谷間のクマ

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1/23/2025, 4:47:37 PM

《瞳をとじて》

「ねーねー明里ー、ちょっと目、閉じてみてくれる?」
「え?」
 ある日のお昼休み。私、熊山明里が親友のなつこと中川夏実とお弁当を食べていると、なつがふと思い出したように言った。
「だから目だよ目! 閉じてみて!」
「はいはい」
 私はそう言って母譲りの空色の瞳を閉じる。
「そしたら最初に思いついたことは?」
「え、最初に思いついたこと? うーんと……あっ! 醤油買わなきゃ!」
「そこかいっ!」
 私が答えた瞬間、なつのツッコミが入る。
「あと洗濯洗剤も買わなきゃ」
「うん、買い物リストはもういいから。じゃあ目を閉じて最初に思いついた人は?」
「ひとぉ? うーんと……、露店のおっちゃん」
 私は私の家の近所でたこ焼きの露店を開いているおっちゃん、通称露店のおっちゃんを思い浮かべる。前に道端でバッタリ会った時「近いうちにたこ焼き買いにおいでー」って言ってたんだよね。
「露店のおっちゃん?! これ目を閉じて最初に思いついた人が好きな人、って心理テストらしいんだけど絶対間違ってるよね?!」
「心理テスト?! いやいやいやいや絶対間違ってるって! だって露店のおっちゃんが出てきたのは近いうちにたこ焼き買いに来いって言われてたの思い出しただけだし!」
「だよねだよね! 明里の好きな人は蒼戒だもんね!!」
「ちょっとなつ?! あんたいきなり何を言い出すの?!!」
 当の蒼戒はちょうど教室にいなかったからいいが、いきなり何を言い出すのやら。
「だーって事実じゃん!」
「なわけあるかぁ!」
「隠したって無駄無駄〜! みんな知ってるもん!」
「それは絶対有り得ない!!」
「まあ最低でもあたしと紅野くんとハルは知ってる」
「知ってるって……事実無根なこと言われましても……」
「明里はさっさと自覚した方がいいよ〜。蒼戒結構人気者だし」
「はあ?」
「変な虫がつく前にちゃんと捕まえとかなきゃね」
「はあ……?」
 私はなつの言葉に生返事をして、お弁当に入っていた卵焼きをパクリと食べた。
(おわり)

※実際には作中の心理テストは(多分)ありません

2025.1.24《瞳をとじて》

1/23/2025, 9:41:53 AM

《あなたへの贈り物》

「うーむ、一体どうしたものか……」
「失礼しまーす、……ってあれ、珍しいこともあるもんですねぇ」
 ある日の放課後、僕、紅野龍希が部活をしようと格技室に入ると、珍しいことに同じクラスで主将の蒼戒くんが素振りもせず何やら考え込んでいた。まあ彼は主将でありながら生徒会男子副会長でもあるし何かと悩みが尽きないんだろうな……。
「ん、ああ紅野か」
 邪魔しないようにそそくさと更衣室に退散しようと思ったら蒼戒くんに気付かれてしまった。
「あ、蒼戒くん……、すみません、邪魔しましたね」
「いや別に。それより早く着替えてこい。さっさと始めるぞ」
「あ、はいわかりましたー」
 そう言って着替えに行こうとすると、ちょうど更衣室から誰か出てきた。
「あれ齋藤ー、お前まだ考え事してたの? というか何を考え込んでるの?」
 隣のクラスで副主将の東堂くんだ。結構ノリがいい性格だが、さっぱりしているため蒼戒くんとも仲がいい。
「東堂か。お前いつからいた?」
「結構前から。一応声はかけたんだよ? ちなみにお前がなんか言ってるのも聞こえてた」
「東堂、お前のこれからの身の振り方次第では今すぐ叩き斬る」
「おー怖いねー、さすが主将」
「斬られたいのか?」
「いやいやそんな滅相もない。でもうちの鬼主将が彼女へのプレゼントで悩んでるとは泣けてくるねー」
「東堂お前やっぱり今すぐ斬る」
「あ、なるほどなるほど。もうすぐ熊山さんの誕生日ですもんねー」
 蒼戒くんが同じクラスで空手部主将の熊山明里さんと付き合い始めたという噂は記憶に新しい。本当かどんかは怪しいが、ハルたちいわくどうやら本当らしい。
「紅野、お前も斬られるか?」
「ひえー、す、すみません……」
 軽く脅されて僕は口をつぐむ。
「とはいえまだ決まってないんでしょ? いっそのこと直接本人に聞いてみたら?」
 さっきまで本気で斬られかけてたのにケロッとした顔で言う東堂くん。やっぱこの人図太いな……。
「いやしかし……って東堂お前!!」
 蒼戒くんは何やら顔を真っ赤にして竹刀を持ち、東堂くんに斬りかかる。いやー、蒼戒くんの赤面とは珍しいものを見た。
「あははっ、せっかくだから2人でどっか行ってきたらー?」
 一方蒼戒くんの竹刀をひらりと避けて笑う東堂くん。
「うるさいぞ東堂!」
「いーじゃんいーじゃん。ちなみに俺は最近できたプラネタリウムがおすすめ」
「黙れ東堂! 紅野はさっさと着替えて来い! 今日一年は来ないしさっさと始めるぞ!」
「あ、はーい」
 僕はそう言って素直に着替えに行く。
 それにしても蒼戒くん、熊山さんのこと大好きなんだな……。素振りも忘れて考え込んでしまうくらいには。

