったからである。
 カキーン!
 ボールがバットに当たり、外野へ飛んでくる。遠く、遠く、遠くに。
 そこから外野がキャッチして、こっちに投げる。
 いいぞ、いいぞ、よし、取った!
「アウト!」
 よし、アウトだ。これなら勝てる……!
 次のバッターが前に出てきて、バットを振る。ボールを打つ。走る。俺はボールを取る。アウトにする。あー、楽しい。
 それにしても今日は暑い。まあ夏休み真っ只中だから当然か。
「よし、野郎ども! 一旦休憩!」
 攻守交代のタイミングで休憩が入る。まあこまめに水分補給しないと熱中症になって死んじまうし。
 ピーー、ヒョロロローー……。
 どこかで鳥が鳴いている。モクモクと威勢のいい入道雲が遠い遠い空に見える。
 ああ、夏だ。ただひたすらに暑い、夏。俺はこの季節は嫌いではない。
「よし、やるぞー!」
「おす!!」
 監督の一声で練習試合が再開される。
 次は俺の番。今回も満塁だから、ここでホームランを打てれば、サヨナラホームランだ。
 ヒュンッ。
 実際にそんな音は立てないけれど、そんな音が聞こえるような速度でボールが投げられる。
「いけっ……!」
 カキーーン!
 行け、もっと、もっと、遠く、遠くへ。校庭の端まで飛んでけ。
 一塁、二塁、三塁、ホームベース。
「よっしゃ! サヨナラ満塁ホームラン!!!」
 わあああああああ!!! とチームのメンバーが校庭に雪崩れ込んでくる。
「さっすが春輝! 我らが野球部のエース!」
「2回も満塁ホームランって凄すぎです先輩!!」
「胴上げ! 胴上げしましょう!!」
 みんながそれぞれに声をかけてくる。
「いや、胴上げはさすがにやりすぎじゃね? だって今日練習試合だよ?」
「いいじゃないですか先輩! やれる時にやっとかないと!」
 結局みんなに流されて、胴上げされることに。
「わーっしょい、わーっしょい!」
 空に上げられた瞬間、視界いっぱいに青空が広がる。威勢のいい入道雲と、白い月が見える。名前も知らない鳥が飛んでいる。
 そんななんでもない夏の空が、その時妙に印象に残った。
(おわり)

2025.2.8(2.15)《遠く....》

Next