 ちなみに僕が袴に着替えている間にも蒼戒くんと東堂くんの言い合いは続き、最終的に防具をつけた本気モードになっていた。
 結局蒼戒くんが熊山さんに何をプレゼントしたのかは、本人たちしか知らない。
(おわり)

※明里×蒼戒 未来if

2025.1.22《あなたへの贈り物》

1/21/2025, 4:20:52 PM

《羅針盤》

「なあ紅野、羅針盤ってどんなイメージがある?」
「羅針盤、ですか?」
 ある平日の帰り道、僕、紅野龍希は同じクラスで親友のハルこと齋藤春輝の質問をおうむ返しした。
「そう。今度放送委員会と演劇部が協力してちょっとしたラジオドラマ的なのを企画するんだけど、なぁーぜかテーマが羅針盤なわけね」
 ハルはこれでも放送委員会をしている。ちなみに副委員長は同じクラスの熊山明里さん。この2人は小学生の頃から放送委員をやっていたらしく、放送スキルがとんでもなく高い。
「何をどうやったらテーマが羅針盤になるんですか……」
「俺が知りたい。明里いわく、顧問の岩下が突然現れて、ちょうど方位磁針を持ってたから、だって」
 放送委員会の顧問は岩下先生。化学と地学の担当教師のはずだから、方位磁針を持っていることには納得できなくもないけど。
「何も思いつかなかったから適当に言った、ってことであってます?」
「やっぱそうなるよなー。ってわけで羅針盤ってどんなイメージ? 演劇部の連中にちったあ脚本のアイディア出せやって言われてて」
「うーん……、海賊、ですかね」
 なんか羅針盤って某ハリウッド映画の海賊が持ってるイメージがあるんだよな……。
「やっぱり? 誰に聞いてもこれしか出てこなくてよ〜」
「テーマ変えた方がいいんじゃないですか?」
「だよなー……あっ! 昔岩下が放送室をジャックするって話あったよな! 海賊よろしくあれやらせよう! 客船をジャックする海賊岩下。うん、いける! サンキュー紅野! 俺明里に話つけてくる!」
 ハルは何か思いついたのか、学校にダッシュで戻っていく。というか口走ってたことが大分すごいことだったような……?
「あ、ちょっ、ハル?!」
 まあこうなったら彼は止まらないので、放っておこう。
 というわけで僕はさっさと思考を放棄し、家路についたのだった。
 ちなみにこのあと、この案はやっぱり強引すぎたそうで、そもそものテーマが変更になったそう。
(終わり)

2025.1.21《羅針盤》

1/20/2025, 2:20:09 PM

《明日に向かって歩く、でも》

拝啓 齋藤雪音様

 姉さん久しぶり。俺、春輝。姉さんの命日に手紙を書くのはやめちゃったけど、今年は節目の年だもんな。久々に筆を執ってみた。つーわけで蒼戒から報告あったと思うけど、俺たち高校生になったぜ。姉さんが死んでから、もう10年も経つ。早いよなあ。
 高校生になっても俺は変わらず野球ばっかやってるし、蒼戒は剣道ばっかやってる。この辺はあんま変わんねーな。あと俺の弟バカには磨きがかかりました(笑)。
 変わったことと言えば、蒼戒がちょっとづつ前を向き始めたこと。俺を信じるって、言ってくれたこと。だから俺、蒼戒のためにもぜってー死ねない。つーか俺が死んだら蒼戒はすぐ後を追ってきそうだからな。ちなみに俺も蒼戒が死んだらそうする。
 つーわけで、かなりわかりにくい話になっちまったけども、結論。俺たちは元気です。たまにやべーこともあるけれど、明日に向かって、なんとか歩いてます。
 それでも、たまに立ち止まって涙を流す日があってもいいよな? 昔を思い出して、過去にケリをつけることも大切だよな? そうして、俺たちきっと幸せになるから姉さんは天国から見守っててくれ。
 そんじゃ、次に手紙を書くのは大学生になった時かな? その頃には幸せになれましたって、書けたらいいな。
敬具
十二月某日 齋藤春輝

★★★★★

 過去へ届く手紙。そんなものがあったら何を書くだろう。
 感謝の気持ち? 死の回避の仕方? 馬鹿馬鹿しい。んなもん存在しねーんだから考えたって仕方ねーだろ。
 そんなことを考えながら、俺、齋藤春輝は天国の姉さんに向けた手紙をどんど焼きの炎の中に放り込む。蒼戒のように命日に燃やすことも考えたけど、蒼戒の手前なんとなくそれはしたくなくて、どんど焼きで燃やすことにした。
 手紙はたちまち火がついて、あっという間に灰になる。
「……サイトウ、あんた、何投げ込んだの?」
 同級生で、同じ地区に住んでいる明里が呟く。ちなみに明里はなぜか俺を「サイトウ」と上の名前で呼ぶ。
「ん、手紙。出す気もねーけどゴミに出すのもどうかなって思ってさ」
「ふーん」
 明里はすぐに興味を失ったように答える。
「……姉さん宛て、か?」
 すぐ近くで俺たちの会話を聞いていた蒼戒が明里に聞こえないよう小声で尋ねる。
「……バレてた?」
「……いや、なんとなく」
「今年は節目の年だから書いとこうと思って」
「お前も命日に燃やせばよかったのに」
「まあなー。さ、餅焼く用の竹切り出すか!」
「あー、その前にサイトウ、これ中央の飾り崩れるわよ? さっさと支えの紐切っちゃったら?」
「だなー」
 というわけで俺は感傷に浸るまもなくどんど焼きらしいことに意識を向ける。
 どんど焼きの醍醐味は餅を焼いて食べることだからなー。

 明日に向かって歩く。でも、たまには立ち止まる日があってもいいよな?
(終わり)

※今日のストーリーは昨日の《ただひとりの君へ》の別視点(?)となっています。

2025.1.20.《明日に向かって歩く、でも》

1/19/2025, 1:10:56 PM

《ただひとりの君へ》

拝啓 齋藤雪音様
 寒さが厳しくなってくる今日この頃、お元気ですか。風邪などひいていませんか。
 ……死人にこんなことお尋ねするのもおかしなことですね。
 今年の4月、春輝ともども高校生になりました。最近は生徒会が忙しいですが、俺も春輝もなんとか元気にやってます。なんとか、少しづつ前に進んでいます。
 しかし毎年貴方の命日が近づくと、どうしても筆を執ってしまいます。いい加減やめなければ……、と思ってはいますが、やめれそうにありません。毎年の恒例行事のようになってきてしまっているのです。それだけ、貴方が亡くなってから時間が経ったのでしょう。悲しいことです。
 『亡くなった人の命日に手紙を書いて燃やすと手紙が天国に届く』。こんな話、ただの作り話に過ぎないのはわかっています。ただの気休めだってこともわかってます。でも、筆を執ることをやめられない俺は、貴方から見てもまだ子供でしょうか? もし貴方が天国でこの手紙を読んだなら、俺のことを心配するでしょうか? きっと貴方は心配するでしょうね。貴方はとても優しい人だったから。
 高校生にもなって心配かけてごめんなさい。そして最後に一言言わせてください。
 たったひとりの姉さんへ。いつもありがとう。
敬具
十二月某日 齋藤蒼戒

★★★★★

 過去へ届く手紙。そんなものがあったらどんなに素晴らしいだろう。
 そんなことを考えながら、俺、齋藤蒼戒は天国の姉さんにあてた手紙と、寄せ集めの落ち葉に火をつける。
 パチパチと火の粉が舞い、煙がゆっくりと空へ昇っていく。
「……蒼戒、お前今年も手紙、書いたんだ」
 ゆっくりと空へ昇っていく煙を眺めながら、双子の兄、春輝が呟く。
「……悪いか」
「いや別に。むしろ偉いよ。俺はもう、書くのやめちゃったから」
「……それが正しいんだろうな。俺はいつまでも、姉さんを忘れられないから」
「忘れろなんて言わねーよ。手紙も書けばいいと思う。俺もお前が死んだらそうする」
「……お前の場合俺が死んだらすぐ後を追ってきそうだ」
「ははは、間違いない」
 春輝はそう言って乾いた笑いを響かせる。
「でもお前、追ってくるなよ」
「そいつはできねー相談だな。つーかお前も俺が死んだらすぐ後を追ってくるだろうが」
「どうだか」
 口ではそう答えるが、俺は多分後を追うだろう。
「そんなこと言って、どーせ追ってくるんだろ? だったら俺も死なないようにしねーと」
「だな」
 2人で空に昇っていく煙を見つめてそんな話をする。
 そして俺たちのたったひとりの姉さんへ、最大限の感謝を込めて。
 毎年この日は、そういう日だ。
(終わり)

2025.1.19《ただひとりの君へ》

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